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ヴィクトルにエスコートされ、部屋の一室へと入る。
ドアの前に二人の騎士が立っており、着ている隊服の色が微妙に違い黒い服に金色の縁取りがされていた。
ヴィクトルは銀色の縁取りがされているものを着ているため姫様の護衛騎士ではないようだ。
中に入ると、騎士数名が壁際に立っており、姫様と一人の男性が向かい合って座っていた。
姫様と同じ金色の髪の毛に、整いすぎた顔を見てシーラは慌てて頭を下げスカートをつまんで膝を折って挨拶をする。
直接お会いしたことはないが、パーティーで一度だけ遠目で見たことがある、ジュリウス王太子だ。
姫様の兄にあたる方ではあるが、まさかここに居るとは思わず頭を下げたまま固まってしまったシーラに王太子が声をかけた。
「畏まらなくていいよ。今は非公式だ」
静かな優しい声にそっと頭を上げる。
「お会いできて光栄でございます」
頭が真っ白になっているシーラに王太子は軽く微笑む。
「妹を毒から救ってくれたらしいね。礼を言うよ」
まさかの王太子の言葉にシーラは感激で胸がいっぱいになった。
「それで・・・霊が見えるとか・・・?それは今でも見えるのかい?」
「は、はい。恐れながら姫様の後ろに侍女の霊が・・・その霊が毒のことを教えてくれました」
「なるほど、カルメルダ夫人どうかな?」
姫様から少し離れて座っている女性が立ち上がってシーラをじっと見つめた。
黒い髪の毛を上品に結い上げた美しい女性だ。
「確かにシーラさんが言っていることは真実です。シーラさんも少しだけ霊感があるようですね」
「なるほど・・・・シーラ嬢は霊が何を言っているのかはわからないのかい?」
王太子の質問にシーラは頭を下げた。
「はい、申し訳ございません。姿ははっきり見えるのですが何を言っているのかはわかりません。
何かを訴えているようなんですけど・・・今も何かを言っているようです」
「カルメルダ夫人はどうかな」
「はい、私はシーラさんほどはっきりとは見えないようです。たぶん波長が彼女ほど合わないのでしょう。彼女と姫様についている霊は波長が合うのでしょうね」
「なるほど。シーラ嬢が霊ともっと波長が合えば霊の言うことが理解できるようになると思うか?」
王太子の言葉にカルメルダ夫人はにっこりと笑って頷いた。
「素質はあると思いますわ。修行次第でしょうね。まずは2週間修行をしてどうなるかですわ」
王太子は長いため息を吐いた。
「シーラ嬢、これから私が言う話は他言無用だ。親にも恋人にも誰にも話さないと誓えるか?」
射るような瞳で王太子に見られシーラは足が震えた。
これは、聞いてはいけない話ではないかと。
後ろに控える、ヴィクトルを見ると軽く首を振った。
断れる状況ではないということだ。
シーラは震える声で頷いた。
「は、はい。恋人はおりませんが・・・誰にも話さないと誓います」
シーラの返答に王太子は軽く笑う。
「すべて済んだらこちらからいい縁談を用意しよう。実は、数か月前に私と私の婚約者は毒を盛られた。
私たちは今療養中なのだが犯人が分からない。毒を盛られたすぐあとに行方不明になった侍女が何かを知っているのではと行方を追っていたのだがね。その侍女が妹の後ろについている霊のようなのだよ」
王太子が毒を盛られたなど大事件ではないか。
そんな話は噂にもなっていない。箝口令が敷かれているのであろう。
何とも恐ろしい話にシーラの足はますます震える。
「その侍女の霊が何か訴えているのならその毒事件の事なのだろう。我が妹にまで毒を盛られるなど信じられないことだ。なのでシーラには修行してもらい話を聞けるようになってほしいのだが可能か」
これはお願いではない命令なのだ。
シーラは頭を下げた。
「はい、頑張らせていただきます」
「ジュリウス殿下」
シーラの後ろに控えていたヴィクトルが静かに王太子に呼びかけた。
「シーラ嬢を姉に会わせてもよろしいでしょうか」
「かまわない」
「ありがとうございます、では失礼いたします」
シーラもヴィクトルに続いて退出をした。
廊下に出るとまだ足は震えていたが、王太子の発するオーラと重圧感から解放された安堵感から息を吐く。
「緊張したわ。まさか王太子殿下がいらっしゃるなんて」
「ジュリウス様がここに居ることは極秘だからね。そして、我々も少しでも情報が欲しいからな」
