確定
五時間目の授業が終わり、俺はカバンを持って席を立った。
「へえ、凛太郎サボり? 最近緩んでるよね。私生活も、だけど」
「いじけて何日も引きこもってたお前が言うな」
「は? なに凛太郎、僕にケンカ売ってるの?」
「まあ、お前次第だな」
そう言うと、遼の奴は忌々し気に俺を睨む。
悪いな、俺も今日はいつもより気が立ってるんだ。
「……フン」
睨むだけで何も言ってこない遼を無視し、皐月に目配せして俺は教室を出た。
一階の下駄箱に着くと、既に桜さんが待っていた。
「お待たせ」
「ううん……ボクも今来たとこ」
桜さんの表情は、いつもよりも暗い。
そりゃそうだろう。なにせ、友達の犯行かどうか、確認しに行くんだから。
俺は靴に履き替えると、桜さんの手を握った。
「あ……」
「桜さん、行こう」
「……うん」
俺達は、校門を目指す。
そこにいるはずの人に会いに。
…………………………いた。
俺はスマホを取り出し、ボイスメモのアプリを立ち上げると、録音ボタンをタップした。
そして、校門前で停車している黒塗りの車の運転席のガラスをコンコン、叩く。
「あれ? 立花さんじゃないですか。もう授業が終わ……る時間じゃないですね。駄目ですよ、サボっては」
そう言いながらも、葛西さんは笑顔で応対してくれた。
「すいません葛西さん、実は聞きたいことがあって……」
「聞きたいこと、ですか?」
「はい」
俺は一息吸うと、意を決して次の言葉を告げる。
「この前の日曜日ですけど、泉町……この先の住宅街をこの車で走ってたりしました?」
「え、ええ、なんでもご学友の家に用事があるからと、お嬢様を乗せて……」
「そ、それって何時頃ですか!?」
桜さんが堪えきれず、葛西さんに詰め寄る。
「は、はあ……確か昼の一時頃だったかと……その、何かあったんですか?」
「いえ……家の近所で見かけたって人がいたんで……」
「あ、ひょっとして、立花さんのご自宅の近くだったりしますか?」
「ええ……」
そう答えると、葛西さんは急にニヤニヤした表情になった。
こんな表情、珍しいな……。
「なあんだ、お嬢様も言ってくだされば……ん? でも、立花さんが知らないってことは、立花さんはお嬢様に会ってないんですか?」
「え、ええ」
「はあ……そうですか……ヘタレですね……(ボソッ)」
葛西さんは、今度は明らかに落胆の表情を見せた。
最後はちょっと聞き取れなかったな……。
「あの、なにかあるんですか?」
「あ、あああ、その……いえ、忘れてください……」
いや、逆に気になるんですけど!?
「そそそうだ、少し用事を思い出しました。これで失礼します」
「はあ……」
そう言い残し、葛西さんはそそくさと車を発進させた。逃げたな。
「な、なんだったんだ?」
「さあ……だけど……」
そうだ。
これでもう確定だ。
「……あれを撮影したのは花崎さん、か……」
◇
「……本当は、分かってたんだ。奏音だって」
公園のベンチに腰掛け、じっと地面を見つめながら、桜さんはポツリ、と呟いた。
「違和感はずっとあった。あのクズ先輩の時も、なぜか奏音があの場にいたし、皐月の言葉でもそう。学校来てないあの男には絶対知らないクズ先輩のことも知ってた」
そういえば……。
「如月遼が復帰してからは、いつもあの男のそばにいた。常に如月遼の言葉に相槌を打って、あの男がボク達を引き離そうとすれば、ボクに懇願するように凛くんと離れろって言ってきた。そして……」
「今回の画像、か……」
俺はスマホを取り出し、あの現場の画像を見る。
「凛くんとあの女がキスした場所が凛くんの家の玄関だって、普通は分かるはずがないのに、あの時奏音はそう言ったんだ……!」
そう言うと、桜さんは、唇をギュッと噛みしめた。
「ねえ、凛くん……ボク、悔しいよ……ボクの友達、あの男に、あの男にい……!」
桜さんの瞳からポロポロ涙がこぼれ落ち、地面を濡らす。
彼女の肩は、小さく震えていた。
「っ!?」
俺は桜さんを抱きしめる。
その震えを、少しでも抑えるように。
「桜さん……やろう。俺達でアイツを……如月遼を叩き潰そう! だから今はその悔しさ……俺が受け止めるから」
「凛く……ん…………凛くん……!」
桜さんは俺の胸にしがみ付き、声にならない声を出して、静かに泣いた。
俺は、そんな桜さんの髪を優しく撫でる。
桜さんが、これ以上つらい思いをしないようにと願いを込めて。
桜さんが、明日は笑って過ごせるように願いを込めて。
そして、俺は誓う。
桜さんを悲しませた俺の“元”幼馴染……如月遼を、必ず後悔させてやる、と。




