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花が咲き乱れるお城の庭で開かれているガーデンパーティ。
クリスティーナ姫主催のパーティーに、結婚適齢期の貴族の男女が参加していた。
要は、ちょっとした貴族同士のお見合いだ。
20歳になったシーラも今度こそ良い婚約者と出会うべく意気込んで参加していたが先ほどから冷や汗が止まらない。
なぜならクリスティーナ姫様の後ろにずぶ濡れの侍女が立っているからだ。
着ている洋服からしてこの城の侍女のようだ。
薄っすらと透けている侍女は顔を俯けて微動だにしない。
誰もこの異様な光景を話題にしないということは、シーラにしか見えていないのだろう。
シーラは霊感など微塵たりともないが、あれは間違いなく幽霊だと思った。
「あら、シーラ。顔色が悪いわよ」
友人のサリナがケーキ片手に声を掛けてくれたのでシーラは頷いた。
「ちょっと、体調が悪いのかもしれないわ・・。ねぇ、サリナ、クリスティーナ姫様の後ろ何か見える?」
いつもより濃い目の化粧をした同じ年のサリナは少し離れた場所で優雅に話しているクリスティーナ姫を振り返った。
「あぁ、素敵ねぇ。姫様の護衛騎士のお二人が見えるわ。今日はパーティだから盛装ね。私は、左のルーカス隊長が好みだわ。シーラはずーっとヴィクトル様のファンだものね」
確かに姫様の少し後ろに護衛騎士の隊長のルーカスと副隊長のヴィクトルが煌びやかな騎士服を着て立っていた。
いつもなら、金髪青い目でいつも笑みを湛えている王子様のようなヴィクトルを見ているシーラであったが今日は居たことすら今気づいたぐらいなのだ。
「本当に、ヴィクトル様とルーカス様の間に何か見えない?」
「何も見えないわ。姫様もヴィクトル様も輝くような金髪だけど、ルーカス様は真っ黒な髪の毛でしょ。黒が引き立つわねぇ。素敵だわぁ。あまり表情を変えないのもいいのよねぇ。でもルーカス様はもうすぐご結婚されるでしょ。残念よねぇ」
うっとりとルーカスを見始めた友人にシーラはやはり自分にしか見えていないのだと確信を持った。
姫様の後ろに立つ侍女の霊は何度見ても立っている。
これ以上何かを言うと変人扱いされてしまうかもしれないと口をつぐんだ。
「そういえばシーラ聞いたわよ、とうとうお見合いの釣書の内容を書き換えたらしいわね」
面白そうに言う友人にシーラはため息を吐いた。
「そうなのよ、前々から私の家族ったらもう少し令嬢みたいに振る舞えって毎日言ってきていい加減気分が落ち込むわ。良いところに嫁げるよう頑張れって、酷いと思わない?」
「ご家族の言うことはもっともだと思うわ」
てっきり慰めてくれると思っていたが、サリナは家族側の人間だったらしい。
少しむっとしたシーラにサリナは上品に笑った。
「ほほっ、そういう所ですわよ。貴族の集まりなのにムッとした表情をしたり、すこーしガサツな態度をなさっているから気を付けた方がよろしくてよ。自分の心を悟られないように振る舞わないと。あなたお見合いの席でも素直に受け答えしているようですし、まぁ、いいところのお坊ちゃまたちとは合わないでしょうねぇ」
「酷いわ。サリナってば」
「元気いっぱい、性格はいいですみたいな釣書にしたのかしらね。刺繍も得意ではないし、貴族の社交も苦手、バタバタ走るし・・。それですと体力と、裏表ない性格とダンスが得意なことぐらいですかしらね書くことは」
「・・・・そうらしいわよ・・・」
父と兄、母を交えてあーでもないこーでもないと、話し合いをして釣書を書き直したがそれが使われたことはまだない。
「どうせなら、その釣書をヴィクトル様に送ってみたらいいのに」
