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静かな室内にドアのノックが響いた。


ヴィクトルが返事をすると、「マーロ殿が来られました」と外から声がした。

「あぁ、入ってもらえ」


ルーカスが入室を許し、姫様の護衛騎士の一人が外からドアを開くと、オドオドしながら白衣を着た一人の男が入ってきた。背も低く、シーラと同じぐらいだろうか。不安そうに辺りを見回しながら

手には大量の書類を抱えている。


姫様の護衛騎士が敬礼をして退出する。


「マーロ!会いたかったわ」


花が咲いたように微笑む姫様にマーロと呼ばれたもっさりした男は恥ずかしそうに下を向いて頭をかいた。

ぼさぼさになった髪の毛はそのままに、姫様に頭を下げた。


「お、お久しぶりです、クリスティーナ姫。姫様の飲み物の分析結果なんだけど、やっぱり毒が入っていたんだ」


そう言って書類を姫様とルーカスに差し出した。


「短時間でもう調査結果が出たのかさすがだな」


ルーカスは書類に目を通して目頭を押さえて長いため息をついた。

ヴィクトルはシーラの前からは動こうとはせずちらりとルーカスに視線を向ける。


シーラが姫様に危害を加えようとしてもヴィクトルが取り押さえることができる距離だ。

姫様に仇なす者と少しでも見られていると思うとヴィクトルに憧れていただけにシーラはショックを受けた。

それでも自分が怪しいと思うのは仕方ないとシーラは思いとりあえず怪しい動きはしないでおこうとじっと椅子に座って様子を窺うことにした。


ふと姫様を見ると、ニコニコ笑っている姫様の後ろに居る霊もなぜかマーロを見て微笑んでいた。

今まで暗い顔をして俯いているか、怖い顔をしているかだったのに穏やかな顔もできるのかと驚いていると、ヴィクトルが胡散臭そうに声を掛けてくる。


「まだ何か見えるの?」


「えぇっと、幽霊がなぜか微笑んでいるんです。今まで暗い顔をしてただけなのに」


「なるほど・・・・。俺は、幽霊なんて信じないし、あんたの言うことも頭がおかしいのかと思っているんだけど、一応聞くけどその霊はなんか言っていないのか?」


「残念ながら声は聞こえないんです・・・。何か言っているように口をパクパクさせているのは見えるのですが、口の動きだけで読み取るのは私はできません」


そう言っている間にも、幽霊はマーロに近づきそっと抱き着いた。

マーロはもちろん霊は見えていないし感じないようで、姫様と話しているが霊は微笑んでいる。

愛する人を見るような霊の瞳に、シーラは手を叩く。


「あぁ、その霊はマーロ様の恋人ですか?」


「違いますわ。マーロに恋人なんていませんのよ」


なぜか姫様がかわいらしく答えてシーラを見た。

少し目に涙を溜めて頬を膨らませている姿は女のシーラでさえ抱きしめたいほど可愛らしい。


「はぁぁ、かわいいーー」


思わず声が漏れると、ヴィクトルが呟いた。


「あれが、可愛いのか・・・・」


「え、可愛いですよ」


姫様のあんな姿を見て可愛いと思わない人間がいるのかと驚くシーラにルーカスが書類に目を通しながら言う。


「ヴィクトルは可愛いものが苦手なんだよなぁ」

「いや、苦手ではなくて、姫様を可愛いと思ったことがないってことだよ」


「そ、それは姫様を女性として愛しているからですか?可愛いを通り越して愛おしいってことですか」


姫様が護衛騎士と相思相愛でもうすぐ降嫁するという噂が流れていたことを思い出しシーラは尋ねた。


「誰が誰を愛しているって・・・?」


いつも笑みを湛えているヴィクトルは心底いやそうな顔をして地を這うような声を出す。


「え?ヴィクトル様と姫様です。噂でお伺いしましたよ。もうすぐご結婚だとか」

「冗談じゃない」

「冗談じゃありませんわ」


姫様とヴィクトルの声が重なった。


「え?違うんですか?」


「私は、このマーロを愛しておりますの。マーロ以外とは結婚しませんから」


そう言ってマーロの腕に抱き着いて顔を赤らめている。


はぁ、可愛い。

と、思ったが姫様とヴィクトルは愛し合ってもないし、嫁に行かないと一瞬後理解して驚きで声を上げたシーラ。


「本当に!?え?マーロ様って方と姫様が結婚するんですか?」


そんな噂は聞いたことがない!


