別荘③
ご覧いただき、ありがとうございます!
「うう……ヒリヒリする……」
風呂に浸かりながら、特に日焼けした首筋を触る。
うーん、完全に熱持ってるな……。
「しかし……ここは温泉みたいだな……」
「だよね……」
花崎さんの別荘に備え付けられている風呂は、温泉旅館にあるような大人数でも入れるような檜風呂だった。
そんな風呂の中で、俺と大輔兄はただただ圧倒されていた。
「いや、夕食もシャレになってなかったけど、しかし……花崎さんはすごいな」
そう、夕食も高級旅館みたいな夕食で、俺達はどう手を付けていいのか迷うほどだった。
うん、まあ楓先輩と皐月の二人は、なぜだか平常運転で、遠慮なく食べてたけど。
「まあ、花崎グループのご令嬢だからね。しかし、なんでよりによって凛太郎達の高校を選んだんだろうな?」
「あ、それ、前に桜さんに聞いたんだけど、何でも社会勉強とかで、高校は一般的な高校に通うべしみたいな教育方針らしいよ?」
「へえー、金持ちの考えは分からん」
「ホントそれ」
しばらく湯舟に浸かってから風呂を出て、俺は自分の部屋へと戻った。
うーん、まだ寝るには少し早いけど、桜さんと話でも……いやいや、今日はさすがに桜さんも疲れてるだろうから、ゆっくり寝させてあげよう。うん。
——コンコン。
すると、部屋の戸をノックする音が聞こえた。
「はい……」
戸を開けると、いたのは花崎さんだった。
「あ、あの……少しお話したいのですが、よろしいでしょうか……」
「あ、ああうん。別にいいけど……」
「ありがとうございます……でしたら、ついてきていただけますか?」
「はあ……」
うーん、別に話くらい俺の部屋でも……って思ったけど、少しでも桜さんに誤解されるような真似をするわけにはいかないな。
花崎さんの後をついて行き、通された部屋は応接間だった。
畳の部屋の中心にラグが敷いてあり、その上にアンティークのテーブルと、椅子が二脚あった。
「どうぞ」
花崎さんが椅子を引いて座るように促す。
俺は、戸惑いながらその椅子に座った。
「ええと、それで話って?」
「あ、はい……その……そういえばまだ立花さんにお礼と謝罪を言っておりませんでしたので……」
「? お礼と謝罪って?」
「一年前、私の命を救ってくださったこと……あの時は本当にありがとうございました。そして、そんな恩人である立花さんに、これまで失礼な対応をしてしまったことをお詫びします……」
そう言うと、花崎さんは深々とお辞儀をした。
「い、いや、そんな、わざわざお礼も謝る必要もないよ! 大体そんなの、俺も結構忘れてたくらいだし!」
俺は思わず焦って、手をばたばたさせた。
「いえ、そんなわけにはいきません。それに、あの如月遼との件でも、あなたにはご迷惑を掛けてしまいました……」
「いや、あれは花崎さんも被害者じゃないか。それこそ花崎さんが謝るようなことはなにもないよ」
「……あなたって人は、本当に……」
花崎さんは椅子から立ち上がると、瞳を潤ませながらおずおずと、俺の傍へと近寄ってきた。
「そ、その……花崎さん?」
そして手を取り、俺を見つめた
「わ、私はあの男に騙されてしまいましたが、もしそれがなければ、私は優しいあなたに惹かれていたと……いえ、今も惹かれているんだと思います……」
そう言うと、花崎さんが俺へと顔を近づける。
俺は……。
「あ……」
俺は花崎さんの手を振り払うと、両肩をつかんで離した。
「ごめん花崎さん。俺は桜さんが……桜さんだけが好きなんだ。君の気持には応えられない」
「……そうですよね」
そう呟き、悲しそうな表情で俺からそっと離れた。
「最後に……一つだけ聞かせてください。もし、私が一年前のあの時、あなたが救ってくれたことに気づいていて、そして、あなたへ想いを伝えていたら、あなたの傍にいる未来はあり得たんでしょうか……」
「それはあり得ない」
俺は即答した。
「どうして……そう言えるのですか?」
「だって、俺が誰よりも好きなのは桜さんなんだから。“たら”“れば”はないよ。そして、これからもずっと……俺は桜さんだけが好きなんだ」
「ふふ……そうですか……」
「うん……それじゃ俺、失礼するね」
「はい……ありがとうございました……」
俺は一度も振り返らず、自分の部屋へと戻った。
◇
■奏音視点
「……ということです、桜」
「…………………………」
桜と皐月がふすまを開け、複雑な表情でこの部屋へと入ってきた。
「だから言ったでしょう? 桜は心配するようなことはないんですよ」
「で、でも……」
はあ……本当に仕方ない、ですね。
「確かに階段の踊り場で話し合ったあの時、『去年の夏の出来事を正しく受け止めていれば、立花さんの隣にいる未来があったかもしれない』とは言いました。ですがたった今、立花さんも言ったではないですか。『たらればはない』、と」
「……奏音はそれでいいの?」
「あら? 桜こそそれでもいいんですか?」
そう言うと、桜は大きくかぶりを振った。
「そうですよね。だったら、いつまでもその不安な気持ちを持ってはいけないんじゃないですか? それこそ、あそこまで想ってくれている立花さんに失礼では?」
「う、うん……」
桜はますます俯いてしまう。
その時、皐月がパシン、と桜の背中を叩いた。
「ほらほら! とにかく凛太郎の気持ちも分かって安心したでしょ? だったら、凛太郎のところに行って甘えてきたら?」
そう言って、皐月はニコリ、と微笑んだ。
「うん……そうだよね。ありがとう皐月」
「どういたしまして」
桜は、部屋を出て行った。
立花さんのところへ行ったんだろう。
「……で、桜もいないんだから、アンタももういいんじゃない?」
「皐月……」
私は気持ちを抑えられず、皐月に抱き着き、そして。
「う、うう……ううう……」
「はは、よしよし……今日は朝までだって付き合ってあげるから、さ」
そんな私を、皐月は優しく抱き留め、背中をさすってくれた。
ありがとう、皐月……。
この気持ちも、明日になったら全部捨てるから。
だから、今だけは……。
お読みいただき、ありがとうございました!
明日でアフターストーリーの“海”編は終わりです!
少しでも面白いと思っていただけたら、ブクマ、評価、感想をよろしくお願いします!




