3
監視付といっても部屋の中まで監視がいるわけでもなく、王室の豪華な客室での目覚めは最高に気分がよかった。
ふかふかのベッドに肌触りのいい毛布と枕。
いい匂いがする石鹸と美容用の油をたっぷりと塗ったおかげで一晩経っても皮膚からいい匂いがする。
「はぁー最高。お姫様はいつもこんないい暮らしをしているのね。ウチの領地とは大違いだわ」
独り言をつぶやいていると、軽いノックに続いて侍女たちが入ってきた。
軽く朝食を済ませて身支度をして案内された部屋へ向かうと、姫様とルーカスとヴィクトルが既に部屋に居る。
姫様の護衛騎士らしき者も数人並んで立っており視線だけをシーラに向けた。
今日も姫様は美しいと思いながら挨拶をすると姫様はにっこりと笑って「おはよう」と挨拶をしてくれた。
「くっ、ありがたき幸せ」
小さく呟くと気味が悪いという感じでヴィクトルが眉をひそめた。
微笑みの貴公子は、いつもと変わらず笑みを浮かべてはいたが、姫様に顔を赤くしているシーラに「気持ち悪っ」と言った。
可愛いものがわからない残念な男だと思いながらシーラは軽く愛想笑いをしておく。
憧れていた人が、想像と少し違うことに戸惑いはしたが、やはり今日もヴィクトルは素敵だ。
今日も姫様の後ろには幽霊が暗い顔をして立っているのを見てシーラはやっぱり幻ではなかったのだと安心したような不思議な気分になった。
姫様のそばに立っていたルーカスがシーラに説明をしてくれた。
「今日は、呪術師に会いに行く予定だが少し遠いので馬車で行く。
姫様と、姫様の護衛騎士5名で向かう予定だ」
「はい、よろしくお願いします」
すでに用意ができているということで外へ向かうと、豪華な馬車が用意されていた。
大きさや重厚感からすべてが家の馬車と大違いだと感心しながら眺めるシーラに姫様が不思議そうに首を傾げた。
「馬車が珍しいかしら?」
「はい、素晴らしく豪華ですね!ウチの馬車なんてボロボロでお恥ずかしいです」
顔を赤くして言うシーラに姫様は優雅に笑った。
「まぁ、そんな馬車があるのね。見てみたいわ」
「姫様にお見せするなんて、とんでもございません。こういう馬車乗ってみたかったんですよ」
「残念ながらシーラ嬢。あなたは馬車には乗れません。わたくしめと一緒に馬に乗っていただきます」
すぐ横に立っていたヴィクトルに、貴公子の微笑みを浮かべて右手を差し出された。
さすがに姫様と同席は無理なのかと、少しがっかりしながらヴィクトルの手を取った。
馬車の後ろに並んでいる白い馬たちの一頭へと向かうと、ヴィクトルは微笑みながら馬を撫でた。
「この馬がヴィクトルさまの馬ですか?」
「そう。ヨンという名前だ。今日はヨンに乗ってもらう」
「なるほど、ヨンよろしくお願いしますね」
シーラは馬の鼻頭を撫でて挨拶をすますと、ドレスのスカートを持ち上げてヒラリと馬に跨った。
「ちょーっと待った!!なんでそんな乗り方してるの!」
ヴィクトルが驚いて声を上げるがシーラは不思議そうに首を傾げる。
「馬に乗るんですよね」
「乗るけど、ドレスで馬に跨るお嬢様は居ないでしょう!こう横向きに乗ってくれない?」
ヴィクトルが声を荒らげながら乗り方を地上で再現してくれる。
なんとなく美形が地上で乗り方を再現しているのはどこか間抜けな姿で、その光景を眺めていた他の護衛騎士たちが噴き出した。
「あぁ、よく物語で騎士と姫様が乗っているような感じですね!でも、それだと安定しないので怖いんですけど」
馬に跨りながら言うシーラにヴィクトルは頭を抱えた。
「いやいや、その乗り方だともう少しで下着が見えそうだよ!足もそんなに出して!はしたないでしょうが!俺がちゃんと支えるから!落ちないように。お願いだから横向きに乗ってくれ。罪人を輸送しているんじゃないんだよ」
必死に言うヴィクトルにシーラはしぶしぶ頷いた。
「仕方ないですねぇ。横で乗りますよ」
「そりゃ、どうも」
