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第二話 思い出


「そういえば、ティナの師匠ってどんな人? あの魔道具を使いこなしてた人なんだよね」


 とある日の客のいない魔道具屋の店内で、ふと思い出したようにイオが口を開いた。「あの魔道具」という言葉から二人の頭に浮かぶのは、探しものの依頼の際に使う、界を渡る魔道具のことだ。


「んー。どんな人、ねぇ……」


 ティナは帳簿を確認していた手を止めて、頬杖をつき、記憶をたどるように宙を見つめる。二人はそれぞれ魔道具屋の店内で作業をしているところだった。ティナは店の奥のテーブルで帳簿を確認し、イオは店内に置かれた魔道具の点検をしていた。


「いろんな魔術が使えて、魔道具にも詳しくて、何でもできる人だと思ってたなぁ、子どものころは。国に仕えるのは嫌だったみたいで、誘われても断ってたらしいけど、なんだかんだ頼られたら断り切れなくて色々やってたみたいだし」


 そのころのことを思い出しているのか、ティナは金色の目を細めて、懐かしそうに話す。


「ふーん……このあたりの魔道具で、ティナの師匠がつくったものとかある?」


「ん、ちょっと古いのとかはそうかな」


 イオがちょうど点検している魔道具の置いてあるあたりを示して聞くと、ティナもそちらを見て答えた。その答えを聞いて、イオは何でもないような風に言葉を継いだ。


「……今は魔道具とかつくってないの?」


 ティナは少し動きを止め、イオを見つめる。イオはその視線に気付いていないような様子で、一つ一つ魔道具を手に取っては点検の作業を続けていた。その横顔を探るように見つめながら、ティナはゆっくりと口を開いた。


「何年も前の話だけど……いなくなったの」


「いなくなった?」


 イオがちらりとティナの方に視線を投げる。ティナはその視線を見つめ返しながら言葉を続ける。


「そう。師匠の部屋が荒らされてて、姿が見えなくなって、そのまま。もうずっと帰ってこないの。何か事件に巻き込まれたんじゃないかって、ずっと探してるんだけどね」


「……そっか。ごめん、なんか、話しづらいこと聞いたね」


 イオはちょっと困ったように眉を下げた顔で謝る。ティナはその顔をなんとも言えないような顔で見つめると、首を振った。


「ううん。……そういうあんたの先生ってのは、どういう人なの?」


 ティナは話を変えるようにして聞いた。聞かれたイオは、また一つ魔道具を手に取り、点検をしながら考えをまとめているかのようにゆっくりと話をする。


「そうだなぁ……やさしい人、だったよ。魔術の理論も実践も全部教えてくれて、魔道具も自分で色々つくってた人だったな。……ああ、そうだ。これも先生がつくった魔道具」


 そう言って片手をあげて金色の腕輪を示して見せる。それを聞いたティナは少し目を大きくして、イオの腕にはめられた腕輪を見つめる。金色の目が興味で輝いているようだった。


「そうなんだ。それ、杖の代わりになるのよね」


「うん。魔術を教わり始めたころにつくってくれて、魔術の補助とかも色々仕込んであるから、整備しながらずっと使ってる」


 イオの紅い瞳が懐かしそうに細まって金色の腕輪を見つめる。ティナの目も引き寄せられるように腕輪から離れなかった。そして、うらやましそうに言葉をこぼす。


「いいなぁ。杖ってたまに持ち歩くの面倒になるのよね」


「んー……時間かかってもいいなら、似たようなの、つくろうか?」


「えっ、いいの? イオの先生のオリジナルの魔道具じゃない?」


 イオの言葉に嬉しそうにしたものの、心配するように声を落として聞く。


「いや、そういうので怒るような人じゃないから、ティナなら大丈夫。ただ、この術式、整備するときに色々継ぎ足してるから、そのまま新しいのに使うのはあれだし……術式組みなおすのにちょっと時間かかりそうなんだけど……」


