15
「クソがぁぁ、なぜ動かん!」
レオナルドは体を動かそうとするが振り上げた手はピクリとも動かない。
「うぉぉぉ!」
倒れていたハルが声を上げながら半身を起こして腰から抜いた短剣をレオナルドに投げた。
ハルが投げた短剣はレオナルドの剣に当たり円を描きながらシーラに向けて飛んで行く。
「シーラ!」
シーラに向かって飛んでいく剣を見てヴィクトルが叫んだ。
シーラは自分に剣が当たる前に右手で剣を掴み取った。
「ヴィクトル様!」
ありったけの力を込めてシーラはヴィクトルに剣を投げた。
痛みに顔を歪めながらもシーラが投げた剣を掴み取り、体が動かないレオナルドの腹に刺した。
くぐもった声を上げてレオナルドが刺された腹を見つめた。
血が流れる腹を見つめレオナルドが顔を歪ませて叫び、ゆっくりと倒れた。
起き上がろうとするがすかさずヴィクトルが馬乗りになってレオナルドの両腕を押さえつける。
レオナルドの腕をつかんでいたイレナの霊はジッと立って虚空を見つめていた。
姫様を睨んでいた憎悪はどこにもない。
ただただ、無表情でじっとレオナルドを見下ろすイレナ。
倒れたレオナルドは頭上に立っているイレナを見て目を見開いた。
「この女は殺したはずだ!生きていたのかぁぁぁ」
レオナルドが血走った目で自分を見下ろしているイレナを見て叫んだ。
ハルは痛みで動けずその場に倒れたまま視線をレオナルドに向けている。
「狂ったのか・・・レオナルド将軍は・・・」
痛みに耐えながら呟くハルにシーラは首を振った。
「いるのよ。イレナさんが・・・助けてくれたの・・・」
ヴィクトルも痛みに顔をしかめながらもレオナルドの上に乗ったまま叫んだ。
「お前が殺した女の霊だよ!お前も見えるのか!」
レオナルドは目を見開いた。
「なるほどな・・そういうことか・・・お前らの異常な行動は・・・」
「こっちだ!急げ!」
「副隊長ー!ハル!」
数人の自分たちを呼ぶ声が洞窟の中に響いた。
明かりを持った、姫様の護衛騎士達が剣を片手に走ってきてあっという間にレオナルドを囲んだ。
「貴様ら俺に剣を向けるとはいい度胸だな!」
血を流しながらも叫ぶレオナルドに姫様の護衛騎士たちは無表情で剣を突き付けた。
息を切らせながらヴィクトルはレオナルドから離れてそのまま地面へと座り込んだ。
「将軍はまだ叫べるほど元気だ。しっかり押さえておけ」
力なく言うヴィクトルに数人でレオナルドを抑え込む。
「生きているか!」
ルーカスが状況を把握しつつ周りを見渡しながら言うと、ヴィクトルは手を上げる。
「死ぬかと思ったけど、たぶん生きている・・・・」
ハルも横たわったまま軽く手を挙げた。
「僕、死ぬかもしれないです・・・」
弱弱しく言うハルの体の周りに血だまりができていたのを見て慌てて騎士が処置に取り掛かった。
「ハルとレオナルド将軍閣下の怪我がヤバイですよ」
隊士の一人が、レオナルドの腹から出る血を押さえつつ言う。
「こんな怪我で死ぬかぁぁ。俺の息子がこの国を手に入れるまでは死ぬものかぁ!お前ら全員殺してやるからな!」
レオナルドの叫びに、一同は眉をひそめた。
「なるほど、これは大変なことだ。せいぜい死なせないように城へ運べ。吐かせないといけないことがあるな」
「こんな怪我でよく大声出せますね」
隊士たちが叫び続けているレオナルドとハルを運んでいくのをシーラは座り込んだまま見ていた。
ヴィクトルは大丈夫なのだろうかと、彼の傍に行きたいが足が震えて上手く歩けない。
なんとか四つん這いになりながらヴィクトルの傍に行くと、ヴィクトルも立ち上がれないのか座り込んだままシーラを見て微笑んだ。
「怪我はない?シーラ」
「は、はい。大丈夫です。ヴィクトル様は凄い怪我してますよ・・・」
今にも泣きだしそうなシーラにヴィクトルは微笑む。
「すごい怪我に見えるけど大したことないよ。肩を切られただけだし。すげー痛いけど」
「生きてて良かったです」
とうとう泣き出してしまったシーラの頭を抱き寄せてヴィクトルは長いため息を吐いた。
「本当、生きててよかったよ」
