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初夏の日差しの中、シーラはヴィクトルと馬に乗って移動していた。

後ろからは、まだ二日酔いが治っていないハルが苦痛の顔をして馬に乗っている。


「馬に揺られたら気持ち悪くなってきたんですけど。ちょっと速度落としてくれません?」


朝一番で出て、夕暮れまでには着きたいと速度を上げて走っていた。

ヴィクトルは平然とした顔で乗っているのでシーラは心配になって聞いてみた。


「もう、お酒は大丈夫なんですか?」

「俺、お酒は2時間も経てば全く平気なんだ。フルーツ食べたし。それよりあの女の泣き声が聞こえないからすごい元気!」


ヴィクトルは晴れ晴れとして言っており本当に霊から離れられてうれしいとにっこりと微笑んだ。

霊を見て叫んでいた人とは思えないほど素敵な笑顔でシーラは顔が赤くなる。


「よかったですね」


「良くないよ・・・僕、頭痛いし、吐きそうなんだけど」


ヴィクトル達の後ろで弱弱しく叫んでいるハルのことは無視して、馬を走らせること数時間。

夕方になりやっと王太子たちが療養している館へと戻った。


姫様の護衛騎士たちに出迎えられた。


「おかえりなさいーどうでした?お二人の仲は」


ニヤニヤしている姫様の護衛騎士達にヴィクトルは不服な顔をする。


「ちゃんと、カルメルダ夫人の指示通り修行をしてきただけだ!」

「少し早いがなにかあったのか」


ルーカスが書類を片手に聞いてくるのをヴィクトルが答えるより早くハルが口を開いた。


「ヴィクトル副隊長は、あの屋敷に幽霊が出るからって怖いから帰ってきたんです。なんかそっち方面に開花したみたいですよぉ。修行の成果ですね」


まだ吐き気がするのか、青い顔をして言うハルに姫様の護衛騎士たちが可哀そうな目でヴィクトルを見た。


「幽霊が怖いとかガキか」


ルーカスが言うと、ヴィクトルは顔をしかめる。


「怖いっていうか、苦手なだけだ!」

「僕、頭おかしくなったのかと思いましたもん。副隊長が叫びながらグッ・・・」


地下室での出来事を報告しようとしているハルの腹をヴィクトルが殴って言わせないように口を塞ぐ。

「んーーーー!」


抵抗するハルにヴィクトルはますます締め上げようとしたが他の隊員に取り押さえられた。

二人の隊員に拘束されたヴィクトルは抵抗しようとするが拘束は外れない。


「ハル、報告しろ」


ルーカスに促されてハルは吐き気を堪えながら口を開いた。


「シーラさんとヴィクトル副隊長は仲良く滝行とかしてて頑張ってました。いい感じでした。

そしたらあの館の地下室に女の霊が昔から居るらしくて、副隊長は修行のおかげか霊能力が開花して女の泣き声と姿が見えるようになって。その霊に対して一人で情けなく叫んで、剣を振り回して抵抗しようとしてて本当に面白かったです」


