第一話 依頼
とある街の片隅に魔道具屋があった。両隣を背の高い建物に挟まれているため、どこか窮屈そうに見える二階建ての建物の一階が魔道具屋の店舗部分で、扉には営業中の札がかかっていた。
周囲を見回しながら、どこか不安そうな顔をした女性が、魔道具屋の前の道を通りかかった。栗色の髪を肩まで伸ばし、手には小さめの鞄をもっていた。その女性は魔道具屋の建物を目にすると立ち止まり、周囲の建物と魔道具屋の外観を見比べた。しばらく何かに悩むように魔道具屋の扉を見つめていたが、一度ゆっくりと息を吐くと、意を決したように扉に手をかけた。
滑らかに開いた扉は、来客を知らせる音を鳴らした。扉から魔道具屋の店の中へと入った女性は静かに扉を閉め、ゆっくりと店内を見渡した。
店内には、ところせましと様々なものが置かれていた。杖や水晶玉、しっかりとした装丁の魔術書らしき書物といった魔術に関連した道具もあれば、指輪や腕輪といった装飾品の形をした魔道具、湯を沸かす道具のような家庭用の魔道具も置いてあった。
女性は置いてある魔道具の数々を興味深げに眺めながらも、店内の奥の方へとゆっくりと歩を進めた。店の奥にはテーブルがあり、店員らしき人影が二つあった。一人は赤髪の女性で、テーブルの奥に座っていた。もう一人は、白金色の髪の男性で、テーブルのさらに奥の方で何か作業をしているようだった。
店内を進んで来た女性は、二人のいるテーブルの方へと向かうと、座っている赤髪の女性の目の前に立った。
「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」
赤髪の女性は気の強そうな金色の目で女性を見つめ、声をかけた。声をかけられた女性は、緊張した様子で鞄を両手で握りしめ、口を開いた。
「あの……ここで依頼すれば、探し物が見つかるって聞いてきたんですけど――」
ここはとある街の魔道具屋。この店には二種類の客が来る。一つは、魔道具を求めに来る客。もう一つは、とある噂を聞いて、探し物や探し人の依頼をしに来る客。今日は後者の客だったようだ。
* * *
魔道具屋の店の中、テーブル越しに二人の女性が向き合っていた。椅子に座った赤髪の女性店員は、テーブルの前に立って緊張した面持ちで返答を待っている女性を、少しつり目気味の金色の目でまっすぐに見つめ、答えた。
「そうですね。ものにもよりますが、探しものの依頼も受けていますよ。ご依頼ですか?」
「は、はい。探してほしいものがあって――」
店員の女性の返答を聞くと、テーブルの前に立っていた女性は胸の前で握りしめていた鞄を開き、小さな箱を取り出した。女性が箱を開けると、そこには一つの指輪が収められていた。
「この指輪とそろいでつくった指輪を探してほしいんです」
「指輪、ですか……」
赤髪の女性は、そう言いながら目を細め、テーブルの上へと置かれた箱の中にある指輪を見つめた。飾りの石なども付けられていないシンプルな銀色の指輪は、つくりを見る限り、箱をもってきた依頼人の女性の指に合わせてつくられたものであるように思えた。
「あの……無理、でしょうか……?」
指輪を見つめたまま黙り込む女性の姿に不安になったのか、依頼人の女性は鞄を握りしめながら問いかける。
「ああ、いえ、探すことは可能ですが……探すのは指輪だけですか?」
座っている赤髪の女性は指輪から視線を外し、依頼人の女性を金色の目でまっすぐに見上げ、確認した。つり目気味の瞳から強い視線で見つめられた依頼人の女性は、たじろぐようにように口ごもると視線をそらし、ややあって口を開いた。
「その……今、その指輪をもっている人のことも……できれば…………」
ためらいがちに話す依頼人の女性の様子を見つめていた赤髪の女性は、ふうっとため息をつくと、相変わらず強い視線で彼女を見つめながら、言葉を返した。
「探すことを迷われているなら、おすすめはしませんよ。……調べた結果が、あなたの望むものとは限らない」
依頼人の女性は言われた言葉に少し肩を揺らすと、うつむいた。それでもためらいながらも言葉を続けようと口を開いたが、その言葉が声になる前に、別の声が割って入った。
「他人の事情にあまり口を出すものじゃないよ。ティナ」
白金色の髪の男性が、テーブルの奥から二人の方へと歩み寄りながら声をかけた。ティナと呼ばれた女性は、腰まで届く赤髪を翻して男性の方を振り返った。その金色の瞳は、依頼人の女性を見つめていたときと変わらない強い視線だったが、男性に向ける目には、それに加えてどこか険があった。
