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15分ほど馬を走らせると、森の中に小さな泉と滝が現れた。
泉の周りには野の花が咲いており、とても幻想的だ。
「以前俺が偶然見つけたんだ、中に入って泳いだこともあるから深いところはないと思うし、滝の水量も危険はないと思うんだけど、どうかな?」
シーラが見る限り、小さな滝と言えども結構な水量だ。
8メートルぐらいの高さから流れる滝の下で水に打たれないといけないのかと、ため息を吐く。
きっとこれ以上のいい滝はないのだろう。
水は澄んでいてとてもきれいだ。よく見ると小さな魚も泳いでいる。
確かに深そうな感じではないようだ。
「ちょっとやってみますね。5分を3セットでしたっけ」
そう言いながらワンピースを脱ぎ始めたシーラにヴィクトルは慌てて止めた。
「ちょっと、何脱いでるの?」
「下に水着着てきたんです。滝に入るんですよね」
「そ、そうだけど・・・」
真っ赤になるヴィクトルが面白くてシーラは笑ってしまった。
「大丈夫ですよ。裸になるわけじゃないですし、他に誰も居ないですし」
「そ、それはそうだけど・・・まぁ、婚約者候補の俺しか見ていないし・・・だから大丈夫なのか・・?」
などとブツブツ言っているヴィクトル。
世間で騒がれている微笑みの貴公子の姿は微塵たりともないが、それもまたカッコイイと思わずシーラはしばらく眺めてしまった。
何着か用意されていた中でも露出が少なめのものを選んだつもりだが、さすがに憧れのヴィクトルの前でこの姿になるのは恥ずかしい。
しかしこれは王命なのだと自分の心を叱咤し、シーラはワンピースを脱いだ。
「目の前で脱がれるとこう・・・なんかやばいな・・」
口に手を当てて真っ赤になっているヴィクトルにシーラも真っ赤になった。
異性の前で水着になるのは家族以外では初めてでじっと見られると恥ずかしい。
「あまり見ないでくださいよ」
「わ、悪い」
慌てて視線を逸らすヴィクトル。
さっさと水に入ってしまおうと、足をつけると思いのほか冷たくて声が出た。
「つ、つめたーい」
「待て待て、俺も入るから」
ヴィクトルは慌てて、ブーツを脱いでシーラに手を貸してくれる。
「滑って転んだら危ないから。俺の手につかまってて」
「ありがとう」
ヴィクトルの優しさに感謝しつつ、ヴィクトルの手につかまりながら水の中に入っていく。
「もうすぐ夏とはいえ、山の水は冷たいけど大丈夫そう?全身濡れるけど」
心配そうなヴィクトルにシーラは自信なさそうにうなずいた。
「多分大丈夫です。王命だし・・・やれることはやらないと」
「あぁ、そうだね。王命なんだよねぇ・・・」
遠い目をしたヴィクトルは、シーラが転ばないように注意しながら滝のそばまで連れて行った。
「すっごい水量ね。大丈夫かしら。滝の下に入るのなんて初めてなんだけど」
滝のそばに来ると水が落ちる音も大きく、かなりの水量でシーラは入るのが怖くなった。
「俺が先に入ってみようか?」
「いえ、私が入らないと意味無いから頑張る!でも見ててくださいね」
不安そうなシーラにヴィクトルは微笑んだ。
「大丈夫、慣れるまで絶対手を放さないなら。危ないから両手を出してつないでようか」
ヴィクトルの提案にシーラは頷いて両手を出して繋ぐ。向かい合わせになって後ろ向きに滝の中にゆっくりと入っていった。
水圧で押しつぶされそうだが、気力で頑張ろうと中のほうまで入っていく。
が、水圧が強くて1分も入っていられず慌てて外に出た。
「はぁはぁ!」
肩で息を吸うシーラにヴィクトルは心配そうにのぞき込んだ。
「大丈夫?」
「大丈夫じゃないですよ!苦しいし、すごい水圧で押しつぶされそうなんですけど!」
「だよね・・・これ以上水量が弱い滝を俺は知らないからなぁ・・・」
ヴィクトルを困らせるつもりはないので、シーラは気合を入れて両手を握ってくれている彼の手を握った。
「もう一回頑張ります。今度はもう少し長く」
「えぇ・・・まぁ仕方ないか。ほどほどにね」
また再びシーラはゆっくりと滝へと入っていく。
落ち着いて、無の状態へと心を向けていく。
今度は少し長く滝の中へと入ることができたが、シーラの体力がついていかない。