「それなら、大丈夫。ふふっ……よくあるよね。色々機能追加していったら、最終的にものすごく入り組んだ術式になっちゃうの」


「ああ。そうなるともう完全に新しくつくった方が早かったりするんだよな」


「そう。わかる。……そういえば、イオの先生って会えないの? お礼とか言えるなら言いたいんだけど」


 魔道具づくりのあるあるで笑いあっていたが、ティナがふと尋ねた言葉に、イオはちょっと困った顔をした。


「あー……数年前に、亡くなったんだ。先生」


「え……そうなの……」


「うん。……そういうわけで、腕輪のつくり方は教わってるから、できたら渡すよ」


「ありがとう。……ごめんね」


「気にしないで。もう、何年も前の話だから」


 ティナは申し訳なさそうな顔をして謝るが、イオは整った笑顔で返した。その笑顔からは、本心を読み取れそうになかった。


 * * *


 その日イオは自室で、常に身に着けている金色の腕輪を外して、組み込んでいる術式を整理していた。ティナに同じような腕輪をつくる前に、まずは組み込んでいる術式を洗い出し、整理して、新しい腕輪に仕込むために組みなおすつもりだった。


 長く整備しながら使っているため、もともとの構造に色々な機能が付け足されて複雑化しているものを、一つ一つ紐解いていく。そうして一つ一つ切り出していくことで、より魔力効率の良い術式やより機能的な構造の術式に再構築するための部品となるのだ。


「ああ、これ、だいぶ古い術式だな。今はもっと効率のいい方法があるから、これは変更が必要か……」


 書き出した術式にメモを書き足す。その術式は、先生に教わりながら自分で追加したもので――まだ魔術を教わるばかりだったそのころのことを思い出して、少しだけ笑みがこぼれた。


 * * *


「先生、これ、難しい」


 金色の腕輪をにらむように見つめてイオは言葉をこぼした。


「んー、見せて。……うん、ここまではうまくできてるね。あとはここからの部分だ」


「それが難しいのに……」


 先生のつくった腕輪の術式に魔術の起動を補助するような術式を組み込もうとしていた。先生の手助けもありながら、術式を組み込む場所は特定し、補助の術式を組み込もうとしていたのだが、組み込んだ術式をそれまでの術式の流れに合流させる部分がどうにもうまくいかなかった。


 机に突っ伏してふてくされるイオの頭を先生はゆっくりと撫でて声をかける。


「イオは理論通りの魔術は得意だけど、こういう応用はまだちょっと苦手だね」


「……そんなの、わかってるよ」


 机の上に頬をぺったりとつけ、先生を見上げるようにして言うと、先生は苦笑して返した。


「責めてるわけじゃないよ。得意不得意は誰にでもあるからね。……そうだなぁ。昔教えてた子は魔術書の理論が苦手でね。本を読んでもなかなかうまくいかなかったけど、目の前で実際に発動して見せたらすぐに同じものが使えるようになったこととかもあったし」


 懐かしそうに目を細めて話す先生をイオは見つめ、唇を尖らせる。


「ふーん。僕は魔術書読んだらだいたいできるけど」


「それがイオの得意な部分だね。……ほら、そろそろ起き上がって。こことここの術式をよく見てごらん」


 促されて机の上から身体を起こし、もう一度、腕輪の術式と向き合う。そうして術式を見ながらも、ちらりと先生を見上げて、少しだけ気になったことを聞く。


「ねえ、その子って、僕よりも魔術うまかった?」


 聞かれた先生は少しだけ驚いたようだったか、目を細めて穏やかに笑う。


「うーん。魔術書を使っての魔術の発動はイオの方がうまいだろうね」


 それを聞いてイオの口角がわずかに上がる。


「あの子は、そうだなぁ、魔術のひらめきに長けてたね。新しい魔術を思いついたときは金色の目をきらきらさせて見せてくれたなぁ……」


 その言葉でイオは少し唇を尖らせた。先生はその顔を見て少し笑うと、またイオの頭を撫でた。


「イオは理論が得意だから、慣れればこういう術式の改良もうまくできるようになるよ」


 そう言って優しく微笑んでいた。


 * * *


 そのときは、先生の助言を受けて、どうにか腕輪の術式の改良ができたのだ。それから何度か同じように先生と一緒に整備をしながら改良を繰り返し――今では一人で術式の改良をしている。