「私、修行するって言ったけどなにするのかしら」
不安そうなシーラにヴィクトルも軽く首を傾げた。
「さぁ、カルメルダ夫人が考えてくれるだろ。シーラには姉に会ってほしいんだ」
「お姉さまはどちらにいらっしゃるんですか?」
「ここにいるよ。僕の姉はジュリウス様の婚約者なんだ。二人は同時に毒に倒れたんだけど、王太子は体を毒に慣らしていたおかげかお元気だが、姉は倦怠感と疲労感が酷く療養中なんだ」
そう言って突き当たりの廊下のドアをノックする。
中から女性の声とともにドアが開けられた。
「まぁ、ヴィクトル坊ちゃま」
小太りの女性がヴィクトルの姿を見て微笑んだ。
坊ちゃまというからには昔からの知り合いだろうか。
「久しぶり。ヘレナ、こちらに手伝いに来ているとは聞いていたけど本当だったんだね」
「ええ、そうですとも。お嬢様が少しでも安心できるように無理言ってこちらに参りました」
「姉のためにありがとう。姉上は今お会いできるかな?」
「はい、今日は体調もよろしいようですのでどうぞお入りください」
そう言って、ヘレナは二人を部屋の中へ通した。
部屋は大きく日当たりも良いが風通しもよいらしく、窓から涼しい風が入ってくる。
ヒラヒラと揺れる天蓋つきの大きなベッドの上でヴィクトルに似た女性が枕を背もたれに起き上がっていた。
「あら、ヴィクトル久しぶりね。そちらの方が例のお嬢様かしら?」
ヴィクトルの顔を見て微笑む女性にシーラは挨拶をした。
たった一晩でヴィクトルの姉にまで知られているのかと王室の情報の速さにシーラは驚きながらも頭を下げた。
「お初にお目にかかります、シーラと申します」
「ごきげんよう。体調を崩していてこんな姿でごめんなさいね。ヴィクトルの姉のミーナリアよ」
こんな姿でというが、ベッドの上のヴィクトルの姉のミーナリアは美しかった。
ヴィクトルと同じ金色の髪、青い目でどことなく顔つきも似ている。
二人並ぶとよく似ている姉と弟だ。
ヴィクトルはシーラの背を押してミーナリアの傍に行かせる。
「姉上にはなにか霊みたいなのはついていないかな」
「私はあの霊以外見えないんですけど」
困ったように言うシーラの頭を無理やりミーナリアに向ける。
「よく見て、何か見える?」
仕方なくシーラはじっとミーナリアを見つめる。
金色の髪の毛と青い瞳はヴィクトルと同じ色をしており、透き通るような肌の色も似ている。
血がつながっているのだから似ていて当たり前だろうが、男女でここまで顔が似るものだろうか。
「何も見えないわ。ヴィクトル様とよく似ておられますわね」
そういうと、ミーナリアは声を上げて笑い、ヴィクトルは嫌そうに顔をしかめた。
「まだ私たちは似ているようよ。ヴィクトル」
「・・・・心外だ!シーラ嬢、俺たちは似ていないだろう。性別も違うのだから」
もう一度よく見るがヴィクトルは男性的というよりは女性的な顔をしており、どちらもとても美しい。
貴公子より、王子様のようだ。
ヴィクトルはそれでも男性的な魅力も感じるので不思議だ。
「よく似ているわ。ヴィクトル様は女性的な顔をしているのね」
シーラの言葉に今度こそミーナリアは笑いが止まらなくなったようだ。
ベッドの上で声を出して笑っている。
「やぁ、随分楽しそうだね」
振り返ると微笑みながらジュリウス王太子が部屋へと入ってきた。
シーラとヴィクトルが慌てて頭を下げて迎えると、ジュリウスは軽く手を上げる。
「そう畏まらなくてもよい」
「はっ」
ヴィクトルは返事をしてベッドから少し離れ直立不動になったためシーラも彼の少し後ろに立った。
ベッドのそばの椅子に腰かけたジュリウスはミーナリアの髪の毛をそっと撫でた。
婚約者同士の甘い雰囲気にシーラは顔を赤くする。
「今日はずいぶん体調がよさそうだな」
ジュリウスの問いにミーナリアは微笑んだ。
「はい。それに弟がまた私に似ていると言われて拗ねているので可愛かったのですわ」
「幼少期は確かにそっくりであったな」
「ヴィクトルは幼いころ女子と間違われましたものね。本当に可愛くて・・今も可愛いですけど。あまりにも可愛いと言われるから男らしくしようと剣術を習って騎士にまでなっても可愛いって言われているなんて」
「姉上、可愛いはやめていただけますか」
顔を引きつらせながら言うヴィクトルに二人は声を上げて笑う。
なるほど、こうしてヴィクトルは可愛いというのが嫌いになっていたのかもしれないとシーラは一人頷く。
