目的
たき火を挟んで、向かい合う。
「そういえば、これからどうするか言ってなかった気がするね」
「言ってないよ」
クーシュの命を狙っていた聖騎士部隊を追い返し、誘われるまま旅に出たのはいいのだが、これからの展望を全く聞いていなかった。
「まず冒険者登録をする。せっかくだから冒険者ギルドの本拠地があるビリッグに行こう。冒険者のドッグタグは身分証明にもなるからね。旅をするうえで便利だ」
ビリッグはバルザン王国よりも南にあるザウラ国の都市だ。魔族、魔王の支配していたディア国は北で、バルザン王国はやや南よりの国である。
つまりリールは故郷から南下している途中だったというわけだ。
「元々そのつもりだったの」
「うん」
「じゃあ、どうしてギブの森に家なんか」
ギブの森とはクーシュが逃げた先、リールが小屋に住んでいた森の名前だった。そして今、南に向けて森の中を進んでいる最中だ。
「そりゃもちろん、キミを見に来たんだ」
「私を?」
強い頷きが返ってくる。
「勇者のその後なんて滅多に見られるものじゃないだろ? だから見に来たのにこのザマだよ。ボクが言えた義理じゃないが、ひどい国だ」
「上の人たちだけだよ。魔王を単独で倒せる戦力って、国にとっては脅威でしかないから」
強大な強化魔法と玉砕覚悟であったゆえの戦果だったが、国にその理解までは及ばない。魔王がいなくなったが国を脅かす強大な存在がひとつ増えてしまったのだ。魔王がいなくなる前と変わらない。
操れないとわかれば、先手を打って倒すしかない。
その結果が、国家反逆罪のでっちあげによる、指名手配であった。リールの言葉を信じるのであれば、クーシュは死んだことになっているはずだから指名手配も取り下げられているはずだ。
髪色も変えたし、気にしなくてもいいだろう。
大きな都市に入るときには審査が必要だが冒険者であればゆるくはなる。
冒険者としての身分証明なのでその機能がメインになるか。
クーシュは国からもらった勇者の身分証明プレートがあったので登録はしなかった。
時々、ティッツァが冒険者の話をしてくれたのでいくらか覚えている。
楽しげに語る仲間の姿を思い出し、心臓に穴が空いたような感覚がクーシュにわき起こる。
膝を抱えて顔を埋めた。
「旅ってキミにとっては楽しいものじゃなさそうだね」
火に枝を放り投げながら、リールは呟く。
「……当たり前じゃない。思い出ばっかり掘り起こされる」
人生の大半を、魔王討伐に費やしていたといってもいい。
家族もいなければ、帰る場所もない。そんなクーシュにとって仲間は家族とも言えたし、仲間との穏やかな時間が家とも言えた。
国を追われた自分には何もない。
「ねえ」
「なんだい」
「私が殺してほしいって言ったらどうする?」
するとリールは笑みを浮かべた。全く人間味を感じない、空虚な笑みだ。
背筋が、凍る。
見た目こそ人間と変わらない男だが、こういうところで人間ではないというのを感じさせる。
殺してほしいなどという要求は人によっては返答に困るし、なんなら怒りや悲しみを抱くようなものだ。
リールはクーシュに惚れていると言った。普通、好きな人間は死んでほしくないと思うのではないのだろうか。
ただ、リールは静かにこう尋ねるのだ。
「どんな殺され方がいい?」
好奇心に満ち溢れた瞳で、歪んだ唇で、そう囁いてくる。
こういう男だからこそ、クーシュも聞いたのかもしれない。
「楽に、死ねたらいいな。その、眠るみたいに」
「夢を見ながら?」
「そんなわけないじゃない」
「気持ちよく逝きたいと」
まるで生き死にの話をしてないかのように軽く返答される。
「なんか語弊ありそうだけど、そんな感じ」
「ふーん、じゃあ考えとく」
さも予定を保留にするかのような結論にクーシュは安堵した。
心配されたりするよりずっと気持ちが楽だったからだ。
これからリールとの旅がどれほど長くなるか、わからない。だけれど、口うるさく仲間の言葉を後押しするような人であったのなら、クーシュは気が狂っていただろう。
ただでさえ狂いそうなのに。
こんなに苦しむなら魔王討伐なんてひとりで行けば良かった。道半ばで死んでもいくらかマシだっただろうに。
クーシュは膝の間に顔をこすりつけて、濡らした。