「少しはうまくなったかな」


 イオはそうつぶやいて少し笑った。


 * * *


「師匠って、ときどき変なこと考えるわよね」


 ティナはそう独り言を言いながら、洗濯用の魔道具を使って衣類の洗濯をする。その魔道具は、依頼を受けて探しものをする際に使用する、界を渡るための魔道具でもあった。


 洗濯用の魔道具の箱を基盤として、界を渡るための魔道具をつくったとはいえ、全く異なる二つの機能を一つの魔道具に組み込むのには繊細な術式の調整が必要とされる。しかもそんな繊細な調整をしただけでなく、界を渡る魔道具としての機能は、特殊な手順を踏まなければ使えない上に、通常はその機能を隠蔽しておくなど、何段階にも高度な技術が使われていた。


『これだけ場所をとるんだから、両方の機能を兼ね備えた方が便利じゃないか』


 そう言っていた師匠の言葉を思い出す。そして、ついこの間イオと思い出話をしたからだろうか、師匠と一緒に初めてこの魔道具を使って界を渡ったときのことも思い出した。


 * * *


「おでかけ?」


「そう。今日は別の世界に行ってみようか」


 師匠に魔術を教わるようになってしばらくしたころ、子どものころのティナは、そんな言葉で、文字通り別の世界へと誘われた。


「……洗濯の魔道具?」


 連れてこられたのは洗面所で、目の前には洗濯用の魔道具があった。不思議そうな顔をするティナに、師匠は説明する。


「これは洗濯用の魔道具でもあるけど、別の世界に行くための中継地点のような場所に行けるようにもしてあるんだ。詳しい仕組みはまた今度話すとして、さっそく行こうか」


 そうして魔道具を使ってたどり着いた先は薄暗い空間だった。


「――なんだ、お前、よく来るな。今日は子ども連れか?」


 今も昔も変わらずにそこにいる黒髪の男が師匠に話しかけ、師匠も気軽に返事を返す。子どものティナは、薄暗い空間がどことなく怖く、初めて見る空間と初めて会う相手に緊張して、つないだ師匠の手をぎゅっと握りしめた。


 それでも初めての相手に挨拶をしなければと、声を出した。


「初めまして。私はバレンティナ・レンテリアです。あなたのお名前を聞いてもいい?」


 ティナの言葉に男は少し驚いた顔をしたが、愉快そうに笑った。


「ははっ。これはご丁寧にどうも。だが、悪いな。名乗る名前は持ち合わせちゃいねぇんだ」


 子どものティナにはよくわからず、首をかしげる。そんなティナに、師匠は笑って頭を撫でた。


「気にしなくていいよ。僕も名前は教えてもらってないし」


 そうして、黒髪の男がいる空間を出て、師匠に手を引かれるまま、不思議な空間を歩いた先。向こう側が見えない暗闇に目をつぶって飛び込むと、明るい別世界が広がっていた。


 師匠の魔術で言葉をわかるようにしてもらって、見たことのない街並みを歩く。異国の市場は、ティナから見るとお祭りのようにきらきらして見えた。


 * * *


 あの日はそうして一日、異国の街並みを歩いて回った。魔術を教わる中で、魔術書での勉強がうまくいかなくて落ち込みがちなティナを師匠が励まそうと気晴らしに連れ出してくれたのか、ただ単に界を渡る魔道具が完成したのを試したかっただけなのかはわからないけど、大切な思い出だった。