ヴィクトルに殴られないようにリーチを取りながらハルが報告すると部屋に居た護衛騎士たちが一斉に笑った。


「副隊長、霊能力が開花とか・・・」

「それより霊に向かって剣を振り回すとか本当に笑えるんですけど」


口々に言いたいことを言ってひたすら笑った後に、青筋を立てているヴィクトルを見て一斉に真顔になる。


「お前ら、次の訓練では覚えてろよ」


怒り心頭のヴィクトルに護衛騎士達は一斉に固まった。

「やべ、言いすぎた」


小さく呟いた護衛騎士達をヴィクトルはギロリと睨む。


「ヴィクトルは霊と女の扱いは苦手っていうことだな。それでは、ヴィクトルとシーラには姫様の後ろにいる侍女の霊と交信してもらうか」


ルーカスの言葉にヴィクトルは嫌そうにうなずいた。


「俺は、女の扱いが苦手ではないです。それに地下室の女以外は見えないと思うけど、一応行きますよ。さ、姫様にご挨拶に行こうかシーラ」

「は、はい」


ヴィクトルに背中を押されながら部屋を出ると、後ろからぞろぞろと一同がついてくる。


王太子付の騎士が入口を固めている部屋へと向かいヴィクトルがノックするとすぐに侍女が顔を出した。

「姫様付の護衛騎士副隊長 ヴィクトルです。姫様にご挨拶に伺いました」


するとすぐに、一同が部屋へと通された。

広い部屋には姫様とマーロが仲良く座っている。

少し引き気味のマーロの様子から言って姫様がグイグイ攻めているのかなと思いつつシーラはヴィクトルの後ろで頭を下げた。

ヴィクトルも敬礼をして姫様に挨拶をする。


「失礼いたします。ご挨拶おぉぉぉ!」


ヴィクトルが挨拶をしつつ姫様に視線を向けるとのけぞってシーラの背に隠れた。


「みえるんだけど!視えるんだけど!姫様の後ろにすごい顔した女性が!!侍女の霊!?こわっ」


青い顔をして叫んでいるヴィクトルに一同は首を傾げた後、笑いを堪えようと唇を噛んだ。

ヴィクトルが青い顔をして悲鳴をあげている姿も情けないが、女の影に隠れているのも情けない。

霊など信じないと言っていたヴィクトルが幽霊が見えるようになったのも面白くて笑いを耐えるのが辛く、お互いの横っ腹を突っついて笑いを耐えようと護衛騎士達は努力している。


そんな部下たちを構う余裕もなくヴィクトルはシーラの後ろから姫様に憑いている侍女の霊を凝視する。


「私も見えます。前よりはっきり見えます!修行の成果ですね!」


嬉しそうなシーラにヴィクトルは青ざめながら頷いた。


「すごい顔して睨んでいるんだけど!こえぇぇぇ」

「ずっとあの表情なんですよ!」


二人で霊のことを言い合っていると、姫様が表情を暗くした。


「私を恨んでいるのかしら・・・マーロと結婚したいと私が言っているから」

「な、なんで姫様を恨むんだい・・・。イレナは姫様と会ったことないと思うんだけど」


マーロがオドオドして言うが姫様は首を振った。


「私がマーロを愛しているからですわ。イレナさんもマーロの事好きだったのよ・・・。だから私を恨んでいるのよ・・・」


姫様の言葉にマーロは戸惑って下を向いた。

姫様の後ろではまだ侍女の霊がますます怖い顔をして睨みつけているためヴィクトルは恐怖のあまり悲鳴を上げそうになるがなんとか歯を食いしばって耐える。

青い顔をしてこの世のものとは思えない鬼のような形相の侍女の霊。


「シーラは良く平気で見ていられるね」


今にも倒れそうなぐらい怖がっているヴィクトルをチラリと見てシーラは首を傾げた。


「怖いですけど、ヴィクトル様ほど恐怖心はないですねぇ・・・」


「それで、侍女の霊は何か言っていないか?コンタクトがとれる状態か?」


ルーカスに聞かれて、シーラは慌てて侍女の霊を見たが何も言ってはいない。

姫様を睨んでいるだけだ。

仕方なく、シーラは姫様の後ろに話しかけることにした。


「えーっと、イレナさん・・・あなたは何か言いたいことがあるのではないですか?私はあなたが見えます。何か言いたいことがあるなら教えてください」


シーラが呼びかけると、後ろに居た護衛騎士達がヒソヒソと話している。


「すげぇ、霊とコンタクト取ろうとしている。それに対して、副隊長の情けない事」

「いやぁ、でもあの副隊長がビビっているってことは凄い怖いんじゃねぇのか?」

「でも副隊長、シーラさんの陰に隠れて情けねぇな」


ヴィクトルがギロリと睨むと何事もないように護衛騎士たちは口をつぐんだ。


静かになった室内に、侍女の霊が憎しみのこもった顔で“死にたくなかった”と呟いた。

声としてなのか、シーラの脳内に響いた声なのかはわからないが確かにシーラには聞こえた。

シーラはヴィクトルを振り返った。


「聞こえました?」

「え?なんか言っているの?」

「死にたくなかったって・・・・・」


シーラが呟くと、また声が聞こえた。

“死にたくなかったの、もっと生きたかった。なのに死んでしまった!憎い、憎い”


