訪問
次の日、いつも通り学校に行き、教室に入る。
昨日とは打って変わって、俺の気分は大分落ち着いている。
遼があんなことになったのに、不謹慎って言われればそうかもしれないけど。
俺は自分の席に座ると……早速あの女がやって来た。
「ね、ねえ、凛太郎、その……」
昨日俺があんな態度を取ったのを気にしてか、皐月は俺の様子を窺いながら、おそるおそる声を掛けてきた。
「はあ……何だよ」
ぶっちゃけ気持ち悪いからどっか行って欲しいんだけど。
「そ、その……遼のこと、なんだけど、何か知らない?」
「知らね」
俺は一言そう言うと、話は終わったとばかりに外の景色を眺める。
皐月はまだなにか言いたそうな雰囲気だったが、諦めて自分の席に戻ったようだ。
はあ……煩わしい。
で……こちらもいつも通り例の二人が教室へとやって来る。
ただ、いつもと違うのは……。
「おはよう、立花くん!」
「おう、おはよう。北条さん」
俺が手を挙げると、北条さんがタッチした。
なんだか俺、リア充みたい。
「おはようございます、立花さん」
「お、おはようございます……」
あ、あれ? 花崎さんが俺に挨拶した!?
こ、これは一体……。
俺はチラリ、と北条さんを見る。
だが、北条さんは頭の上にクエスチョンマークを浮かんでいるのかと思うくらい、不思議そうに俺を見る。
アイコンタクトは失敗したようだ。
「……桜の友人なんですから、それなりの対応はします」
まさかの花崎さんに通じてしまった。
「そ、それで、花崎さんは遼のことを聞きたい……でいいんだよね……?」
「はい……もし何か知っていたら、教えて欲しいんです……!」
花崎さんは悲痛な表情で訴えかける。
だけど、本当のことは言えないし、北条さんはむくれてるし、俺は一体どうすればいいですか?
「もういいでしょ! 今日も如月くんは来てないんだから、奏音は先に教室に帰ってよ!」
あれ? “奏音は”ってことは、北条さんは帰らない気ですか?
「……何かわかったら、私にも教えてください……」
そう言い残し、花崎さんは教室へと戻って行った。
「……いいの?」
「いいの」
いいんだ。
それはさておき。
「北条さんは教室に戻らなくていいの?」
「もちろん、チャイムが鳴ったら戻るよ? それより」
「?」
「その……今日のお昼休みも作戦会議、しよ?」
ぐうう……昨日から、北条さんのカブ価が最高値を更新し続けてるんだけど。
そして、俺の返事は唯一つ。
「もちろん。昨日と同じ場所でいい?」
「! うん!」
彼女が咲き誇る花のような笑顔を見せる。
はあ、カワユス。
「じゃあ、もう教室に戻るね?」
「あれ? チャイムまだ鳴ってないけど?」
「用事は済んだからいいの!」
悪戯っぽい笑みを浮かべながら、自分の教室へと戻って行った。
そして俺は、そんな彼女を見送りながら、クラスの男子生徒からの嫉妬と憎悪の視線を一身に受け止めた。
◇
放課後になり、昨日に引き続いて北条さんのクラスへと向かう。
昼休み? もちろん北条さんと一緒に昼メシ食べたけど?
しかも北条さん、今日は俺の分も弁当持ってきてくれて、最高でした。
くそう、北条さんを射止めるクソ野郎は一体どんな奴なんだろうか。
俺だ! って自信もって言えるといいが、残念ながら自分のことは自分が良く知ってる。
俺じゃ北条さんには釣り合わない。
俺はアイツとは違うんだ。
それでも、ほんの少しでも……。
「あ! 立花くん!」
教室に入るなり、北条さんが笑顔で手を振る。
そしてこの教室でも、男子生徒のヘイトを集めてしまった。
「じゃ、行こ?」
「おう!」
俺はそんな視線に気付かない振りをして、そそくさと教室を出た。
つか、二大美人の一角の花崎さんがいるんだから、男子どもはそっちに行けよ。
「はあ……ていうか、うちのクラスの男子達、立花くんが教室に入るなりあんな態度はないよね?」
北条さんは不満そうにそう投げ掛けるけど、その感想を俺に答えろと?
俺が逆の立場だったら、血の涙を流して睨みつけること請け合い。
「ま、まあまあ、それより早く遼の家に向かおう」
「はあ……まあいっか」
北条さんは納得してない様子だけど、とりあえずこの話題は打ち切り、俺達は遼の家へと向かう。
学校から歩いて二十五分、俺達は遼の家に着いた。
さて。
「はあ……インターホン押すの、気が引ける……」
「ここまで来てそれはないでしょ?」
「ごもっとも」
俺は、気が乗らないままインターホンを押した。
沈黙が流れる。
「……はい」
しばらくして、インターホン越しに応答する声が聞こえた。
……ゆず姉だ。
「……俺っす、凛太郎っす。遼……いますか?」
「……帰って」
ゆず姉がそう告げると、インターホンはプツリ、と切れた。
「……どうする?」
「待とう。こうなったら根比べだよ」
北条さんが凛とした声でそう言い放った。
……こうなったら、俺も腹をくくるか。
俺達は遼が出てくるまで玄関で待ち続ける。
……一時間は経っただろうか。
玄関の扉が開く。
出てきたのは、ゆず姉だった。
「……家の前でそうやって立ってられると迷惑なの。いい加減帰ってくれない?」
「如月くんに会わせてくれるまでは帰りません」
北条さんは毅然とした態度で、ゆず姉と対峙する。
ゆず姉は顔を歪め、俺達を睨みつけた。
そこへ。
「………………………………」
扉の隙間から、遼が見えた。
「っ!? 遼、ここはお姉ちゃんに任せて、あなたは部屋に戻ってなさい!」
「………………………………」
ゆず姉の言葉が聞こえてないのか、遼は虚ろな表情で扉の隙間越しに俺達を見つめていた。
「遼……」
俺がそう呟いた瞬間。
「……お前のせいだ」
「……え?」
「お前があんなもの! 僕に見せたから! こんなに苦しまなきゃいけないんだ! なんで……なんであんなもの、僕に見せたんだよお……!」
遼は悲痛な表情で俺へと恨み言をつらつらと吐き捨てた。
やっぱり、俺が皐月の浮気を教えたから……。
「やっぱり凛ちゃんのせいなんだ……よく顔を出せるよね。信じらんない」
ゆず姉が冷たい視線を俺に向ける。
今までそんな目で俺のこと見たことないのに。
俺はいたたまれなくなり、今すぐその場から立ち去りたかった。
その時。
「……もういいや。立花くん、こんな奴、もう放っとこうよ」
怒りに満ちた表情の北条さんが、投げやりにそう言い放った。