逢引
というわけで日曜日。
俺は桜さんの家の最寄駅の改札で彼女を待つ。
だが。
「早過ぎたかな……」
どうやらまた俺はやらかしたみたいだ。
初めての朝通学の時に懲りたはずなのに、今日もまた一時間前に来てしまった。
いやだって、楽しみなんだからしょうがないよね!?
それにアレだよ? 有名なネズミとかアヒルとかクマとかいるあのテーマパークに、桜さんと二人っきりで遊びに行くんだよ?
もうこれ、デートだよ!
そりゃ寝られなくて早めに家出るわ!
ふう……一旦落ち着こう。
ま、まあ朝通学の時も、桜さん俺と同じくらいの時間に来たからな。
待たせるのよくないし。ウンウン。
…………………………。
……………………。
………………。
…………。
……。
(一時間経過)
あ、あれ? まだ来ない……。
も、もう待ち合わせ時間、だよ、な?
え? ひょっとして待ち合わせの時間、間違えた……?
い、いや!? それより桜さんに何かあった!?
ど、どうする!?
連絡してみるか!?
「おーい!」
あ! 桜さんだ! よかった!
桜さんが手を振りながらこちらへ駆け寄ってきた。
「ハア、ハア……お、お待たせ……!」
「い、いや、俺も今来たとこ」
「嘘つき。凛くんが時間通りに来るわけないじゃん。また今日も早く来てたんでしょ?」
バレてた。
ていうか、少し感想を述べてもいいですか?
なに!? なんなの!? 桜さんカワイ過ぎるんだけど!?
白のゆったりブラウスにデニムのホットパンツ、少しヒールのある黒のレースアップサンダル、アクセントに桜さんのイメージカラー(俺認定)である淡いピンクのショルダーバッグのコーデだ!(かなり興奮気味)
それに、うっすら化粧をしていて、その口唇は艶やかなピンク色をしていた。
「あ、そ、その……似合っててすごくカワイイよ……」
あああああ! 頭の中ではあんなにスラスラと浮かんだのにい!
「ホ、ホント……?」
桜さんが上目遣いにおずおずと尋ねる。
その仕草だけで悶絶しそうです。
「う、うん! その、いつもカワイイけど、今日は、その、特別カワイイ……」
「あうう……ア、アリガト……」
い、いかん、気まずい……。
と、とにかく話題を変えよう!
「そそそういえば、待ち合わせ時間通りなんだけど、桜さんにしてはギリギリ到着だったね」
「…………服、選んでたの……」
桜さんは俯きながら、指をせわしなく絡める。
それってひょっとして……?
「お、俺のため……?」
彼女は無言で頷いた。
ほ、本当に? 夢……じゃないよな?
「あ、ありがとう……すごく嬉しい……」
「うん……」
ダメだ、照れくさくて嬉しくて、桜さんの顔がまともに見れない。
「そ、そろそろ……行こうか」
「うん……」
俺達は改札をくぐり、テーマパークへ向かう電車に乗り込んだ。
◇
「ふああ……!」
桜さんが感嘆の溜息を漏らす。
目的の駅に到着し、電車を降りてすぐに俺達の目に飛び込んだのは、まさに俺達が行くテーマパークだった。
「凛くん凛くん! す、すごいね! 早く行こ!」
うん、はしゃぐ桜さん、超カワイイ。
「うん、行こう!」
そう言うと、俺は勇気を振り絞って桜さんに右手を差し出す。
「あ……」
「そ、その! 人が多いし、は、はぐれるといけないから……」
すると桜さんは、おそるおそる手を伸ばし、そして……え? 恋人つなぎ!?
「ほ、ほら! こ、このほうが手が外れないし……」
「う、うん……」
俺は嬉しくて、お返しとばかりにその手を強く握った。
「さ、行こ!」
「ん……うん!」
俺達は入口のゲートで先輩からもらったチケットを取り出し、ゲートをくぐる。
本当に別世界に来た気分だな。
こんなの、デートで来たら彼女喜ぶに決まってんじゃん。
とりあえず、隣で感動して夢の世界に浸ってる桜さんを現実に引き戻すか。
「それで桜さん、どれから行く?」
「…………は!? う、うん、それはもちろんトレインマウンテンだよ!」
「へえー、えっと……あ、あの山か」
山を走るジェットコースターか。
「よし、じゃあ行こう!」
「うん! 行こう行こう!」
俺達は目的のアトラクションへ向かって走り出す。
だけど。
「う、うわあ、すごい列……」
「そ、そうだった、ちゃんとファストパス取っとかないといけないんだった……」
俺達はスマホを取り出し、慌ててチケットをスキャンする。
よし、取り込んだ。
ええと……トレインマウンテンは、と。
うーん、十三時まで一杯か……。
「じゃ、じゃあさ、あの洞窟の中に入っていく乗り物に乗ろうよ!」
「お、そうだな。あれは……うん、ファストパスがないってことは、そんなに並ばないのかな。とにかく行ってみよう」
俺達は目星のアトラクションに向かうと、うん、ここは比較的空いてる。
「よし、じゃあここにしよう」
「ん~~! ワクワクするね!」
「おう!」
列は少しずつ進み、いよいよ俺達の番になった。
「さあ、どんなアトラクションかな?」
「えーと……洞窟の中の景色を眺めながら進んでいくみたい」
「ってことは、絶叫系じゃないのか」
「そうみたいだね」
うーん、絶叫系にも乗りたいが、変な声を上げてカッコ悪いところも見せたくないし……悩む。
なんて考えてると。
「お、動き出した」
「アハハ、出発シンコー!」
桜さんの掛け声とともに、トロッコ風の乗り物は洞窟の中をゆっくり進む。
すると、ドワーフ? の生活の様子がうかがえるようになっていた。
「ふああ……!」
うん、桜さんはご満悦みたいだ。そして、そんな桜さんを眺める俺もご満悦。
しばらく眺めていると、線路の先に明かりが見える。どうやら出口みたいだ。
そして、その出口をくぐると……。
ガタン!
「おわっ!?」
「ふあ!」
乗り物が真っ逆さまに落ちていく。
「おわあああああああああああ!?」
「キャアアアアアアアアアアア!?」
俺達は絶叫とともに滝つぼみたいなところに着水した。
「ありがとうございましたー」
アトラクションのスタッフさんが、固定しているバーを上げる。
「びっくりした……」
「ねー……」
「だけど!」
「楽しかった!」
俺達は大声で笑い合った。
◇
「ふああ……楽しかった……」
あれからたくさんのアトラクションに行き、そして楽しんだ。
うん、両手の指の数くらいは行ったんじゃないかな。
そして夕方、もうすぐこのテーマパークの名物、パレードが始まろうとしている。
俺達は今、ベンチに腰かけてそのパレードの開始を待っていた。
「……凛くん、今日は楽しかったね」
「……うん」
俺達は、目の前の景色をぼんやりと眺める。
「ねえ……聞いていい?」
「ん? 何を?」
「明日……凛くんの幼馴染、海野さんもつらい思いをすることになると思うけど、凛くんはいいの……?」
桜さんが心配するような表情で俺の顔を覗き込む。
「ああ、もちろん構わない。もう心の準備はできてる」
「そっか……」
そう言うと、桜さんは俯いてしまった。
しばらく沈黙が続いた後、俺は決意を込めて言葉を紡ぐ。
「……ねえ、桜さん。ちょっとだけ昔話に、付き合ってくれる?」