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秘密の箱には鍵をかけて

 この子は未だ央ならざる者。

 並みならぬ才を持つがゆえに頂点に君臨せねばならぬ。

 頂を目指し歩ませるが良い。しかざれば死が近づくであろう程に。


 茸のエキスをたっぷり出したスープを、小さな円錐形の器に入れて飲む。旬の風味に舌が喜び、熱に胃と身体が喜んでいる。スープの香りに金木犀の匂いが混じる。あの花はまだ盛りなのだ。未央はそう思いながら残りのスープを飲んだ。空になった器を置いて未央は万華鏡を手に取る。右目にあてれば極彩色の世界が広がる。とりどりの花や結晶が開き、また閉じる。こんな小さな筒に、宇宙が凝縮されている。かねてより未央はそのことが不思議だった。ふ、と意識を万華鏡の中に落とし込む。

 辺りを見渡せば小宇宙が広がる。青紫の花が未央の近くで開いた。裸足で歩む下は腐葉土のように柔らかい。空に氷色の結晶と青緑の小花がある。未央が手を伸ばすとそれは大きな牡丹のように赤く変化した。ちらちらとした光の粉が未央の周りを纏わりつく。その中には水晶化したものもあり、未央は一粒、掬うとそれを口に含んだ。氷砂糖のような味がする。

 何だか愉快な心地になって、未央はくすくす笑いながらまた一粒、水晶化した光の粉を口に含んだ。幾つか掴むと、ズボンのポケットに入れる。未央の紺色のズボンのポケットはうっすら輝きながらパンパンに膨らんだ。濃い紫の鋭角がそこかしこにある。その明滅は温和で、鋭角と言えど鋭利ではない。未央が長い黒髪をざっと靡かせると、その髪に留まっていた金色の鳥が驚いたように飛び立った。


「未央」

「……昌太郎」

「はい、これ」


 未央の万華鏡の世界に忽然と現れた昌太郎は、未央にいつものグレーのコートを渡し、未央の前に跪くとウィングチップシューズを置いた。未央の内なる世界に昌太郎が苦も無く入れるのは、彼が白虎を身に着けているからだ。式神は常に契約した主の気配を正確に把握している。未央は大人しくコートを着ると、靴を履いた。そろそろ外に繋がりそうな予感は未央もしていた。

 一瞬後、極彩色の世界は消え、それに比較すると味気ない、よく見知った近所の道に出た。紺色の夜空は少年の吐息のようだ。街灯に羽虫が群がっている。寒くないのだろうか。それとも寒いから集うのだろうか。コンクリートの道路をコツコツと靴音を鳴らしながら進むと、ある民家の門の下部に震える桃色の塊があった。

 これは恋に痛めた心の欠片。未央は蹲り、その塊にそっと手をかざす。


「オン・バザラ・ダルマ・キリク」


 塊の震えが治まる。まるで慈母に抱かれたかのような安らぎを桃色のそれから感じる。

 白い光が満ちる。


「夏の野の 茂みに咲ける 姫百合の 知らえぬ恋は 苦しきものぞ」


 光が天に昇る。

 未央の詠んだ声の響きは神韻として、あとには清らかな空気が残った。

 パン、パン、パン、と鳴った拍手の音に、未央はゆっくり立ち上がる。昌太郎は既に気配を察知しており、未央を庇う体勢だった。

 藤色のスーツの男は肩に鸚鵡を留まらせている。


「朱鷺耶……」

「鮮やかなお手並みだね、未央。並の陰陽歌人であればもう少し手こずるところだ」

「鬼神を使役するあんたに言われても皮肉ね……」


 朱鷺耶が肩を竦める。


「そうそれ。あの時も言ったけど、くれぐれも私の行為は内密にして欲しい。そして人の賛辞は素直に受け取るものだよ。未央。〝未だ央ならざるもの〟」


 朱鷺耶の言に、未央と昌太郎の間に緊張が走る。そんな二人を見て朱鷺耶はくすりと笑いを零す。


「私たちの業界では名付けは殊に大事だ。私の名前には朱鷺が入り、先日君たちがやり合った茨木鶴羽には鶴が入る。彼女の相棒は(きよ)(はた)青海波(せいがいは)だ。それに笹原九百合。どれも大層な名前が並んでいる。――――稀に名前に人生そのものまで表される陰陽歌人がいる。ねえ、未央。君の名前には、一体どういう由来があるのだろう。私はとても興味があるのだよ。屴瑠殿あたりならご存じなのだろうが、娘の秘事を簡単に漏らすとも思えない」


 陰陽歌人の名付けは、朱鷺耶の言うように重みがある。後々の呪力にも影響すると言われ、ゆえに名付けは慎重に慎重を期して行われる。未央が生まれた時、名付けの老婆が未央を見て視力の衰えた目を見開いた。こんな相は見たことがないと。老婆は屴瑠と絵麻に言い含んだ。大事にこの子を育てるように。この子は陰陽歌人の世界で頂点に立つ資質を秘めている。だが、それには致命的な欠陥がある。補う存在が現れるだろう。陰陽歌人としての務めを果たし続けさせなさい。そうでなければ早晩、この子の命は潰える。この子の力は諸刃の剣。

 屴瑠と絵麻は事の大きさに衝撃を受けた。屴瑠に至っては、老婆の口を封じることさえ考えた程だ。羽田家の最高機密事項。

 それに今、最も近づかせてはいけない男が手を伸ばそうとしていた。



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