誓約
「ね、ねえ桜さん、そろそろ機嫌直して欲しいかなー、なんて……」
「…………………………」
ダメだ、目も合わせてくれない。
だ、だってしょうがないじゃん! いくら皐月でも、目の前で泣かれたらなだめすかすに決まってんじゃん!
俺、悪くないよね? だよね!
「あ、そ、その、凛太郎は私のことなぐさめようと……」
あ、皐月それダメ、逆効果。
ああホラ、桜さんの頬がますます膨らんだ。つっつきたい。
「と、とにかく、桜さん今日も来てくれてありがとう。俺、嬉しいよ」
「…………………………ホントに?」
お、少し食いついた。ここだ!
「ホントホント! 今日も朝からずっと桜さんのこと考えてて、ずっと待ちわびてたんだから!」
「そ、そう? えへへ……」
うん、チョロイ。
「……で、アンタはあらためて凛くんに謝りに来た、ってことでいいんだよね?」
「う、うん……その、北条さんもごめんなさい……」
そう言って、皐月はうなだれた。
見ると、皐月の肩は震えていた。
「……はあ、凛くんが許したんなら、ボクから言うことは何もないよ。だけどね」
そこで一拍置くと、桜さんはビシッと皐月を指差した。
「凛くんは、絶対に渡さないんだからね!」
そう言い放った後、桜さんはニコッと微笑んだ。
ああもう、本当に桜さんは……!
「ふあっ!?」
「桜さん……俺が桜さん以外の女の子に目移りする訳ないじゃないか。それと……いつも俺のこと気遣ってくれて、ありがとう……」
俺は感極まって、桜さんを思い切り抱き締めた。
だってそうだろ? 桜さんは俺の気持ちを汲んで、本当はもっと皐月に言いたいはずなのに我慢してくれて、飲み込んで、そして皐月を許してくれたんだ。
こんなの、桜さんが魅力的すぎて、我慢できるわけないだろ!
「あ、あうう……凛くん……」
「あ、あのー……私、いるんだけど……」
「ふああああ!?」
「あ、そうだった」
遠慮がちに皐月に指摘され、桜さんが俺の腕の中でもぞもぞしだした。
名残惜しいけど、仕方ない。皐月が帰ったらゆっくり堪能することにしよう。
俺は桜さんを解放すると、桜さんは顔を赤くしながらも残念そうな表情を浮かべた。
「ふう……何だか、お邪魔みたいだし、私、もう帰るね」
「あ、ちょっと待って」
皐月は溜息を吐いて帰ろうとしたところで、桜さんが引き留めた。
「ね、ねえ凛くん……その、検査結果はどう、だった……?」
「え? ああ、打撲以外は問題なしだったから、明日には退院だよ」
「あ……そ、そっか」
すると、桜さんも皐月も安堵し、瞳には涙を浮かべていた。
やべ、早めに言っとくべきだった。
「あ、そ、それでね、学校に行くのは凛くんと合わせて明後日からにしてほしいんだ。それと、その日は凛くんとボクと一緒に登校してほしいんだけど」
「? どうして?」
「あ、うん。ちょっと、ね」
皐月の問い掛けに、桜さんは言い淀んだ。
けど。
「……いいよ。そんなことより、私にできることがあるなら何でも言ってほしい。その、罪滅ぼしになんないかもしれないけど……」
皐月は少し視線を落とし、せわしなく指を動かしながらそんなことを言った。
俺はこれまでの皐月との態度の違いに、少し困惑した。だって、十年近い付き合いでこんな皐月見たの、初めてだもんよ。
「そりゃもちろんだよ。迷惑かけられた以上、思いっきりこき使ってやるんだから!」
「……あはは、お手柔らかに……」
桜さんが拳を握ってフンス、と意気込むと、そんな様子を見て皐月は若干引いていた。
俺? 俺はそんな仕草をする桜さんがカワユスよ?
「じゃ、用件はこれで終わり。ほら、後はボクは凛くんとイチャイチャするんだから、“皐月”は早く帰って!」
「! う、うん! じゃあね凛太郎……と、さ、“桜”!」
「おう!」
「しっしっ」
桜さんに名前呼びされた皐月は、嬉しそうに部屋を出た。
で、桜さんもそんな皐月を笑いながら追い払った。
さて。
「あ…………」
俺は桜さんを後ろから抱き締めた。
「ありがとう桜さん、俺の身体は大丈夫。心配かけたね」
桜さんが部屋に入った時から気づいていた。
桜さんのまぶたが腫れていたこと、うっすらと目の下に隈ができていたこと。
メイクでごまかしてたって分かる。
俺は、それだけ桜さんに心配かけたんだ。
それが申し訳なくて、だけど、すごく嬉しくて。
すると、桜さんの肩が震えた。
「う……うう……」
桜さんは泣いていた。
俺のことが心配で、大丈夫だって分かって、色んな感情が溢れちゃったんだと思う。
だから。
「桜さん……」
そんな桜さんを俺のほうへと向いてもらうと。
「は……ん……ちゅ……」
俺はそんな彼女の唇にキスをした。
「ん……んん…………ぷは」
しばらくして、俺は唇をはなした。
「……心配した。怖かった。凛くんがいなくなっちゃうんじゃないかと思った。もうヤダよ、こんな思いするの、ヤダ」
「ごめん……ごめんね……」
「……お願いだから、無茶したりしないでね? どっか行ったりしないでね?」
「うん。約束する」
もう絶対、桜さんにこんな思いはさせない。
そう桜さんに誓うために、俺はもう一度キスをした。