茶化して言うサリナにシーラはほほを膨らませた。
「家柄が釣り合わないでしょ」
シーラの言葉に今度こそサリナは声を上げて笑ってしまい慌ててお上品に微笑むが苦しそうだ。
「失礼いたしましたわ、本気で笑ってしまったわね。家柄はまぁぎりぎり大丈夫でも、すべて釣り合わないわよ。ヴィクトル様は微笑みの貴公子。見た目も王子様より王子様らしく美形。誰もが憧れる見た目ですし、姫様の護衛騎士を務めるほどお強く、家柄もいい。それが、シーラみたいなフツーの見た目で家柄も普通よりちょい上の貴族とお見合いなんてなさいませんわよぉ」
「すごい悪口を言われている気がするんですけど!」
ますますムッとしたシーラにサリナはほほっと笑う。
「悪口ではございませんわ。真実ですわよ」
きっぱりと言われて、グッと言葉に詰まった。
確かに真実だ。自分の容姿はごく普通。得意なものは特になく、幼少期から森を走り回るのが大好きだったせいか体力だけは自信がある。それだけだ。
「ヴィクトル様は姫様と婚約されたらしいって噂よねぇ」
サリナの一言でシーラはちょっと落ち込んだ。
ヴィクトルは22歳で、姫様は19歳。
お互い婚約者が居ないため、噂が噂を呼び、姫様が強烈にアピールして婚約間近だとか婚約しただとか噂が流れているのだ。
「聞いたわその噂。まぁ、妥当よね」
シーラの言葉にサリナが頷く。
「いつも一緒にいる素敵な二人がいつの間にか恋に落ちるなんて素敵じゃない」
「本当ね、私もそういう恋愛がしたいわ」
うっとりしているシーラにサリナが鼻で笑った。
「シーラが恋愛結婚できるとは思えないけど・・・。元気な女の子が好きな人がいるといいわねぇ」
「どこかに居るわよ・・・きっと」
そういうシーラはお見合いを2回して、どちらもちょっと性格的に合わないような気がするという理由でお断りされている。
その出来事を思い出してシーラは軽くため息を吐いた。
もう一度シーラは、目を凝らしてヴィクトルとルーカスの間をよく見る。
やはり透けている黒っぽい侍女が見える。
無表情だった幽霊が急に顔を上げて何かを叫び出した。
怖い。
驚いて手に持っていたグラスを落としてしまった。
「やだ、シーラ大丈夫?」
サリナが声を掛けるが幽霊が気になってそれどころではない。
侍女の霊は必死に口を動かしていた。
姫様に向かって「毒」という単語を何度も言っているようだ。
もしかして、姫様の飲み物に毒が入っていると伝えているのではと気づき、知りたくない王室の闇を垣間見た気がしてシーラは手が震えた。
きっと気のせいと思いつつ姫様にあれを飲ませてはだめなのではと心臓がバクバクして息が苦しくなってきた。
やっぱり何とかして伝えよう。
シーラは決断をした。
「少し、体調が悪いみたい」
青い顔をして言うシーラにサリナが頷くと近くに居た侍女に伝えてくれる。
城の侍女がそっと近づいて
「休憩室にご案内いたします」
と、言ってくれたので頷いて侍女について歩き出した。
「姫様にご挨拶をしたいのですが」
シーラがそういうと、侍女は頷いて姫様のそばに連れて行ってくれる。
クリスティーナ姫の金色の髪の毛が太陽でキラキラと輝いているがやはり背後には顔を歪ませて叫ぶ侍女の霊が居た。
近づくと、花のようないい匂いが姫様から漂っておりシーラは胸いっぱいに吸い込んだ。
いい匂いだわ。それになんて美しいのかしら。
この国一番の美女と言われており、本当は妖精ではないかとまで言われているクリスティーナ姫は誰にでもお優しい。
シーラが近づくと心配そうに微笑んだ。
「まぁ、シーラ様。顔色がお悪いわ。大丈夫?」
この世のものとは思えない人形のように美しい姫様が自分を心配してくれるなんて、しかも名前まで憶えていてくださったなんて!