ティナは男性に向かって言葉を返そうとしたが、それはかなわなかった。振り返ったティナが何かを口にしようとしていたのが見えていたにもかかわらず、白金色の髪の男性が、その言葉を遮るように、依頼人の女性へと話しかけたからだ。
「この指輪とそろいになる指輪と、その持ち主を探す依頼ですね。この指輪はお預かりしても構いませんか?」
「は、はい」
「探すのにしばらくお時間をいただきますので、こちらに連絡先の記入をお願いします」
男性の店員はにこやかに話を進め、依頼人の女性はそれに流されるようにして、依頼の手続きを進めていった。
* * *
依頼人の女性が立ち去ったあと、魔道具屋の店内には、店員の二人が残された。
「ティナ、いつも通り、ここ片付けたら、しばらく店を閉めて探しに出るのでいいよね」
白金色の髪の男性が、赤髪の女性へと話しかける。話しかけられた赤髪の女性――ティナは、その内容には答えず、相変わらず険のある目で男性を見つめながら言葉を返す。
「あの人が迷ってるの、イオもわかってたでしょ。知らないままの方がいいことだってあるのに――」
「それを決めるのは、本人だよ」
ティナから険のある強いまなざしで、半ばにらむように見つめられているにもかかわらず、気にも留めていないような様子でイオと呼ばれた男性は言葉を続ける。
「僕らは、依頼者のために、依頼通りのものを探すだけだよ。――表の方、片付けてくるね」
そう言葉を残すと、イオは店内を進み、入り口の扉から外へと出ていった。
外へと出ていくイオの後ろ姿をじっと見つめていたティナは、その姿が見えなくなっても、閉じられた扉をしばらくにらみつけるように見つめ、低く声をこぼした。
「……あんたの場合は、依頼者のためじゃなくて、自分のためでしょ」
ティナはしばらくそうして扉をにらみつけていたが、ふっと視線をテーブルの上へと移した。テーブルの上には依頼人の女性が置いていった指輪の入った箱がある。立ち上がってその箱を手にすると、依頼されたものを探しに出る準備のために店の奥へと入っていった。
* * *
依頼を受けて探しに出るために、二人は手分けして魔道具屋を休業するための準備をした。といっても、店員二人だけの小さな魔道具屋のため、準備というほどのものでもない。扉に休業中の札をかけ、念のため貴重な魔道具の類は店の奥へと片付け、警備用の魔術を起動させるくらいである。
そうしてそれぞれ準備を終えた二人は、魔道具屋の建物の住居部分にある一室に来ていた。洗面所のように見えるその空間には、洗面台のほかに洗濯用の魔道具らしき大きな箱が設置してあった。
その場にいる二人は似たような色の暗い色のローブをそれぞれ羽織っていた。ティナは手に杖をもっているが、イオは手ぶらで身軽な格好だ。常に身に着けている金色の腕輪だけが、片腕にはめられているのがローブの隙間から覗いていた。
「そういえば、聞きそびれてたけど、この道具どうやって手に入れたの? ティナがつくったとは思えないけど」
洗濯用の魔道具のように見える大きな箱型の道具に目を向けたイオが尋ねると、ティナはまだ少し険のある表情で、端的に答えた。
「……師匠の持ち物」
「ふーん……仕組みとかどうやってつくったのかとか、知ってる? かなり高度な魔術が組み込まれてるように見えるけど」
「知らない」
「……そっか」
機嫌の悪そうな顔でそっけなく答えるティナの表情を、イオはしばらく探るように見つめていたが、それ以上は何も聞かずに口を閉じた。
「で、また私が先?」
ティナは片方の眉を上げ、自分よりも少し背の高いイオの顔を見上げる。
「うん……たぶん、その方がいいと思う……」
見上げられたイオは少し困ったように苦笑し、紅い瞳にも弱ったような色が浮かぶ。
「ま、いいけど」
やれやれといったようにティナは大きなため息をつくと、洗濯用の魔道具のように見える大きな箱型の道具へと歩み寄った。そして、その箱の蓋のようになっている部分を開けると、杖をもったまま箱の中へと潜り込み――、一瞬にして姿を消した。
それを見送ったイオは同じように箱の中へと潜り込み、同様に姿を消した。
* * *
魔道具の箱の中に潜り込んだティナは、一瞬で暗い空間へと降り立っていた。