何度も聞こえる憎いという言葉。

そのままを伝えると、

「なるほどな、その侍女は死んでいるということだ。誰かに殺されたってことだな」


ルーカスの言葉にヴィクトルは怖がりながらも女の霊を見た。


「事故死ってこともあると思うけど」

「・・・シーラ嬢、他殺なのか自殺なのか聞いてくれ」


ルーカスに言われシーラはまた姫様を睨んでいる霊に語り掛けた。

「イレナさんあなたは殺されたんですか?」


“憎い、憎い、殺したあの男が憎い”


繰り返されるイレナの言葉を伝えると、一同は押し黙った。


「そんな・・・・イレナが殺されただなんて・・・」


俯いて泣き出しそうなマーロに姫様が寄り添って慰めた。


「誰に殺されたかは言わないのか」


シーラは首を振る。

何度聞いても憎いしか言わない霊にこの場はお開きとなった。


「うぉぉ、やっと解放される。では姫様、失礼いたします」


シーラの後ろに隠れていたヴィクトルは姫様に敬礼をしてシーラの背を押してさっさと部屋から出ようとする。


「僕も副隊長のせいで具合が悪いのでもう休みます」


お腹を押さえて吐き気を押さえているハルも敬礼をして一緒に退出した。


やっと解放されたと長い息を吐くヴィクトルは隣を歩くシーラを見下ろした。


「それにしてもあの霊からはあまり情報が取れなかったな。せっかく修行したのに」

「そうですか?でも声は聞こえるようになりましたよ」


シーラからしたら誰かに殺されたというのだけで十分ではないかと思ったのだが彼らからしたら足りないらしい。


「誰に殺されたかは知りたかったよな」


「そう思うならヴィクトル副隊長が聞けばいいじゃないですか」


お腹を押さえているハルが言うとヴィクトルは嫌そうな顔をした。


「嫌だね。霊と話すとか怖いだろうが」

「本当に頼りにならないですね。だから女性に男らしくないとかイメージと違うとか言われるんですよ。…僕、お腹が痛いんでもう休みます。お疲れ様っす」


言葉に詰まったヴィクトルにハルは敬礼をして去っていった。


「お疲れ」

「お疲れ様です」


お腹が痛そうに歩くハルの背を見送ってシーラも与えられている部屋の前に来ていたことに気づいた。


「あ、私ここなので」

「シーラもお疲れゆっくり休んでね。明日は休暇だけどもしどこか行くところとかあったら護衛についていくから言ってね。あの侍女の霊が殺されたって言ってたし、姫様に毒盛られたりちょっと危ないから絶対に一人で行動しないでね」


念を押すように言われてシーラは頷いた。


「あと、舞踏会だけどさ、当日は俺が迎えに来るからさ。その・・た、楽しみだね」


少し赤くなって言うヴィクトルにシーラもうれしくて照れてしまう。


「はい、楽しみです。私、あんまり行ったことがなくて・・・ご迷惑をおかけするかもしれないですけどよろしくお願いします」


「こちらこそよろしく」


お互い照れながら頭を下げて微笑み合った。


廊下の死角で覗き見している護衛騎士が居る事も知らず微笑み合う二人。


「やべぇ、初々しい二人だ。ちょっと隊長に報告しないと」

「心霊カップルだな」


ヒソヒソと話している部下たちの声はヴィクトルには聞こえたようで、笑みを湛えながらギロリと睨まれて気配を消して去っていく。











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