「そういえば、あのとき買ったおみやげ、どこにおいてたっけ……?」


 洗濯の作業に戻りながら、ティナはつぶやいた。


 * * *


 とある日。ティナは師匠の師匠に会いに来ていた。直接的な関係としてはティナの母方の伯母にあたり、そのつてで師匠に弟子入りをしたのだった。


 勝手知ったる伯母の家で、お茶の置かれたテーブルの前の椅子に座り、ティナは小さな箱を取り出した。


「ビオレータ姉さん、これ、見覚えある? たぶん師匠のものだと思うんだけど」


 師匠の師匠という呼び方も変だし、おばさんと呼ぶには年齢不詳過ぎる女性のため、ティナは彼女のことをビオレータ姉さんと呼んでいた。


「んー?」


 同じテーブルの向かいの椅子に座っていたビオレータは、渡された小さな箱を開き、中を確かめた。その中には緑色の石がはめられたピアスが一揃い入っていた。


「あー、これねー、あの子が自分用に買ってきて色々魔術を仕込んだけど、結局使わなかったやつね。どこにあった?」


「普段使わない引き出しの奥の方。こないだ片付けしたときに出てきたんだけど――なんで使わなかったの?」


 ピアス自体も、ものがよいものなのだろうが、見たところ、かなり高度な魔術が複数仕込まれている。自分で買ってこれだけの魔術を仕込んだのに、使わずにしまい込まれていたことを不思議に思い、ティナは尋ねる。


「んー、なんか、ピアスの穴開けるの嫌だから、って。ならなんでピアス買ったのよって話よねー」


 ビオレータはケラケラと笑いながら話す。


「なにそれ……」


 仕込んだ魔術がうまくなかったとか、何か重大な理由でもあるのかと思ったら、耳にピアスの穴を開けるのが嫌だからという理由で、高度な魔術を仕込んだ魔道具相当のピアスをしまい込んでいたらしい。


 ティナは一気に脱力して、テーブルにべったりと頬を付ける。師匠がいなくなってからは、魔術の相談などで色々と話すことも多かったため、ビオレータがこれくらいのことで目くじらを立てることはないと知っていた。


「まあ、あの子が戻ってきても使うことはないだろうし、もらっといたら? 色々仕込んであるだろうから、役に立つわよ」


「んー。そうしようかな」


 ピアスに付けられた石の緑色から師匠の目の色を思い出し、魔道具としての側面だけでなく、師匠のことを思い出せるものとしても、身に着けたい気持ちへと心が傾いた。


「あ、でも、身に着けるなら、片方だけでいいかもね。両方つけると過剰すぎるわ。……ほんと、あの子、こんなに魔術仕込んで、つける気あったのかしら」


 ビオレータは目を細めてピアスに組み込まれた魔術を読み取りながら言う。ティナも片方を手に取ってのぞき込む。片付けで出てきたときにも一度目にしていたが、緻密な魔術がこれでもかと詰め込まれている。