足に力が入らずガクリと倒れそうになったが、ヴィクトルが慌てて支えた。
「シーラ?大丈夫?」
シーラの脇の下に手を入れて抱え上げて滝から救出する。
肩で息をしているシーラを抱えたまま泉の縁まで連れて行って座らせた。
「すいません。5分もたなかったですよね」
息が荒いシーラにヴィクトルは頷いた。
「でも、一回目よりは長く入ってたよ」
「無の練習でした・・・雑念を払えば長く入っていられるかもしれません、だから瞑想が必要なんですね」
悟りを開いたようなシーラの言葉にヴィクトルは引きつりながらも笑みを見せてうなずいた。
「そ、そうなんだ。あんまりそっち側行くと俺ついていけるか心配になるよ・・・」
それから、何度か滝行にチャレンジするがシーラの体力がついていかず、毎回ヴィクトルに連れ出されるという状態で一度も5分間滝行をクリアすることができなかった。
「5分は無理だったけど分数合わせたらクリアしているからもう今日は止めよう」
ヴィクトルの提案にシーラは頷いた。
もう体力の限界が近づいていて立っているのが辛かった。
「ものすっごく疲れました」
滝壺の畔でぐったりと座っているシーラにタオルをかけて、ヴィクトルは隣に腰をおろした。
「水の中は倍つかれるもんなー、ほら、タオルで頭拭いて。もうすぐ夏でも風邪引くかもしれないから」
ごしごしとシーラの髪の毛をタオルで拭いて、ヴィクトルは固まった。
「ごめん、女の子にこういうことすると嫌だよね、髪型とか気にする・・・よね」
「いえ、大丈夫ですよ。・・・むしろ親切にしていただいてうれしいです」
顔を赤くして言うシーラにヴィクトルも顔が赤くなる。
「そ、そう?」
今度はゆっくりとシーラの髪の毛をタオルでゆっくりと拭いてく。
自分の姉にこんなに乱暴にタオルで髪の毛を拭いたら間違いなく怒られただろうなと思いながらヴィクトルはシーラの髪の毛を触った。
「だいぶ乾いたかな」
夏に近い日差しのおかげか、少しだけ湿り気が残った髪の毛をシーラも触った。
「ありがとうございます」
「俺もだいぶ乾いたし、そろそろ帰ろうか。立てる?」
当たり前のように手を差し出してくれるヴィクトルにもだいぶ慣れたなと思いながらシーラは頷いて手を取った。
「お疲れ様でございました。お二人とも仲が進展されたようでよろしゅうございました」
館に帰ると、ニコニコと笑っているフーゴに出迎えられた。
その横には、昨日会ったヘレナも立っていた。
「ヘレナ来てくれたのか」
「はい、坊ちゃまとシーラ様の仲を取り持つためにお手伝いをしようと思いましてね」
そう言って少しだけ大きな体を揺らして大笑いをしてからシーラに頭を下げた。
「ヘレナと申します。シーラお嬢様のお世話をしにまいりました。なんでもお申し付けくださいね」
「ミーナリア様は大丈夫なんですか?」
昨日はミーナリアのお世話の為に来ていたようだったのに大丈夫だったのだろうかと心配になって聞くシーラに、ヘレナは微笑んだ。
「ミーナリアお嬢様からもこちらに来るように言われましたので大丈夫です。坊ちゃんとシーラ様の様子を報告・・・お助けするように言われておりますので」
報告と言う言葉が聞こえてヴィクトルは冷めた頬笑みを浮かべた。
「姉上も、殿下も楽しんでいるようだよね」
「ご心配なのですわ。ほほほっ」
ヘレナは優雅に笑いながら、さっさとお茶の準備を始める。
「お疲れでしょうから夕食までごゆっくりしてください」
「シーラごめんね。うちの身内が煩くて」
紅茶を飲みながら言うヴィクトルにシーラは首を振った。
「皆様、ヴィクトル様のことが心配なんですね」
「心配というか・・・あれは楽しんでいるんだよ。俺達のことを、逐一報告して姉上と殿下が楽しんでいる姿が思い浮かぶ」
ため息を吐くヴィクトルにシーラは微笑んだ。
「やっぱり心配しているんですよ。仲がよくていいですね」
「そう言ってもらえると助かる。僕と姉上は殿下とは幼少期からずっと一緒にいたから、世の中には王家とつながりを持とうとか思う令嬢とかが近づいてきたりしていろいろあったからねぇ。心配はしているかもしれないなぁ」
遠い目をしてため息を吐くヴィクトルの顔はかなり憂鬱そうで、昔なにがあったのだろうか。
お家柄がいいとそれはそれで大変なのだなとシーラは一人頷いた。