ものがほとんどないその空間は、ほぼ暗闇に近かったが、うすぼんやりと明るく、周辺を少しだけ見渡せた。降り立った足元は石の床のように見えたが、足元から先は遠くなるほど暗くなり、終端の見えない空間は屋内なのか屋外なのかも曖昧だった。
「よう。また来たのか」
少し離れたところから男の声がした。ティナは声のした方に目を向けると言葉を返した。
「久しぶりね」
そこには黒髪の男がいた。近くに椅子があるにもかかわらず、男は机の上に座っていた。靴を履いたままの片足を上げて机の上にのせている。机の上にはランタンの形をした光源があり、その明かりに照らされた男の顔はティナを見て少し面白がるような表情をしていたが、ふっと表情を消した。
「あんたが来たってことは――」
男はそう言うと片手をあげ、ティナの横を指さすようにして、その指先から巨大な炎を放った。
ティナは予想をしていたように、少しだけ身体を移動させて向かってくる炎を避け、ティナが避けたその空間にちょうどイオが現れた。
「うわっ……っと」
放たれた炎によって明るくなった空間は、一瞬でもとの暗闇を取り戻した。イオが空間に降り立つと同時に起動した打消しの魔術は、炎がイオの身体へと届く前にそれを消滅させた。
「ちっ……」
黒髪の男は大きく舌打ちすると、そのまま追撃の魔術を放った。
「ちょっと! 私を巻き込まないでよね!」
ティナはそう言いながらイオから距離を取り、そのまま暗闇の中を先に進んでいった。
「ああ、わりぃ…………とりあえず、お前、一回殺させろ……っと」
前半はティナに言葉を返した黒髪の男は、後半はイオに向かって複数種類の魔術を同時起動で放ちながら吐き捨てる。
「うーん、さすがに殺されるのは遠慮したいかなぁ」
イオはそう言って苦笑しながら、放たれる魔術をよけたり打ち消したりしながらさばいていく。そうしてティナの向かった方向へとゆっくりと足を進める。
「ちっ……往生際が悪ぃなぁ……」
そう言うと、黒髪の男は一瞬魔術を放つ手を止めたように見えたが、その一瞬で大量の攻撃魔術を周囲に起動させた。炎、水、氷、雷、光、闇、毒――起動された魔術はすべて、イオに照準を定めていた。
「いや、さすがにこれはちょっと……」
それまで困った顔をしながらも、放たれる魔術をいなしていたイオだが、向けられる攻撃魔術の種類と量を見て、頬をひきつらせた。
「一回死んどけ」
男のその言葉を合図にすべての攻撃魔術がイオへと向かった。イオはティナの向かった方向へと走り出しながら、放たれた魔術を打消し、避け、最終的に結界の魔術を起動して撃ち込まれた攻撃魔術を跳ね返した。
「今は死ねないから、ごめん――!」
そして、そう叫び返すと次の空間へと駆け込んだ。背後からは大きな舌打ちが聞こえたが、黒髪の男は空間をこえてまでは追ってこないようだった。
* * *
進んだ先は同じように広い空間だったが、先ほどの場所とは異なり、神殿で見るような太い柱があちらこちらにあった。階段もあるが、その先は暗く、見通せない。
イオはその空間を見渡し、ティナの後ろ姿を見つけると、駆け寄って声をかけた。
「見つかった?」
「ん……もう少し先かな」
そう答えるティナの手には、依頼者から預けられた指輪の箱があった。ティナは指輪に残された魔力をたどるようにして、空間内を探る。それからしばらく二人で暗い空間の中を歩いていたが、ふと思い出したようにティナが口を開いた。
「そういえば、あの人の名前知ってる?」
「……あの人?」
「ほら、いつもさっきのところにいる」
先ほどの空間にいた黒髪の男のことを指していたらしい。聞かれたイオは少し考えるようにしてから、答えた。
「ああ、あの。…………知らないな」
「やっぱり? 子どものころ、名前聞いたけど教えてもらえなかったのよね。イオはなんて呼んでる?」
変わらない速度で歩みを進めながら、ティナはイオの顔を見上げて尋ねた。尋ねられたイオは少し上の方を向いて、何かを思い出すようにすると、そのまま口を開いた。
「……先生は『黒の番人』って呼んでたかな」
「ふーん。……それが通り名なのかな……」
ティナは視線の合わないイオの様子を気にすることなく、進む先の方向へと視線を戻すと、軽くうなずきながらつぶやいた。
「……?」
そのつぶやきに反応してイオがティナへと視線を戻すと、向けられた視線に気づいたティナが再びイオを見上げて口を開く。
「うちの師匠も、そう呼んでたから」