「僕は、ひ、姫様と結婚とか無理だよ。だいたい合わないよ。つ、付き合ってもないのになんでそうなるんだよ」


マーロは困ったように俯いてぶつぶつと文句を言っている。

人の趣味とはわからないものだ。

姫様は一体この男のどこがいいのだろうかとまじまじと彼を見る。


ボサボサの赤茶色の髪の毛に、普通の顔に自信がなさそうな雰囲気。

姫様の趣味がわからない。

頬を膨らませている姫様の姿も可愛いと見ていると、幽霊が怖い顔をして姫様を睨みつけているではないか。

あまりの恐怖にシーラは体が一瞬震える。


「ひぃ」

青ざめたシーラに、部屋に居た人達が不思議そうな顔をした。


「すごい顔で幽霊が姫様を見ております」


「嫉妬だな」

ポツリと呟いたルーカスにシーラは目を丸くした。


「まさか、その霊と姫様と同時に付き合っておられて。も、もしかしてマーロ様は邪魔になったこの人を殺したんですか?」


「そんなわけあるか!」


ヴィクトルが片手でシーラの頬を掴んでグッと力を入れた。

唇が尖がったままシーラは「やめてくだしゃい」というとますます、ギリギリと力を入れられた。


「なんでこんなことをするんでしゅか」


ますます唇を尖らせられるシーラは目の前の綺麗な青い瞳を見つめた。

遠くから見ている分には綺麗な王子様みたいな人だなぁと思っていたが会って話すとイメージとだいぶ違う。

女性の顔に勝手に触って不細工な顔をさせている、この男もちょっとおかしいのではないだろうか。

相手は曲がりなりにも騎士だ。それも姫様お付きの護衛騎士。

身分も高ければ実力もあるはずだ。


無理に反抗でもすればぶん殴られるかもしれない。

シーラがおとなしくしていると、またルーカスが呟いた。


「愛情表現だな」


「ちがう!」

そう言って乱暴にシーラから手を放すヴィクトル。


「酷いです」


頬をさすりつつ抗議すると綺麗な青い瞳にギロリと睨まれた。

王子様のような風貌だったのに今は微笑みの貴公子の姿は微塵たりとも感じられない。

怒れる貴公子だ。

ヴィクトルのことはパーティーで見かけるのが楽しみだったが、姫様と結婚の噂が流れた時はあのお二人ならお似合いだわ。と思ったが、どうやら違ったらしい。

それでも、素敵なヴィクトルにも人間らしいところがあるのだと発見できてシーラの心のメモに記録をしておいた。

今日はいい日だわと思い、再びマーロ達を眺める。


姫様に抱き着かれていたマーロは顔を赤くして姫の腕をゆっくりと引きはがすと距離をとった。


「や、やめてよ。会うたびに引っ付かないでよ」


そういって書類を抱え込んだ。

姫様は首を振って目に涙を溜めている。


「そんな、私はこんなにマーロのこと愛しておりますのに。身分は関係ございませんわ。お父様は私が愛する人と一緒になるのが一番だって言ってくださいました」


「ぼ、僕は無理だって。本当だよ。だ、だから困るよ!」


顔を赤くして見つめ合っている姫とマーロにルーカスが声をかけた。


「盛り上がっているところ申し訳ございませんが、幽霊騒動と毒騒動をどうにかせんといかんのですよ」

「えっ?幽霊がいるの?さっきから幽霊とか言っていたけど冗談じゃないの?」


赤かった顔を今度は青くしてガタガタと震えるマーロに姫様はそっと手を握った。


「大丈夫ですわ。わたくしがお守りいたしますから」

「こ、怖いけど自分で何とかするから大丈夫だよ」


と言いつつ、マーロは震えながら姫様の手を握り締めた。