ヴィクトルはため息を吐きながら馬に跨ってシーラの背中をしっかりと支えた。
「ほら、ちゃんと支えるから横向きに座ってくれ。お上品にお願いしますよ」
「はいはい」
シーラは仕方なく横向きに体勢を変えるがやはりどこか不安定で落ち着かない。
「絶対に落とさないでくださいよ」
「大丈夫だよ、ちゃんとそういう訓練もしているから」
出発する前から疲労感を覚えつつ頷くヴィクトル。
手綱を握りつつ両手の間に居るシーラを見下ろすとかなり不安そうな顔をしている。
そんなにも信用されていないのか。
「シーラ嬢は、何がそんな不安なんだ。普通お嬢様はこういう乗り方をするものだろう?」
遠乗りをする女性もいるが、馬に乗れない女性は横向きに乗って乗馬を楽しむ者も居る。
殆どは婚約者か夫などと相乗りであるが、珍しい事ではない。
むしろ、スカート姿のまま馬に跨る女性など見たことがない。
「昔、物語の騎士とお姫様がこういう乗り方をしているのを読んで憧れて兄に頼み込んでこうやって乗ったんです。そうしたら兄がちゃんと支えてくれなくて頭から落ちたんです」
渋い顔をしていうシーラにヴィクトルは納得をする。
「そりゃ、子供には無理だろうね。大人でもカッコつけた紳士が婚約者を落としてしまったという事故の報告をたまに聞くよ」
「え~・・・」
「大丈夫。俺たちはちゃんと訓練しているし。もしもの時、姫様をこうやってお連れする場合も想定されているからね」
「なるほど、それなら安心できますね。姫様を落とすなんてことないですものね。大丈夫ですよね」
念を押すシーラにヴィクトルは頷いた。
「大丈夫!このまま剣で戦ってもシーラ嬢を落とすことはないから。なんなら俺の腕に寄りかかってくれてもかまわない」
それならばかなり安心だと頷いたシーラ。
「ヴィクトルとシーラ嬢の揉め事が収まったようなので、そろそろ出発するぞ」
様子を見ていたルーカスの号令で一同が騎乗する。
姫様がルーカスのエスコートで馬車に乗り込むとオドオドした様子のマーロも馬車に乗った。
「あれ、マーロ様いらしてたんですね。一緒に乗りましたよ」
「こらこら、人のことを指ささないの」
馬車を指さして言うシーラの手を慌てて抑え込んでヴィクトルは注意をした。
「姫様たってのお願いでマーロ殿もご同行することになったんだ」
「へぇ、やっぱり姫様はマーロ様のことが好きなんですね」
「まぁ、数年前にマーロ殿に出会ってからずっとあの調子だからな。マーロ殿も姫様相手だから逃げ回っているし、馬車ではゆっくりお話しできるといいけど」
微笑んで言うヴィクトルにシーラは顔をしかめる。
「二人ってことはないですよ。今日もばっちり姫様の後ろに幽霊立ってましたし」
「えっ、まだ居るの・・?幽霊・・・」
「ずーっと居ますよ」
断言するシーラに今度はヴィクトルが顔をしかめた。
城から出て城下町をゆっくりと移動する一同。
通りがかった人達が「姫様~」と手を振っているのを列の一番後ろから眺めていたシーラは両手を胸の前で組んで目を輝かせた。
「すごい人気ですね。姫様は町の人たちに愛されているんですね」
「そりゃ、王族が町に出たらだいたいどこもこんなもんだよ。俺たちも見られているんだからちゃんとしててね」
ヴィクトルににっこりと笑って言われシーラは顔が赤くなった。
近くで見ると、やはりかなりの王子様風だ。
美しい姫様と噂になるのもわかるわね。
などと思っていると、若い女性たちが顔を赤くしながら護衛騎士達にも手を振っている。
「見た?護衛騎士の方々。素敵ねぇ」
「ほら、あの方微笑みの貴公子よ。どこの王子より王子様っぽいわよねぇ」
などと言って手をこちらに振ってきている。
ヴィクトルは聞こえていないのか、聞こえない振りをしているのか彼女たちを見ることもなく正面を向いたままだ。
あまりの無反応さに手を振っている女性たちが可哀想になりシーラはこっそりとヴィクトルにささやいた。
「ほら、微笑みの貴公子。女子たちが騒いでいますよ」
