幸福
「ふああ……美味しそう!」
俺がパフェをテーブルに置くと、桜さんは目を輝かせた。
そしてスプーンを手に取り、生クリームをすくうと、口へと運んだ。
「はむ……ん……はあ、美味しいよお……」
うん、桜さんの顔、ゆるっゆるだな。
俺は自分用に淹れたコーヒーをテーブルの向かいに置き、そのまま俺も席に座った。
コーヒーカップに砂糖を大量に投下し、ガチャガチャかき混ぜると、口に含む。うん、美味い。
特に、こうやって桜さんの幸せそうな顔を眺めながら飲むコーヒーは最高だ。
「もぐもぐ……あーっ! ボクの顔見ながらニヨニヨしてるー!」
「当然」
「当然じゃないよ、もう……だったらお返しに、凛くんの顔ずっと眺めてやるんだから!」
「えーと、桜さん? その、照れるからヤメテ」
「ダーメ」
くう、照れる……!
「ハア……二人とも、店内でイチャイチャしない」
先輩が溜息をつきながらたしなめる。
「ハハ、まあいいじゃない。なんつっても、やっとコイツに春が来たんだからな」
「そ、そうですね! その、私も……(ゴニョゴニョ)」
何先輩のこの扱いの違い。
あと、語尾に不穏な言葉が聞こえたような気がしたけど、気のせいだろう。だよね?
ちなみに、クズは学校中から総スカンを食らい、完全に孤立した。
クラスでも白い目で見られ、サッカー部でもハブられてるらしい。ざまぁ。
まあ、それでも学校に登校し続ける勇気は買うけど。
なお、あのクズと別れたことによって、中原先輩への告白イベが後を絶たないらしい。
いや、そりゃこれだけ綺麗な人がフリーになったら、男どもが飛びつく気持ちは分かるが。
でも、先輩は全て断っていて、轟沈した奴に聞いてみたら、「他に好きな人がいる」って言ったらしい。誰だろそれ。
え? 大輔兄? ナイナイ。
「それで、その、凛太郎の幼馴染二人は、まだ学校には来てないのか?」
「ああ、うん……」
俺が桜さんと結ばれたあの日以降、遼だけでなく皐月も学校に来なくなった。
以前の俺だったら、二人が心配でRINEの一つや二つ送るところだが、あんなことがあって以来、こちらから接触したりしていない。
そういえば、近所で一度だけゆず姉を見かけたが、向こうもこちらに気づいた途端、気まずそうに立ち去って行ったな。
所詮、俺達の関係はその程度だったってことなのかな。
もちろん、俺だって十年以上の付き合いなんだ。
寂しいというか、切ないというか、複雑な感情が今も心の中にあって、まだもやもやしていたりする。
だけど。
「ああ! 凛くんまた余計なこと考えてたでしょ!」
「はは、ごめんごめん」
そうだ、あの日から、俺には桜さんがいる。
皐月の浮気を知ってから、ずっと俺の傍で励ましてくれて、俺のために怒ってくれて、そして、抱えてた闇ごと俺の心を包んでくれて……。
俺、桜さんに出逢えて本当によかった。
「……なあに凛くん、ボクの顔ジロジロ見て。さては……ボクのパフェ狙ってる?」
そう言うと、桜さんは器を隠すように抱え込んだ。
「うーん、そうかも?」
「! ダ、ダメ! ……だけど、一口だけだったら、いいよ?」
お、まさかのお許しがでたぞ。
「じゃあ一口だけでいいから」
「しょうがないなあ……あ! た、ただし、条件があるからね!」
? 桜さん、何かよからぬこと思いついたな?
「その……ボ、ボクが食べさせるんだったら……いいよ?」
…………………………グハッ!
なにその上目遣い。
なにそのおずおずとスプーンを差し出すしぐさ。
しかも、耳まで赤くなってるんですけど。
こんなの……こんなの、ただのご褒美じゃないか!
「ぜ、ぜひ! ぜひお願いします!」
「ふあ!?」
え? なんで驚くの?
ええい、桜さんが心変わりする前に!
パクッ!
「あっ!」
モグモグ、ふむふむ……うん、自分で作った割には良くできてる……って、まあ俺がしたのって、大輔兄が用意した生クリームとか果物とかを盛り付けただけなんだけどね。
「む、むうう」
おや? 桜さんは思いのほかご立腹の様子。
「ええと……桜さん?」
「もう! 勝手に食べないで! 私が“アーン”って合図してからじゃないと食べちゃダメなんだよ!」
怒られてしまった。
だけど、そんな怒る桜さんも可愛くて、嬉しくて、どうしても顔がほころんでしまう。
「も、もう……はい、“アーン”」
桜さんがそっと差し出すスプーンに、俺は顔を近づけた。
「あむ」
モグモグ……うん、美味い。(二回目)
「どう? 美味しい?」
「うん、美味いよ」
「えへへ……知ってた? 間接キスだよ」
知ってたけども。さすがの俺でも、中学生じゃないんだから、それは言わなかったんだけれども。
いや、もちろん嬉しいんだけれども。
「凛くん」
「ん?」
「えへへ……ボク、幸せだよ?」
「いや、俺の方が幸せだね」
「違うよ! ボクのほうが幸せだよ!」
「俺だ!」
「ボクだ!」
ああ……幸せだ。
「……あ、本当に幸せそうな顔して……もう」
「桜さんこそ」
「凛くん」
「なに?」
「えへへ……だーい好き!」




