王子②
桜さん視点です。
ボクは今日も彼を探す。
あの日から、彼を眺め続けることがボクの日課だった。
そして、彼という人柄を知れば知るほど、ボクは彼に惹かれていった。
いつも優しい彼、いつも明るく笑う彼。
その全てが、ボクの中で溢れていた。
そして、今日も彼は例の友達と楽しそうに話していた。
彼はいつも同じ男子生徒と一緒にいた。
以前、彼のクラスメイトに聞いたら、その男子生徒は彼の幼馴染とのことだった。
そして、その二人の輪の中にいる、一人の可愛い女の子が話し掛ける。
彼女は学校でも有名で、ボクでも知っていた。
彼女の名前は海野皐月。
その容姿と明るい性格から、誰にでも好かれていた。
ボクとは全くの正反対。
ボクはと言えば、黒縁の眼鏡におさげの髪型、前髪も長く顔も隠れていて、パッとしない容姿だった。
そして、彼はそんな彼女と嬉しそうに話す。
ただ、少し恥ずかしいのか、チラリ、と彼女の顔を眺めてはすぐに視線を逸らしていた。
ああ、そうか。
彼は、彼女が好きなんだ……。
その事実を突きつけられ、ボクは胸が苦しくなった。
でも、それでも、ボクは彼のことを諦められず、彼のことを遠くから眺め続けた。
そんな毎日に、ある日変化が起こった。
あれは二年の秋。
いつものように彼とその幼馴染達が仲良く話している。
だけど、ずっと見続けてきた私には分かる。
彼は笑顔のように見えるけど、その瞳は悲しそうだった。つらそうだった。
理由は分からない。
彼以外の二人の様子には変化はなく、楽しそうに会話している。
ただし、彼を除いて、だけど。
だけど彼は、少し空回りするくらい、明るく二人に話し掛ける。
ボクはそんな彼を見ているのがつらくて、思わず自分の胸襟をつかんでいた。
そして、決定的になったのが三年の秋。
みんなが高校受験を控えている折、学年中がその話題であふれた。
彼の幼馴染二人が付き合い出したというのだ。
ボクは心配になり、その日も彼の様子を窺いに行く。
そこには、いつものように楽しそうに話す彼がいた。
彼は幼馴染の背中をバシバシと叩き、その幼馴染は照れるように頭を掻いていた。
そこへ、彼女が幼馴染を呼びに来たのか声を掛けると、その幼馴染は手を振って彼女の元へ駆け寄っていった。
それを眺める彼の悲痛な表情は、今でも忘れられない。
そして、彼女の元へ駆け寄った、その幼馴染の男の顔も。
ボクは彼を助けたかった。
だけど今のボクじゃ、彼を助けられない。
だから、変わろうと決心した。
彼を助けるために。
彼の傍にいるために。
高校に入る直前、ボクはお姉ちゃんにお願いした。
可愛らしい、彼にふさわしい女の子になるために。
可愛くなるために眼鏡からコンタクトに変え、髪型もおさげをやめて、お姉ちゃんのお薦めでショートボブにした。
俯きがちだった視線も、顔を上げるようにし、オシャレだって勉強した。
彼に振り向いてもらうために。
だけど、彼に話し掛ける勇気だけは、結局卒業まで変わることができなかった。
でも、まだ終わりじゃない。
だって、ボクも春から彼と同じ高校に通うことが決まっていたんだから。
……実は、ボクは保健の先生に協力してもらって、彼の志望校を教えてもらっていて、同じ高校を選んだんだけど。
さすがにあの時は、先生に苦笑いされちゃった。
ボクは期待を膨らませ、高校へ向かう。
ひょっとしたら、同じクラスになれるかな?
