未遂
次の日の朝。
「お、おはよう、桜さん……」
「う、うん、おはよう凛くん……」
うう、恥ずかしい。
だけど、昨日のことを思い出すとニヨニヨしてしまう。
桜さんも同じなのかな。
あ、桜さんの口元もニヨニヨしてた。
結局朝も上手く話せず、学校に着いてしまい、名残惜しくも桜さんと入口で別れた後、教室に入り席に着く。
今日も遼の席の周りには花崎さんをはじめ女子達数人がおり、遼との会話を楽しんでいた。
はあ、節操がないことで。
するとそこに。
「……あなた達、何やってるの……?」
今まで休んでいた皐月が入口に現れ、女子達を凝視していた。
「遼は私の彼氏なの! 泥棒猫みたいに群がってるんじゃないっ!」
皐月は遼の席に突進し、女子達を追い払うように威嚇する。
「海野さん、いい加減にしてください。もうあなたには関係ないじゃないですか」
「っ!? どういう意味よ!」
「ハア……本当に勘弁してほしいんだけど。皐月、君が大石先輩と浮気した所為で、僕達は別れたじゃないか」
はあ!? 遼の奴、みんなのいる前で浮気のことバラしやがった!?
「な、なあ、やっぱり……」
「ああ、ホント引くよな……」
「うわー、ないわー……」
様子を窺っていた他のクラスメイト達も、コソコソ話しながらますます皐月と遼に注目している。
「わ、私は別れてない! 私は遼一筋だもん! そ、それにホラ! こんな女達より、私のほうがよっぽど綺麗だし、成績だって上だし、私以上の女なんていないよ!」
皐月は女子達を指差しながら、必死に遼にアピールする。
だが。
「皐月……もう僕達は終わったんだ。君が何と言おうと、よりを戻すつもりはないよ」
遼が冷たく言い放つと、皐月は呆けた顔で膝から崩れ落ちた。
そして。
「あ、ああ……ああああああああ」
床に突っ伏し、震える声で泣き続けた。
何だよこれ。
俺は何を見せられてんだよ。
花崎さんも、オマエ等もなんで笑いながら見てんだよ。
遼、オマエまで笑ってんじゃ……ねえよ!
「ふざけるなあっ!?」
俺は勢いよく机に手を叩きつけた。
「何だオマエ等! 人の不幸を寄ってたかって笑い者にしやがって! バカなの? オマエ等、クズなの!?」
俺はそう叫ぶと、いまだに泣き続ける皐月の元に近寄る。
「……皐月、教室を出よう」
「! さ、触るなああああああ!」
俺が皐月の肩に触れようとした瞬間、皐月に手を振り払われた。
「オマエが……オマエがあああ! オマエの所為で、オマエの所為でええ……う、うわあああああ!」
「っ!? お、おいっ!?」
皐月は俺に恨みを込めて叫ぶと、涙を流しながら教室を飛び出して行った。
あのままじゃマズイ!
何をしだすか、分かったモンじゃない!
そう思った俺は、必死で皐月を追いかける。
皐月は全速力で階段を駆け上がり、屋上につながる扉の前……桜さんと俺が利用するいつもの踊り場へとたどり着いた。
皐月はドアノブをガチャガチャと回すが、ここはいつもカギが掛かっており、屋上に出ることはできない。
とりあえず、皐月が選択ミスをしてくれたおかげで助かった……。
絶対コイツ、扉が開いてたら屋上から飛び降りてたぞ!?
「皐月……」
「来ないで!」
俺が近づこうとすると、皐月は背中を扉に貼り付け、左右に首を振る。
だけど、そんなこと構ってられない。
俺は皐月ににじり寄り、あと数歩というところまで差し掛かると、一気に近づいた。
だが。
「イヤッ!」
「あ……」
ツイてないことに、片脚を上げたところを思い切り突き飛ばされたものだから、俺の身体は宙に浮き——そのまま階段を転げ落ちた。
◇
——ん?
あれ? ここは……?
目を開けると、見慣れない天井だった。
ココドコ?
とりあえず身体を起こそうとして……って。
「あだああっ!?」
痛くてしょうがないんだけど!?
しかも、全身バッキバキなんだけど!?
すると。
「凛くん!?」
バン! という音とともに、桜さんが飛び込んできた。
「え? 桜さん?」
「バカッ!」
えええ……いきなり怒鳴られたんだけど……。
「バカ、バカ……バカア……!」
そして、桜さんの瞳からポロポロと涙があふれた。
? ? !?
「あ、その、ええと……ゴ、ゴメン?」
俺はしどろもどろになりながら、なんとか桜さんに泣き止んでもらおうとするんだけど、桜さんは一向に泣き止む気配はなかった。
そして扉には、驚いた表情の皐月がいて、扉の縁にもたれ掛かったままその場でペタン、と尻もちをついた。
「やれやれ、心配させるんじゃないよ全く」
「あれ? 母さん? なんでここに?」
「なんでもなにも、母さんのナース服を見たら分かるだろ」
「…………………………コスプレ? って、アダッ!?」
「まあ、そんな軽口言えるなら心配ないね。とにかく、アンタは学校で階段から落ちたの。で、全身打撲」
「はい!?」
えええ……俺、階段落ちたって…………落ちたな。
「アンタ、桜ちゃんと皐月ちゃんに感謝するんだよ? 二人とも、本当に心配してくれたんだから。ああそれと、念のため検査するから、三日間入院ね」
は? 入院って!?
「じゃ、母さんは仕事に戻るから。二人とも、すまないけどうちの馬鹿息子をよろしくね」
「はい! お母さま!」
そして、母さんは手をヒラヒラさせながら部屋を出て行った。
「……さて。凛くん、何があったのか、話してくれるかな?」
笑顔なのに、桜さんの目が笑ってない。
こ、怖ええ……。
「だけど、その前に……そんなとこにいてないで、こっちに来なよ」
「っ!」
桜さんが睨みながら声を掛けると、扉の側にいた皐月はビクッとなった。
「はあ……早くして」
「だ、だけど……」
「いいから。いい加減にしないと怒るよ?」
桜さんにすごまれ、皐月はおずおずと部屋の中に入った。
「そ、その……」
皐月は申し訳なさそうに俯いている。
そりゃそうか。
俺を階段から突き落としたの、コイツだもんな。
だけど。
「はあ……全く、少しは落ち着いたか?」
「っ!? う、うん……」
「ならよかった」
「ご、ごめん……」
「本当だよ。お前、死ぬ気だったもんな。いいか、もう絶対にあんな……死ぬような真似はするな」
「あ………う、う、うああああああ………ごめんなさい……ごめんなさああああい……!」
そう言うと、皐月はその場で崩れ落ちて号泣した。