「じゃあ、片方だけつけようかな。ビオレータ姉さんはもう片方、いる?」


 片方だけ使うのであれば、ひとそろいあるピアスのもう片方は余るため、聞いてみたが、迷うこともなく断られた。


「私はいいわ。予備にでもしなさい。あ、ついでに何か追加の魔術でもここで仕込んでいけば? 見てあげるわよ」


「え、いいの!?」


 師匠がいなくなってすぐのころはよく教わりに来ていたのだが、最近はそういうこともなくなっていたため、魔術を見てもらえる嬉しさにティナは声を弾ませる。


「ふふっ。いいわよ」


 嬉しそうなティナの様子にビオレータも笑みをこぼす。その笑みを受けてティナも笑顔になると、ピアスを見つめながら追加で仕込む魔術に悩み始めた。


「んー。何にしよっかなー。師匠の入れてない魔術だと……」


 そうして作業に集中し始めたティナの様子を見て、ビオレータは静かに席を立った。


「じゃあ私は、お茶のおかわり淹れてくるわ」


「ん。ありがとう。姉さん」


 ティナはそう返事を返すと、再びピアスを見て言葉をこぼす。


「防御魔術はもうちょっと強化できそう……あと、回復魔術も追加できるかな……」


 そして、自分で口に出した回復魔術という言葉に、よく怪我をして帰ってくる白金色の髪の男の姿を思い出す。


「もう片方はあいつに渡すかな……」


 ピアスにつけられた緑色の石がきらめいて、師匠の笑った顔を思い出した。


 * * *


 その日、イオが魔道具屋に戻ると、ティナは機嫌よさそうに鼻歌を歌っていたが、扉の開く音に気付いてイオを見ると、途端に眉を寄せた。


「また怪我してる」


 大きな傷は回復魔術で治したが、あまり魔術で治しすぎると自然治癒力が落ちてくるため、細かい怪我を治さずにいたのが目に留まったらしい。


「……これくらいすぐに治る」


「はあっ……どうせ言っても変わんないのよね。てことで、これ」


 ティナが押し付けてきた箱を開けると、ピアスが片方だけ入っていた。ぱっと見ただけでもわかるくらいに、高度な魔術が大量に組み込まれている。


「どうしたんだ、これ」


 仕込まれている魔術の術式に目を奪われ、その内容を次から次へと目で追いながら尋ねる。


「ん、師匠が買ったけど使わなくてしまい込んでたらしいの、こないだ見つけたのよ。あんた、怪我してくること多いんだから、それでもつけて、少しは減らしたら」


「別にそこまでするほどじゃ……」


 ティナから言われた言葉にイオは眉を寄せるが、普段から怪我をしてくることが多いがゆえにその反論の言葉は強くない。そこに畳みかけるようにティナは言いつのった。


「仕事に影響出たら迷惑なのよ。片方だけでもかなりの魔術が組んであるから」


「……わかったよ」


 ティナの言うことも正論だと思ったのか、イオはしぶしぶといったように返事をした。


「防御とか回復とか、師匠が組んでたものだけじゃなくて、私も追加で色々仕込んどいたから、ずっとつけときなさいよ」


「はいはい」


 返事をしながらも、その目はピアスに仕込まれた魔術を変わらず読み込み続けていた。紅い目が少し懐かしそうに細くなり、ピアスにつけられた緑色の石を見つめる姿を、金色の瞳がじっと見つめていた。


 * * *


 その日、ティナは自室にて複数の新聞と手書きのメモを机の上に広げていた。広げられた新聞の記事が書かれている言葉はこの国の言葉ではなく――この世界の言葉ですらなかった。


 それらはティナが師匠の行方を追う中で集めたものであり――、そして、そこに書かれている出来事の起きた場所は、ある種の探しものの依頼で行った場所と重なっていた。新聞の記事にならなかったようなものや、そのような記録が残されていないような場所では、周辺を調べた内容を手書きのメモにしたものが机の上に載っていた。


 廃工場、病院らしき施設、何かの学校のような建物、廃ビル――ある種の探しものの依頼で行った場所の近くに存在していたそれなりの規模の建物が、決まって依頼でそこを訪れた数日後に、建物が倒壊するなど何らかの壊滅的な被害を受けて消え去っていた。


 新聞記事にはそれらの原因不明の大規模な倒壊について書かれていた。周辺を調べた結果についても、手書きのメモに記載されて机の上に散らばっている。


「イオがいつも怪我して帰ってくる理由って――――」


 ティナは眉をひそめて考え込むが、しばらくしてかぶりを振った。


 そうして再び机の上に広げた紙の山へと視線を戻し、今は崩れ去ってしまっているそれらの建物で行われていたはずの出来事を調査した結果を見ていく。


 時空をこえる研究、魔力を増大させる実験、そして、人体実験が行われていたらしき痕跡――。いずれの場所でも、同じような組織の存在が垣間見える。


 そして少し前に懐かしく振り返っていた、師匠との思い出が頭によぎる。


 師匠は界を渡る魔術に長けていた――魔力消費を抑えて狭間の空間へと転移する、あの魔道具をつくってしまえるくらいには。時空をこえるには膨大な魔力を必要とする。だからこそ時空をこえる研究をするには、魔力の多い人物が必要不可欠だった。だが、師匠の能力と技術があれば――――。


 ぞくり、と、身体が震えた。机に置いていた手に思わず力が入り、手元の紙にしわが寄る。


「ねえ、師匠、どこにいるの……?」


 かすれた声に応えるものは、いるわけもなかった。ティナはただ一人、調べた結果が広がる机を前にして、じっと考え続けていた。


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