冷たい現実
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魔王との決戦の前日。
クーシュはティッツァと二人きりで話をしていた。
自分たちの後方には各国の猛者が集められた連合軍が控え、仲間の魔導士であるミルキィは気を効かせてくれたのか、同じく仲間の元剣闘士であるグラッガーを連れていき、二人きりにしてくれた。
「長かったね、これまで」
ティッツァは赤茶色の髪を夜風になびかせて、頷いた。
「あぁ。ついに明日終わるんだな」
どこか嬉しそうに、同時に悲しげに、ティッツァは目を瞑る。
連合軍が用意してくれた勇者パーティー用のテントから、外を眺める。
月がひどく綺麗だった。
「クーシュは全部終わったらどうするんだ」
ティッツァにそう聞かれて、クーシュは何も思いつかなかった。故郷を滅ぼされてから神託に魔王を倒す勇者だと予言され、聖剣に選ばれ、いろいろなことがあった。
必死過ぎて全てが終わった後のことなど考えてなかった。住む場所も、特に思いつかない。
「……ティッツァは?」
「元々冒険者だからな。戻るだけさ。きっと」
冒険者というのはモンスター退治など、様々な危険な仕事を、各地で請け負う職業の名前だった。仲間のいなかったクーシュに国から依頼されて、最初の仲間に加わったのがティッツァだった。
Fから始まる冒険者のランク。そのランクの最上位、Sランクの魔法剣士としてティッツァは詩人に謡われるほどの英雄であったからだ。後から加わった他の二人も、冒険者ではなかったもののティッツァに劣らぬ、強者ばかりだ。
「そっか」
やりたいことがあるのなら、何も言うことはなかった。
本当はついていってもいいか聞きたかった。けれど優しい彼の性格では絶対に良いと返答してくれる。例え迷惑だったとしても。
ティッツァのことは好きだが、迷惑にはなりたくなかった。
「あのさ」
「うん」
ティッツァは自分の頬をかきながら、上擦った声で言った。
「全部終わったら、俺たちバラバラになるかもしれないじゃん。ミルキィは故郷に帰るかもだし、グラッガーも国に戻るかもしれない」
「そうだね」
寂しいが、それぞれの人生がある。この魔王討伐という共通の目的のために全員が力を合わせているのは合わせなけなければ倒せない相手だからだ。
従って終われば、一緒にいる理由はなくなるのだ。
「全部終わったら、俺みんなに伝えたいことがあるんだ」
真剣な顔で、ティッツァが言う。
「今じゃダメなの」
気になって聞いてしまう。だがティッツァは首を振った。
「全部終わってからだ。じゃないと意味がない」
「そう、なんだ」
断られて、少し寂しくなった。こっそり教えてくれてもいいじゃないか、と少しすねた。
「一番最初に、クーシュに伝えるよ」
真っすぐ瞳を見て、ティッツァが言ってくる。固い決意を持った、強い瞳だった。その姿に、クーシュはどきりとする。
優しいところも、真剣なところも、クーシュはティッツァのことが好きだった。
「だから絶対生き残ろうな。死ぬなよ」
両手でクーシュの手を握って、ティッツァが言う。
クーシュは笑う。
「うん、楽しみにしてるから。みんなで帰ろう」
「もちろん」
ティッツァは嬉しそうに頷いた。
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「待って!」
叫んで腕を伸ばす。
広げた手の先には、すっかり見慣れた天井があった。伸ばした腕を戻して、目元を隠した。
泣いていた。
「……うぐっ、ひぐっ」
ひどい夢だ。
もう会えない人の夢を見せるなんて。
まだ笑えていたころの過去を見せるなんて。あぁ、なんて、未練がましい夢なんだろう。
嗚咽を漏らしながら、泣く。
綺麗な思い出を。忘れようとしていたものを、掘り起こされて。
心細くて、寂しくて、悲しくて、逃げ出したいのに、逃げられる場所はなくて、幼子のように泣き出す。
「おいていかないで、みんな」
握りしめた拳を胸に置いて、うずくまる。
辛かった。
この間まで隣にいた人が、笑っていた人が、いない。返事をしてくれて、声をかけてくれて、名前を呼んでくれる人が、好きな人が。
みんなみんな、全部、いなくなっているなんて。
受け入れたくない。死んでしまいたい。
そんな感情が暴れ出す。
「ひぐっ。グラッガー」
無口で、だけど心配性だった戦士の名を。
「ミルキィ」
同性の数少ない友人であった魔導士の名を。
「ティッツァ」
そして、好きだった冒険者の名を。
呼ぶ。
「……寂しいよぉ」
今まであふれ出したことがなかったのに、夢ひとつでせき止めていたものが決壊した。
肩を震わせて、ひたすらに泣く。
死にたい。
己の喉を絞める。震える手で、呼吸を止める。
「あ、ぐ」
苦しい。
それ以上に寂しい。いなくなりたい。終わりたい。
感情の奔流に任せて、手に力を込める。
『後は任せた、クーシュ』
『クーシュ。未来を、頼んだよ』
『生きて。俺の分も生きて、幸せになるんだ』
呪いのように、仲間の言葉が頭の中で反芻する。
やめて。いやだ、そんなこと言わないで。
望んでない。求めてない。
仲間の死んだ世界で何をしろというのか。何を支えにしろというのか。
そう、心の中で叫ぶのに、いつの間にか首を絞めていた手の力は弱まって、呼吸を再開している自分がいる。
嫌い。
嫌いだ。
世界も、自分も。
涙でぐちゃぐちゃになった顔を、キルトに埋める。
ほんの少しだけでも、ぬくもりを求めて、抱きしめるようにくるまった。