自分の手が血で汚れていることに気づき手を引っ込めようかと悩んだヴィクトルだったが、まぁいいかとシーラの髪の毛を撫でた。
「手紙は回収できたか?」
ルーカスが流れる川を覗き込みながら言ったのでシーラとヴィクトルは首を振った。
「川に入れませんでした」
「この川の流れではそうだろうな。どうするか、紐で縛って誰か行くしかないな」
そう言って残っていた騎士たちを振り返った。
「俺嫌ですよ!絶対死ぬやつですよね」
皆口々に拒否をしたため、じゃんけんをして負けた人が行くことになった。
「ここから落ちたイレナさんは流されて右側に穴があるのでそこに手紙が入っていると思います。
そのまま流されると、また右側に陸にあがれるようになっているようでした」
だから最悪流されてもそこで上にあがればいいかもというシーラに、腰に縄を付けた騎士は涙目で頷いた。
「よし、川に入れ!」
ルーカスの命令に縄を付けた騎士が泣きながら川に飛び込んだ。
数人で縄を押さえて流されていく騎士を見送ると、暗闇に流された彼は大きな悲鳴を上げた。
「うわぁぁぁ、こわいよぉ。まっくらだあぁぁぁ、あぁぁっ、ありました!穴がぁぁ。これ以上流れないように紐を固定してください」
「手紙はあるかぁ!」
ルーカスが姿が見えなくなった流された騎士に問いかけると暗闇の中から声が返ってくる。
「ありました!油紙に包まれているので濡れてません!回収完了しました!引っ張ってください。早く!引っ張ってくださぁい!」
数人で縄を引っ張り、ずぶ濡れの騎士が陸に帰ってきた。
息も絶え絶えに服の中から油紙に包まれた紙をルーカスに渡す。
「ご苦労だったな」
「死ぬかと思ったよぉぉ」
泣き出した隊士をほおっておいて、ルーカスが紙を広げると数通の手紙が入っていた。
シーラとヴィクトルも座りながらルーカスの手元を眺める。
「・・・第二王妃がレオナルド将軍に当てたラブレターだ。愛の言葉と、王に毒を盛ったのが成功したと書いてあるな。これで私たちは結ばれるやら、王太子は私たちの息子がなるのよ。
もうすぐ、目障りな王太子と婚約者は消えていなくなる私たちの天下だなど書いてあるな・・・。
これは、大変な証拠だな」
「よくこんな手紙を隠せましたね」
隊士の一人が言うと、ルーカスは頷いた。
「イレナ嬢の手紙も入っている、イレナは第二王妃とレオナルド将軍の手紙を届ける係だったようだ。
イレナ嬢はこれは犯罪であると思い、自分が消される前に証拠を集めようとしたらしい。
複製のほうをレオナルド将軍に届けていたようだ」
「なるほど、賢いですね」
誰かが頷く。
「この手紙は第二王妃とレオナルド将軍が愛人関係であった証拠でもあり、もしかしたら第二王妃のお子様である第二王子もレオナルドの息子であることが濃厚のようだ。日々、第二王妃は息子はレオナルドに似ていて可愛いなどと口にしていたようだ。レオナルドが第二王妃と閨を共にした日にちも記録されているぞ・・・」
「最低ですね・・・でも、俺も思ってたんですよ。第二王子のレオ様は王族の人達に似ていないなぁって」
騎士の一人が言うと、そばにいた者も頷いた。
「俺も思ってた!」
ヴィクトルもうなずいて、ルーカスに視線を向ける。
「まさかとは思うが、レオ王子の名前のレオってレオナルド将軍からとったとか?」
「ありそうだな」
さすがのルーカスも眉をひそめた。
「王族をバカにしているな」
ルーカスは呟いて、手紙の続きを読み始めた。
「イレナ嬢はマーロの幸せが一番であり、マーロが自分の幸せに従って生きてほしいと書かれているな。イレナ嬢はこの手紙を王太子側に届けた後は、田舎に引っ込む予定だったようだ・・・」
「叶わなかったんですね」
誰かが呟いた。
「そうだな」
「私、レオナルド将軍の腕を押さえているイレナさんを見たんです」
シーラの言葉にヴィクトルもうなずく。
「俺も見た。彼女のおかげで俺は命が助かった。レオナルド将軍も最後はイレナ嬢が見えたようだったよ」
「成仏できるよう皆で祈ろう」
ルーカスの言葉に、皆で黙祷を捧げた。
もう洞窟には、イレナの霊は居なかった。