「……ふーん、そっか」
イオはその言葉に少し驚いたように紅い瞳を瞬かせたが、感情を読ませない声で相槌を打った。
「あ、この先ね」
そんな話をしているうちに、目的の場所へとたどり着いたらしい。二人は柱が二本たっている場所の目の前へと立った。二本の柱に挟まれた空間は濃い闇で満たされていて、その先を見ることはできなかった。
指輪からたどった魔力はこの先の世界へと続いているようだ。
そうして二人は二本の柱の間の空間へと足を踏み出し、暗闇に溶け込むように姿を消した。
* * *
二人が降り立ったのは、枯草の広がる大地だった。少し離れたところに村らしき集落が見える。その村の向こうには、遠くから見てもわかるくらいに大きな建物があった。何の用途で建てられたのか、近くにある村とは不釣り合いなくらいに大きな建物だ。
二人はそれぞれ降り立った場所の周囲を見渡していたが、周囲に人影がないことを確認すると、ティナが手にもつ指輪の箱へと視線を向けた。そして、指輪の魔力をたどり、二人そろって村の方へと視線を向けた。
「あっちね」
「ああ」
それ以上は特に言葉を交わさずに、二人は村の中へと入っていった。
村にはそれほど人は多くないようだったが、二人は人目を避けて暗い道を選んで通る。そして入り組んだ道を歩いて行った先に、一人の子どもが木の枝で地面に絵を描いて遊んでいるところに行き会った。
指輪の魔力はその子どものところで途切れているようだった。
ティナとイオは顔を見合わせると、しばらく視線を交わし、ティナが子どもの方へと近寄って行った。イオは少し離れたところでその姿を見守る体でいる。
「ねえ、ちょっといいかな?」
地面に座り込んで絵を描いている子どものそばにしゃがみこみ、ティナはゆっくりと声をかけた。
子どもは絵を描いていた手を止めると視線を上げ、木の枝をもったまま、ティナの顔を見て返事をした。
「なあに、おねえさん」
ティナは子どもを怖がらせないようにと気を付けながら、手にもっていた箱から指輪を取り出し、子どもの目の前に見せながら尋ねた。
「この指輪と同じような指輪、見たことないかしら?」
子どもはじっとその指輪を見つめると、ぱっと顔を輝かせた。
「しってる! おねえさんが、こいびとさん?」
そうして、ティナの方を見つめて首を傾げた。ティナは口ごもり、話を濁すと、ひとまず指輪の行方を聞くことにした。
「ええっと、指輪、あなたがもってるのかしら?」
「うん! ちょっとまってて!」
聞かれた子どもはティナのそんな様子を気にも留めず、そう元気な声を残すと、だっと近くの家へと駆け込んでいった。
取り残されたティナは立ち上がると、少し離れた場所にいるイオと顔を見合わせる。どちらも少し困った顔をしている。お互い予想できていることはあるのだが、いつあの子が戻ってくるかわからないこの場で話すようなことでもない。
そうして二人が言葉を交わすことなく待っていると、子どもはすぐに戻って来た。片手をぎゅっと握りしめている。
「もってきたよ!」
そう言って、その子はティナの前で握りしめていた手のひらを開き、もっていた指輪を見せた。ティナが預かって来た指輪と同じつくりをした、そろいの指輪だった。
「この指輪、誰かからの預かり物かしら?」
ティナは再び、腰を下ろし、子どもと視線を合わせながら聞いた。子どもは元気にうなずきながら返事をする。
「うん。前ね、いっしょにあそんでくれてたお兄さんがね、とおいところに行くから、こいびとが来たらわたしてほしいっていって、おいてったの。ちゃんと大事なところにしまって、なくさなかったんだよ」
「そうなの、えらいわね」
にこにこする子どもに、ティナも内心を隠しながら笑い返す。
「ねえ、おねえさんがこいびとさんなの? だって、同じゆびわもってるもんね」
「うーん、お姉さんは違うんだけど、恋人さんから頼まれて、探しに来たの。恋人さんに渡してあげたいんだけど、その指輪もらってもいいかな?」
ティナは少し困ったようにしつつ話をする。子どもは、ティナの話を疑う様子もなく、にっこり笑って指輪を渡してくれた。
「いいよ! お兄さんが大事にしてたゆびわだから、ちゃんとこいびとさんにわたしてあげてね!」
「ありがとう。ちゃんと渡すわね。……預かってくれてたお礼に、これ、あげるわ」
子どもから指輪を受け取ったティナは、ローブの内側からちょっとしたお菓子を取り出して子どもに渡した。