「霊が見えている私のほうが怖いんですけど。二人が手を取り合っているのを見てすごい睨んでいますけど・・・・」


引きつりながら言うシーラにルーカスが長いため息を吐いて書類を机の上に置いた。


「なるほど、だいたいわかった気がする。たぶんその霊はイレナ嬢だ」


「えぇぇ?イレナが見つかったのかい?」


マーロだけがなぜか異様に驚いて声を上げた。


「イレナさんがその霊だとして・・・その方はここの侍女ですよね・・・いつ亡くなったのかしら・・」


「亡くなった?何を言っているんだ君は」


困惑した様子のマーロにシーラは首をかしげる。

霊になっているということはこのイレナは死んでいるのではないのだろうか。



「まず、シーラ嬢」


ルーカスがシーラを呼んだ。


「はい」

「姫様に毒が盛られたということは真実で、まず疑うのはそれを毒だと言ったシーラ嬢だ。シーラ嬢の事は全部調べさせてもらったが、家族ぐるみでの王族毒物事件に関わっている可能性は低いと見た。あとは個人的に、姫様に恨みを抱いているということも無さそうであり、シーラ嬢の周りも特に怪しいものは見られないようだ」


この短時間で全部調べたのか、あらかじめガーデンパーティに呼んでいる人間は調べ上げているのかは不明だが、シーラはその通りなのでうなずいた。

シーラの父親は王都からは離れた場所に領地を持ち、毎年税も問題なく納めている。

特に他に問題もなく、あるとしたらシーラと兄の結婚問題ぐらいだ。


「私は普通に結婚相手を見つけるために王都へと滞在しております。普通に暮らして、普通に楽しく生きたいと思っております」


「シーラ嬢の言葉を信じよう。では、イレナと思われる霊についてだが彼女は2週間ほど前に行方不明になっている。シーラ嬢の言う通り城の侍女だ。マーロの幼馴染でもある。我々も捜索をしており見つかっていないのだ。たとえ死体になっていたとしても見つけてやりたいと思っている。

シーラ嬢が言う通り霊がいるとしたらもっと、視える者に尋ねようと思う」


「そんな人がいるんですか?」


シーラが驚くと、ルーカスは頷いた。


「代々王族に仕える魔女のような呪術師がいる。今はこの城に居ないので明日、少し離れた場所で面会をしようと思う。大変申し訳ないが、シーラ嬢はしばらくこちらに滞在していただくことになる。

念を入れて監視はつけさせてもらう。シーラ嬢を疑っているわけではないが・・・それにシーラ嬢を守るということにもなる」


「わかりました」


姫様に毒を入れた人物が見つからない限りシーラは自分が怪しく思われても仕方ないと頷いた。


「もちろん、大事にはしない。ご家族にはパーティー中に体調不良になったことにしておこう。

こちらも今、王族に毒が盛られたなど世間に知られるとまずいのでな」

「ありがとうございます」


頭を下げるシーラにルーカスは頷いた。


「もう知っているとは思うが、私はクリスティーナ姫護衛騎士隊長のルーカスだ。何か困ったことや発見したことがあれば私か、そこの金髪のヴィクトル副隊長に伝えてくれ」


「はい、畏まりました」


シーラが頷くと姫様が微笑んだ。


「でも今日は、シーラが霊を見てくれたおかげで助かりましたわ。ありがとう」


妖精がいる。

微笑んだ顔がとても美しいわ。


「とんでもございません」


ぼーっとしてなんとか頭を下げた。






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