王家たるもの、主催したパーティの出席者の顔と名前は憶えているのだろうが、それでも実際呼ばれるとうれしいものだ。
一瞬感動したが姫様のすぐ後ろに居る侍女の霊が怖い顔をして必死に「毒」という言葉を繰り返しているのをみて感激が一瞬にして恐怖に変わった。
声は聞こえないが口の形からして「毒」と言っていることは確かだ。
「本日はありがとうございました。体調がすぐれませんので少し別室へと失礼させていただきます」
そう言って頭を下げてふらつくふりをして近くに居たヴィクトルにしなだれかかった。
これは、夜会で気に入った男性が居たらこうするといいわよと祖母に教えられた業だ。
これを使ったのは初めてだったがうまくヴィクトルの胸に倒れこんだ。
ヴィクトルも一瞬驚いた顔をしたものの、すぐに笑みを浮かべてしっかりと支えてくれる。
さすが微笑みの貴公子と呼ばれているだけのことはある。
この機会を逃したらヴィクトルと一生触れ合うことはないかもしれないと手に力を込めた。
彼の耳元へそっと口を寄せて、シーラは呟いた。
「姫様のお飲み物に毒が入っているかもしれません」
ささやくように言ったシーラにヴィクトルは微かにうなずいてシーラを支えていた手を肩に回した。
「なるほど、かなり体調がお悪いようですね。さぁ、休憩室までお運びいたします」
そう言って、シーラを抱き上げて歩き出した。
数歩歩いて、ヴィクトルは姫様を振り返る。
「姫様はご自分で歩けますか?先ほど少し体調が悪いと仰っておりました故、ご一緒に休憩室へと参りましょう」
ごく自然に言うと、何かを感じ取ったのかルーカスが頷いて姫様をエスコートして歩き出した。
「そうですね。ちょっと暑かったから・・・少し別室で休憩しようかしら」
そう言って去っていくシーラたちに参加者たちは、「今日はけっこう暑いものね」
と言っているのが聞こえた。
華やかなガーデンパーティから遠ざかり、城の中へとシーラは抱えられたまま入っていった。
ちらりと自分を抱えているヴィクトルを見上げると、完璧な顔がそこにあった。
金色の髪の毛に青い瞳。
形のいい口元にはいつもどおりの笑み。
はぁ。こんな近くでお顔を拝見できるなんてなんて幸せ。
そして姫様とは違ういい匂いがするわ。柑橘系のさわやかな匂い。
シーラは静かにヴィクトルから匂ってくる柑橘系の匂いをいっぱい吸い込んだ。
城の一室へと入り、人払いをするとヴィクトルは両腕を組んで椅子に座るシーラを見下ろした。
「さて、なぜ毒が入っていると言った?」
口に笑みを湛えてはいるが目は笑ってはいない。
これは、一歩間違えれば犯人にされて捕まるやつかもしれないと初めてシーラは自分の行動に青ざめた。
先ほどまでの夢心地から一気に現実に戻された。
「・・・・信じてもらえるかわかりませんが、そこに居る侍女の霊が・・毒が入っているようなことを必死に訴えていたからです」
「はぁ?」
シーラよりも離れて座っている姫様とその前に守るように立っているルーカスも首をかしげている。
顔を上げて姫様を見るとやはり黒く透けている侍女の霊が姫様の後ろに立っている。
ヴィクトルは胡散臭そうにシーラを見た。
「君ってさ、そういうタイプの子だったっけ。今までパーティで見かけたけど普通だったよね。霊が見えるとか言っちゃう系?」
バカにしたような言い方に、ヴィクトル様も随分イメージと違うわねと思いつつ、シーラは首を振った。
「まさか・・・霊など信じておりませんでしたが・・・今日、姫様の後ろにずーっと立っているんです。黒い侍女の服を着たびしょ濡れの女が。私も初めは気のせいか、疲労かなと思ったんですけど。
その霊のようなものが、姫様がお茶を飲もうとするとものすごい顔をして毒という言葉を言っているような気がして黙っていられずお伝えしました」
「ふーん」
胡散臭そうにシーラを見るヴィクトル。
こんなバカの子を見るような目でヴィクトル様に見られるなんて最悪だわ。
居た堪れなくなって床を見つめるシーラにルーカスが声をかけた。
「その霊という人物の特徴をおしえてくれ」
「はぁ、えーっと」
シーラは姫様の後ろに立つ女をよく見ようと目を凝らす。
「黒い髪の毛はおかっぱです。ここの侍女の服を着ています。白いエプロンは赤いバラのような刺繍がしてあります。なぜかずぶ濡れです。顔は・・んーよく見えないんですけど地味な顔をしているような・・・。これといって特徴はないです。あ!口元の左下に大きなほくろがあります!」
そこまで言うと、3人の顔色が一気に変わった。
少し青ざめた姫様が納得したように頷いた。
「そうなのね・・・。でもどうして私なのかしら・・・」
ポツリと呟いた。