「うわあ。なにこれ。きれい」
受け取ったお菓子のきらきらした包み紙に子どもは目を輝かせる。
「内緒よ。こっそり食べてね?」
「うんっ」
ティナと子どもは目を見合わせてそれぞれ口元に指をあてて、しーっとする仕草をした。そうして秘密にする約束をしたあと、ティナは子どもに別れを告げ、イオとともにひとまず人気のない場所へと移動した。
* * *
魔道具屋の店内に、三つの人影があった。一つは先日の依頼人の女性で、残り二つはティナとイオだった。魔道具屋の扉には休業中の札がかかっているため、店内に他の客が入ってくることもない。
「依頼されていた探しものについて、まずは指輪の方ですが――」
イオはそう言うと依頼人から預かっていた指輪とともに、その指輪の魔力を追って探しに行った場所で子どもから受け取った指輪をテーブルの上へと置き、依頼人の方へ見えるようにする。
依頼人はその指輪を食い入るように見つめ、ゆっくりと手に取った。そして、角度を変えて指輪を見直し、一通り確認を終えると、気を落ち着かせるように一呼吸置くと、口を開いた。
「これ、で、あってます。探していたのは、この指輪です」
声は震えなかったが、少しだけ手が震えていた。
「そうですか。それならよかったです。では、次に、その指輪の持ち主についてですが――」
そうして説明した内容は、指輪を預かっていた子どもと別れたあとに周囲で話を聞いてみるなどして集めた話だった。
子どもに「遠いところに行く」と話して指輪を預けたそのすぐあとに、指輪の持ち主――おそらく依頼人の恋人らしき人物――の姿を、あの村の周辺で見かけることはなくなったのだという。
もともとその人物は村の外から来たようで、村の近くに建てられているとある建物に、あるとき連れて来られたようだった。村に行ったときに遠くからでも目に入った、周囲と雰囲気のそぐわないやけに大きな建物がそうだった。
そして、その建物には、よくない噂もあり――定期的に人が連れて来られるのだが、しばらくすると連れて来られた人の姿が見られなくなるのだそうだ。どこかに行ったような様子もなく、忽然と。
指輪からたどれる魔力の痕跡は、あの場所で途絶えていて、おそらく、その人物はその場所で亡くなったのだろうと推測できた。
依頼人の女性は最後まで静かに話を聞いていた。最初に指輪だけが渡されたことから、予想できていたのか、話を聞き終えたときは指輪を受け取ったときよりも落ち着いているようだった。
「――ありがとうございました」
二つの指輪を大事そうに鞄の中にしまうと、女性は深々と頭を下げてそう言った。
依頼人の女性がいなくなると、魔道具屋の店内には二人だけが残された。休業中の札を扉にかけた店の中は、必要最低限の明かりしか灯していないため、薄暗い。
二人だけの店内で、ティナが口を開く。心配するような、悔いるような、そんな顔をしていた。
「ねえ。あれで、よかったのかな。知らないままでいれば、あんな思いをすることもなかったんじゃ――」
「――亡くなったことを知らなければ、悼むこともできないよ」
イオはそう静かに話した。
「そう、だね。それでも――」
その先は、どちらも言葉を口にすることはなかった。
* * *
依頼人が店を去ってしばらくして、自室に戻っていたイオは魔道具屋の店内に顔を出すと、そこにいるティナに声をかけた。
「ちょっと、しばらく出てくるから」
ティナはイオを振り返り、聞き返す。イオの行動を予想していたのか、特に驚く様子もない。
「今度はどれくらい?」
「んー……五日くらい、かな」
少し考えてから答えたイオに、ティナはじっとりとした目を向ける。
「ふーん。いい加減、怪我してくるのやめなさいよね」
「はは……まあ、じゃ、そういうことで」
苦笑したイオは、そのまま店を出ていった。言われた言葉に返事をしていないことには気付いていたが、その姿をティナは何も言わずに見送った。
「……ほんと、いつもどこで何してんだか」
一人の店内でティナはつぶやく。
ある種の探しものの依頼のあと、イオはいつも数日ほどいなくなるのだ。そして、帰ってくるときはたいてい怪我をしている。
「どうせ、また、怪我してくるんでしょうね……」
そう言って立ち上がると、ティナもまた、自室に戻って出かける準備をすることにした。ティナはティナで、あの依頼で見つけた手掛かりから、調べることがあった。