そしてシーラは一言も可愛いなどと言ってはいない。
ミーナリアによく似ていると言っただけでなぜか可愛いと言ったことになってしまった。
ミーナリアは確かに可愛いのでシーラは黙っていた。
「シーラ嬢。君には滝行に行ってもらうことになった」
「はい」
滝行ってなんですか?と突っ込みたいのを我慢してシーラはおとなしく頷く。
「ミナダル領の中にいい滝があっただろう。そこで修行を積んでもらいたい」
「我が家の領地ですね・・・」
顔を引きつらせて言うヴィクトル。
「そうだ。毒を盛った人物に悟られないように、シーラ嬢と霊の事などは極秘で進めたい。
シーラ嬢は急遽私の提案でヴィクトルの婚約者候補として仲を深めてもらうという事にしておけばヴィクトルの領地に二人で行ったとしても怪しまれまい」
「婚約者・・・ですか?」
首をかしげるシーラにヴィクトルは不満そうだ。
「婚約者はいいとしましょう!確かに私にも恋人も婚約者もおりませんので、でもあそこの領地だけは嫌です」
言い切ったヴィクトルにミーナリアとジュリウスは面白そうに笑っている。
「忘れてたわ。ヴィクトルはあの領地へは近寄らないものね。行くたびに毎晩泣いて叫んで大変だったものね」
「姉上!!」
顔を青くしたヴィクトルがミーナリアの言葉を遮った。
「はいはい、言わないわよ。何もないといいわね」
「私ももう大人ですから姉上が心配することはありません」
「でも行きたくなさそうね。健闘を祈るわ」
微笑んだミーナリアにヴィクトルもひきつった笑みを浮かべた。
「シーラ嬢もそれでよろしいか」
「はい」
王太子に意見を言えるはずもなく、シーラは頷いた。
王太子はミーナリアと二人になりたいらしく、追い出されたヴィクトルとシーラは姫様がいる部屋へと向かう。
二人で部屋に入ると、座っている姫様と5人の姫様の護衛騎士に拍手で迎え入れられた。
「ご婚約おめでとうございます」
「候補だ!婚約は成立はしていない・・・よね?」
ヴィクトルが否定しつつ、心配になったのかルーカス隊長へと確認をしていた。
「そうだ。ヴィクトルの婚約者候補だ。急遽、王太子の命令で決まったことだ。とりあえず、シーラ嬢に滝行をしてもらいたく慌てて立てた計画なのだが今から設定を説明しよう。
この前のガーデンパーティで具合が悪くなったシーラ嬢を介抱したヴィクトル君。
あの一瞬だけでどうやらヴィクトル君はシーラ嬢の事が気になって仕方ない、これは恋かもしれないと悩んでいるのを姫様に打ち明けた、するとお見合いに2度失敗しているヴィクトル君を心配していた姫様は兄であるジュリウス殿下に相談。ジュリウス殿下は将来の弟の恋愛を応援すべく二人を婚約者候補として引き合わせ、2週間、お互いを確認するためにヴィクトル君の領地で過ごすことになったという設定だ」
報告書を読み上げるような一切感情のこもっていないルーカス。
ヴィクトルは唇をひくひくさせている。
「ルーカス隊長。俺は、お見合いに失敗などしておりませんが」
「2度のお見合いで、一度はイメージと違うという理由でお断りされているではないか」
「一度は俺から断っていますし、2度目も俺から断る前にあっちから断ってきたんです」
「ヴィクトル副隊長ってイメージと違うって結構残念がられますよね。ちなみに、ガーデンパーティーで知り合った二人ですけど、ヴィクトル副隊長は夜も眠れないぐらいシーラさんが気になって仕方ないって設定になってますからね」
護衛騎士の一人が言うとヴィクトルは頷く。
「なるほど、俺がシーラ嬢に入れ込んでいる設定だな」
「シーラ嬢は、形だけでも婚約者候補になってしまうんだがそれで問題ないか?」
王太子命令で断れる状況ではないのに、気遣ってくれるルーカスの言葉にシーラは笑みを浮かべてうなずいた。
「はい!いい婚約者を探すために頑張っておりましたので、ヴィクトル様は優しいですし、とてもカッコイイので婚約者候補を演じることができて大変光栄です。それに、王太子殿下が私の縁談をお世話してくれると言ってくださったので今回は頑張りたいと思います」
シーラ的にはヴィクトルと近づける上に婚約者候補という設定は自分に得があるような気がして逆に申し訳ないぐらいだ。
「そ、そうか。シーラ嬢は普通の令嬢とはちょっと違って変わっているようだな」
答えるシーラにルーカスは若干引きつついうとシーラは目に見えてわかるぐらい落ち込み始めた。
