遭遇
昼休みも終わり、教室に戻った俺は、大変な目に遭った。
五時間目が終わり休み時間になった途端、男連中からは桜さんとのことを根掘り葉掘り聞かれ、そして……。
「凛太郎ったらなんなの? 遼とも連絡が取れない状態で、コッチは心配してるっていうのに、呑気なものね。同じ幼馴染とは思えない」
皐月の奴、そんな皮肉を吐きに来やがった。
ブーメランだぞ、それ。
ま、無視だ無視。
とにかく、そんな教室にいたくなかった俺は、放課後になったらすぐに桜さんのクラスに向かった。
入口から教室を覗くと、あ、いたいた。
教室に入ろうとした瞬間、桜さんが俺に気づいて笑顔で手を振る。
「おーい、凛くん!」
ちょ!? ここでも!?
やっぱり男子達は目を見開き、血の涙を流しそうな程口惜しそうに俺を睨んだ。
お、俺は知らんぞ。
「えへへ、ちょっと待ってね。帰る準備するから」
……カワイイからなんでもいいんだけど。
「はあ……随分仲良くなったんですね」
「や、やあ、花崎さん」
「ま、桜も嬉しそうだし、いいんですけど」
そう言うと、花崎さんは少し苦笑した。
「お待たせ! じゃあ行こ? 奏音、また明日!」
「ええ、ごきげんよう」
ということで、俺達は教室を出た訳だが。
「とりあえず、サッカー部の部活が終わるまで結構時間があるけど、どうする?」
「そうだねー……って、そういえばバイトは大丈夫なの?」
「ん? ああ、大輔兄には昨日のうちに断っておいたよ」
「そ、そう? その……大丈夫? やめさせられたりとか……」
桜さんが心配そうな表情で俺を見る。
こういうところだよね。自分では優しくないなんて言ってるけど、絶対優しいよ。
とりあえず、桜さんを安心させよう。
「え? そんなことある訳ないじゃん。一応、こう見えても勤務態度は悪くないし、そもそも親戚の店だし、何と言っても客が少ない」
少しおどけて彼女にそう告げると、ホッとしたのか、安堵の表情を浮かべた。
「そうだ。どうせあと二、三時間は部活終わらないだろうから、喫茶店に行ってみる?」
「ええ!? 休ませてもらってるのに行ったりしたら、サボってるって怒られたりしない?」
「ないない。行こう?」
「そ、それなら……」
てことで、二人で大輔兄の喫茶店に向かった。
◇
「いやあ、よく来てくれたね! さあ、好きな席に座って!」
店に入るなり、大輔兄が開口一番、全力で桜さんを歓迎した。
今日は絶対に、大輔兄からのセクハラを防ぐぞ! 桜さんを護るんだ!
俺がフンス! と意気込んでいると、大輔兄が特大パフェとコーヒーを持ってきてくれた。
相変わらず桜さんは「ふああ……!」と感動の溜息をもらしている。
俺はそんな桜さんを、ただニヨニヨと眺めてる。はあ、シアワセ。
「はは、ごゆっくり」
そう言って、大輔兄はカウンターに戻るかと思いきや、
「(頑張れよ)」
と、ボソリ、と俺の耳元で呟いた。
チクショウ、そんなこと分かってるよ。
凡人の俺は、何倍も努力しないと桜さんには振り向いてもらえないことくらい。
「ホント、美味しいね♪」
桜さんはゴキゲンな表情でパクパクとパフェを口に運ぶ。
「うん、桜さんが幸せそうで、俺も嬉しいよ」
「ふあ!? も、もう……凛くんどうしたの?」
「あはは」
「むう……」
少しむくれた桜さんだけど、スプーンの手は休めないんだ。
「……中原先輩にひどいことしちゃうね」
俺はポツリ、とそう呟いた。
桜さんもカタ、とスプーンを置く。
「……うん。だけど、昨日も言ったけど、知らないままでいることが幸せなんかじゃないよ。知ってるのに黙ってるほうがもっとひどいよ」
「うん、そうだね……俺もそう思ったから遼に……」
俺は頭を上げ、桜さんを見つめた。
「桜さん、ありがとう。俺は桜さんがいるから、こうやって過ごせるんだ。本当に、感謝してもしきれないよ」
「あ、あうう……そんな表情でそんなこと言うの、反則だよお……」
桜さんが頬を染めながら、口元をもにょもにょとしている。
うん、今回のことが全て終わったら、俺は——桜さんに告白しよう。
◇
「サッカー部の片づけも終わったみたいだね」
「ああ」
俺達は今、校門の前でグラウンドを眺めている。
サッカー部の練習も終わり、一年生の部員達がグラウンド整備をしていた。
もう少しすれば、中原先輩がやって来るだろう。
すると、先に帰り支度を終えた三年生達が部室から出てきた。
その中に——例の大石先輩がいた。
「……反吐が出る」
「だね……」
その大石先輩はほかの部員達から別れると、一人校舎の中へ入って行った。
一体……。
おっと、そんなことより中原先輩だ。
先輩は、と……ああ、まだ後片付けしてた。
まだしばらく掛かりそうだな。
「一年生も部室に引き上げたね」
「うん……って、まずい!? 隠れよう!」
俺は慌てて桜さんの手を引いて、校門の近くにある木の影に隠れた。
「え、ど、どうしたの!?」
「静かに!」
「あ……」
俺は桜さんを引き寄せ、見えないようにしてから息を潜めた。
すると、大石先輩と、あろうことか皐月のバカが仲良く校門をくぐる。
「そういやさあ、ええと、如月だっけ? まだ休んでるんだって?」
「う、うん……RINE送っても返事もなくて……」
「ひょっとしてバレたとか?」
「ちょ!? 冗談でもやめてよ!」
「はは、悪い悪い。だけどなに? 別れる気はないの? だって、満足してないんだろ?」
「そ、それとこれとは別! 私が好きなのは先輩じゃなくて遼なんだから!」
「なのに、今もこうやって俺と一緒にいるんだよなあ。しかも、この後もいつも通り俺の家にしけ込んで、よろしくヤル訳だから」
「……………………」
何コイツ等。
学校の中でも会ってんの? バカなの?
しかも、中原先輩だって学校にいるんだぞ?
そんなことも分かんねーくらいお花畑なの?
ああ、本当に気持ち悪い。
吐きそうだ。
すると、突然桜さんが俺の身体を抱きしめた。
見ると、桜さんはにっこり微笑んだ。まるで、大丈夫だよ、と言わんばかりに。
ああ……桜さんは本当に……。
やがて二人が消えたのを確認すると、俺達は木の陰から出た。
すると突然、ポン、と肩を叩かれた。
「……君達の話って、その……今の件、かな……」
振り返ると、そこには悲痛な表情を浮かべた、中原先輩がいた。