「え、微笑みの貴公子って俺の事なの?」
どうやら自分のことだと思っていなかった様子のヴィクトルにシーラは首を傾げた。
「ずっと前から言われてましたよ。微笑んでいるから微笑みの貴公子って」
「俺じゃなくてあいつのことだと思ってたよ」
そう言って視線を向けた先には小柄な護衛騎士が馬に乗っていた。
ふわふわの茶色い髪の毛に、少女のようにかわいらしい顔をしている。
「ほら、あいつ女みたいな可愛い顔していつもニコニコしているからあいつだと思ってた」
「確かに、ものすごく可愛いですねぇ。でも貴公子って感じではないですねメルヘン王国の天使みたいな感じで可愛い」
シーラたちが話していることが聞こえていたのか彼は振り返った。
「貴公子でなくてすみませんでしたねぇ。僕は可愛くないです!騎士なんですから」
真っ赤な顔をして言う彼にシーラはキラキラした瞳を向ける。
「かわいいー。小さくてふわふわしてて可愛いですね。話し方も可愛い!」
「そうか?ああ見えてハルは小柄な体を生かして俊敏に動いてなかなか強い。顔に騙されると痛い目を見るからなぁ」
「そうなんですね・・・。でも可愛いですねぇ」
「止めてください!もし、可愛いってまた言ったら二度と口を利きませんからね」
可愛いと言われることがよっぽど嫌なのかキッとシーラを睨んだ。
「口を利かないって・・・弟みたいでかわいいですねぇ」
ほのぼのして言うシーラにヴィクトルはしぶしぶ頷く。
「まぁ確かに、弟と思えば可愛げがあるな」
町から出てしばらくすると森へと入っていった。
初夏を思わせる日差しが木々の間から差し込む。
「まだ本格的に夏じゃないのに暑いですねぇ」
「シーラ嬢は日焼けとか気にしないの?よく女性は日傘をさしているでしょ」
「私は気にしませんけど、私以外の女性は違いますよね」
「そうだろうね、俺の母上も日焼けを気にせず外にずっと出ているような人だから驚きはしないけど。
シーラ嬢みたいな人は稀な存在だろうね」
そんな話をしながら森を抜けると広いお屋敷が見えてきた。
門の前には警備の騎士が立っており、敬礼をして通るが一番後ろで馬に乗っているシーラを見てぎょっとした顔をしていた。
なぜ、姫様の一行にドレス姿の女が騎士の馬に乗っているのだろうと思っているに違いない。
シーラはとりあえず愛想笑いをしておいた。
「ここは王族専用の避暑地なんだ。呪術者は今ここに滞在しているからちょっとここで待ってて」
姫様は護衛騎士に囲まれて別室に向かい、シーラは入口から近い部屋へと案内された。
監視役なのかずっとヴィクトルが背後についているためどこか居心地が悪い気がする。
幽霊のことを言ってから大変なことになってしまったとシーラはため息を吐く。
言わなければよかったかと思ったが、あの綺麗な姫様が毒で倒れることがなくてよかったのだと納得する。
それに、霊が見える人が来ればきっと全部解明するだろうと、ドキドキしながらその人が来るのを待つ。
「霊が視える人ってどういう人なんですか?」
「普通のマダムだよ」
ヴィクトルは貴公子の笑みを浮かべたまま答えてくれるがシーラは目を丸くした。
「え?女性なんですか?」
「そうだよ」
そんな話をしているとノックの音がしてすぐにドアが開く、顔を出したのは呪術者ではなくハルだった。
「副隊長~。シーラ殿をお連れするようにとのことです」
「ん?そっちに?」
驚くヴィクトルにハルは頷いた。
「はい。皆さまお揃いでお待ちしておりますよ」
「えーわかった、すぐ向かう」
「よろしくお願いします」
頭を下げて去っていくハルを見送ってヴィクトルが少し複雑な顔をしてシーラをエスコートする。
「たぶん、居るのは霊が視える方だけではないと思うんだ。ちょっと驚くかもしれないよ」
「えっ?ちょっと不安なんですけど」
嫌な予感がするシーラをヴィクトルは無理やり手を引いてエスコートした。
「とりあえず、挨拶だけはちゃんとすれば大丈夫だと思う」