「はい、よく言われます。父にも兄にももっと貴族の令嬢らしく振る舞えと言われていますがなかなか私には難しいみたいです」
「なるほど、さっそくシーラ嬢の実家に婚約候補の件を姫様経由で打診をしたらすぐに釣書が送られてきたのはそういうわけか・・・」
そう呟いたルーカスにシーラはますます落ち込み始めた。
どうしたのかと心配になったヴィクトルは彼女の顔を覗き込む。
「釣書に何か問題でもあるのかい?」
「問題というか・・・ヴィクトル様ではありませんが、私もお見合いがうまくいかなくて。釣書と内容が違うと言われ、悩んだ父と兄がもう本当のことを書いてそれでもいいという人とお見合いをさせようということになったようなのです」
令嬢らしくないとは思っていたシーラだったがお見合いの席で、馬に乗って森に行って遊ぶことや未だに、川に釣りに行くことが楽しいなどと言ってしまい失敗してしまったのだ。
楽しそうに話を聞いてくれていた相手なのに、その日のうちにお断りの連絡が来ることがあり、もう釣書に嘘を書くのをやめようと兄が言い出したのだ。
シーラの話に護衛騎士達は一斉にルーカスの周りに集まって釣書に書いてあることを見ようと必死になって覗き込み始めた。
ヴィクトルはもう一枚の釣書を見ている。
父は一体何枚送ってきているのだろうかと心配になるが、城から連絡があれば誰か一人ぐらいいい人がいるのではないかと余分に送ったのだろうと容易に想像できてシーラは恥ずかしくて俯いた。
「なるほど、趣味のところには花や緑など自然に触れることと書いてあるがこれは山を駆けずり回っているということなのだな」
ルーカスが呟くと、他の隊士も呟いた。
「性格の所なんて、裏表がなく、率直。体力には自信がありますだって・・・。こんな釣書初めて見た」
「それより特技、飛んできたものを取ることができますって何?気になるんだけど」
ヴィクトルが面白そうに笑いながら聞いてきたので、シーラは俯きながら頷いた。
「はい、私反射神経がすごくいいみたいで飛んできたものはなんでも無意識に取ってしまうんです」
シーラの言葉に、姫様を合わせた護衛騎士が一斉に笑った。
「何それ。物が飛んでくるとかある?」
ヴィクトルが笑いながら聞くと、シーラは頷く。
「結構ありません? 馬車に跳ね上げられた石とか、薪を割っているときにすっぽ抜けた斧とか。一番最悪なのは鳥の糞です。上からくるとそれを無意識に取ってしまうんです」
シーラの言葉にまた一同が大笑いをした。
「鳥の糞なんて落ちてくることも稀だけど、それを取っちゃうとかある?」
「それより、斧がとんでくるとかフツー無いですよ。でもそれを取れるってすごくないですか?」
など口々に語っているためシーラは少し恥ずかしくなった。
「あの、なので・・・令嬢らしくないので私はダメなのです」
少し落ち込んでいるシーラに一同は慌てて笑みをひっこめた。
からかいすぎてしまったと、ヴィクトルに視線を向ける一同。
フォローをしろと目線で言われたヴィクトルは慌てて貴公子の笑みを浮かべた。
「いやいや、むしろ俺は可愛いのとか嫌いだからそういう令嬢には興味あるよ」
ヴィクトルの慰めの言葉にシーラは輝くような笑みを浮かべて顔を上げた。
「本当ですか?うれしいです。貴族の男性は、いつも微笑んで家で刺繍をしている女性が好みだからそういう女の子になりなさいと言われて育ってきたので、そう言っていただけると嬉しいです」
「それは良かった」
明るく笑うシーラにヴィクトルも微笑んだ。
「あの二人結構うまくいきそうじゃないですか?」
「そうなったら、面白・・・じゃなくて、二人が幸せになったらいいな」
「会話のテンポもどこか合ってますしね。ヴィクトル副隊長ちょっといろいろ乱暴じゃないですか。
普通の令嬢なら泣きますよね」
騎士たちがボソボソと話している後ろに座る姫様もニコニコと微笑んで隣に座るマーロにささやいた。
「お似合いのお二人ね。私、あの二人がうまくいくといいと思うわ。私たちも頑張って愛をはぐくみましょうね」
「ぼ、僕にそういう話はやめて」
顔を赤くして俯くマーロ。
二人の話が聞こえないシーラであったが、姫様の後ろの侍女の霊が憎しみを込めた目で見つめ始めたのが見えた。
「あの・・・侍女の霊がとっても怒っているみたいです」
シーラの言葉に一同は一気に暗い気分になった。
「そうだった、霊の存在をすっかり忘れてたよ」
「超極秘任務中だったね」