だけど、その期待は裏切られ、彼と同じクラスになれなかった。
しかも、あの幼馴染二人は彼と同じクラス。
ううん、まだ高校生活が始まったばかり。
絶対に諦めるもんか。
一年の時は、がんばった甲斐もあって、男の子達から声を掛けられ、何人かからは告白されたりもした。
といっても、そもそも凛くん以外の男の子に興味はないから、全部断ったけど。
そして、同じクラスになった花崎奏音って親友もできた。
彼女はかの有名な花崎グループのお嬢様だったんだけど、意外と普通で、ボクと気が合った。
一年の秋、奏音から彼の幼馴染、如月遼が好きだと告げられ、協力を求められた。
ボクは反対した。
だって、如月遼という男は、海野皐月と付き合ってるし、何よりも彼を信用できない。
だけど、必死で懇願する彼女に負け、ボクはあくまでその彼に告白できるようにするための道筋だけ協力する、ということで納得してもらった。
それと、打算もあった。
如月遼に奏音と一緒に近づけば、ボクもそれだけ彼に近づける。
接点のないボクにとって、それはありがたかった。
そして、奏音と一緒に、彼のいるクラスに行くんだけど……。
「いやー悪いね。遼は今用事があって、ちょっと話する余裕はないかな?」
「ちょっと! どうしてなのさ! 今普通に彼女と話してるじゃん!」
「だーかーらー! 忙しいんだって!」
「納得いかない!」
なぜかボクは凛くんと言い争っていた。
彼は、奏音が如月くんに気があることを察して、接触させないように邪魔してくるのだ。
そんなところで優しさ発揮しないでよ……。
それに、彼には凛くんに守ってもらう価値なんてない。
だから、余計に悔しくて、ボクは奏音と彼のクラスに行く度に凛くんと言い争っていた。
奏音そっちのけで。
だけど、そんな彼が、その日は様子が違っていた。
いつもだったら奏音が如月くんに話し掛けようとすると邪魔をしてくるのに、その日に限って机に座ったままこちらをぼーっと眺めているのだ。
ボクは気になり、凛くんの元に近づく。
「いつも奏音が来ると邪魔しに来るのに、今日は珍しいね」
そんな軽口を叩いて立花くんの顔を見る。
すると、彼は疲れた顔で、目の下には隈ができていた。
「ていうか立花くん、目の下の隈がすごいよ!? 大丈夫なの!?」
「ああ、うん……まあ、大丈夫、かな……」
嘘だ。
絶対大丈夫じゃない。
だけど、ボクはその時、理由を聞けなかった。
「そう……あんまり無理しちゃ駄目だよ?」
「……うっす」
すごく気になって、すごく心配で、だけど、その日はこのまま自分の教室に戻った。
だけど次の日、ボクは後悔した。
だって、彼が明らかに昨日より憔悴しきっていたから。
絶対に何かあったんだ。
なぜか如月くんが休んでいたので、奏音が事情を聞こうと凛くんに話し掛けても、凛くんは投げやりに返事するだけ。
こんな彼は初めてだ。
だから、ボクは激昂しそうになった奏音を止めて教室に返すと、彼に尋ねた。
「立花くん……何かあったの?」
「………………………………」
「昨日から様子がおかしいよ? ……その、ボクじゃ頼りないかもしれないけど、話くらい聞けるから……」
その時、間の悪いことにチャイムが鳴ってしまい、教室に戻らなきゃいけなくなった。
「……また、昼休みに来るね?」
そう告げて渋々教室に戻るけど、凛くんが気になって授業も頭に入ってこない。
授業の合間の短い休み時間にも教室を覗きに行くけど、やっぱり彼はうなだれたままだった。
そして昼休み。
チャイムが鳴るとすぐにダッシュして彼のいる教室に向かう。
いた。
「立花くん、一緒にご飯食べよ?」
もう恥ずかしいとか言ってる場合じゃない。
ボクがそう誘うと、困ったような表情になったけど、席から立ち上がった。
「はあ……分かったよ」
そう言って、凛くんはカバンからコンビニの袋を取り出した。
よかった、付き合ってくれるみたい。
私は屋上へ行くための踊り場を提案し、そこへ向かうことにした。
途中、朝の件について凛くんが謝ってくれた。
本当に凛くんは……そんなとこ、また好きになっちゃうよ。
踊り場に着き、急いで昼食を済ませる。
だけど、ほんの少しわけてあげたボクのお弁当を、あんなに褒めるなんて反則だよ……。
そして、私は本題に入る。
「……立花くん、話してくれる?」
凛くんは何があったのか、全部話してくれた。
そしてそれを聞き終わった後、ボクの中にあったのは怒りだけだった。
「なんで……なんで立花くんがそんなことで悩まなきゃいけないの!? なんで立花くんがそんな思いしなきゃいけないの!? みんな最低だよ!」
ボクは我慢できず、あの女も、あの男も、男の姉も全て許せなかった。
なんで凛くんがこんな思いしなきゃいけないの?
全部、全部全部アイツ等が悪いんじゃないか!
なのに、凛くんはあの男をかばった。
そうなると、悔しいけど凛くんの手前これ以上は言えない。
だけど、凛くんを助けてあげたい。
だから、凛くんにどうしたいか尋ねると、彼はあの男を立ち直らせたい、そして、あの女を痛い目に遭わせたい、とのことだった。
だったら。
ボクは彼に提案した。
「うん。あのね……立花くんが、如月くんの代わりに仕返ししたらどうかな?」




