プロローグ その3
「風景も全く変わっていない。どこが別世界なの?」
寧音はそう言って周りを見渡す。そりゃ俺泥の世界も地名以外は現実準拠だからな……だからこそ、地名を出して証明しなければならない。そして俺たちは萌治大学へ向かった。
「嘘……場所も建物も変わらない。なのに明智大学じゃない」
寧音は大学の門の前でそううなだれていた。これで異世界に来たことを信じてくれるだろう。そう俺は思っていた。しかし寧音はこう続ける。
「そんな嘘な!もうわたし帰る!」
「いい加減信じたらどうだ。策士の家からここへ移動するまでの間、ずっと携帯をいじっていたが、誰かと連絡とれたか?取れていないだろ」
「そ、それはこんな早朝だからだよ。後2~3時間立ったら通知のラッシュが届くよ」
「ならダメもとで自宅へ帰ってみれば?」
「い、言われなくてもそうするわよ」
「もし、本当に別世界に来た場合に備えて、連絡先を交換しない?」
「そうじゃなかったら即ブロックするけど、ね、念のためだからね。後あなたの名前は?そういえば聞きそびれていたけど」
「連絡先いいの?ありがとう。俺の名前は周防瑜吉。旧国名の周防に福沢諭吉の諭吉。ただし言偏じゃなくて王の字だよ」
そうして俺たちはいったん別れた。俺は交換したチャットを見ながらこれからどうしようかを考えた。とにかく寝たいが、策士の家は散らかっているし、異臭がする。寝るにしたら最悪のコンディションだ。何より押し入れには昭子がいる。昭子が目覚めた場合の状況を鑑みると俺がいないほうが良いのだろう。俺は策士にもし寧音が来たらそれとなく対応する旨をチャットで伝えてから漫画喫茶へ向かった。
漫画喫茶のマッサージシートを完全に倒して作った自作ベッドの寝心地はよく、先ほどの思考の混沌からまどろみへ変わり眠りへ落ちるのにそんなに時間はかからなかった。腕時計で時間を確認したらもう10時を過ぎている。ドリンクバーで注いだ目覚めのコーヒーを飲みながら、俺は今後どうすべきか考えていた。念のため頬を思いきりつねるが、やはり痛い。俺は改めて召喚が成功したということを実感した。しかし成功したといっても、召喚した人とは現在別行動中。RPGの悪の組織とかだと召喚した強い魔物に召喚後イチャモンをつけられて殺されるというのは多々あるが、召喚したか弱い女の子に堂々と逃げられたら俺はそれ以下ってことになるぞ。そう思索に耽っていたら、いつの間にかコーヒーを飲み干していた。そういえば策士の方はどうなっているのかな。俺はそう思いスマートフォンを確認する。すると寧音からの不在着信が10件もあった。策士のチャットを見てみると早く俺の家へ来る旨のメッセージが会った。やはり寧音は逃げなかったか。俺は急いで漫画喫茶を出て、策士の家へ向かった。
30分後ようやく着いた。家の前には策士が立っていた。そして気さくにこう話しかける。「よう瑜吉、目覚めはどうだ?」
「ああ、ばっちりだ、お前こそ、よくあんな臭い中で眠れたな」
「当たり前だろ。フグが自分の毒で死ぬか?」
「まあ、それもそうだよな。ところで昭子の方はどうだ?」
「まあ、うまくいっている」
「と言うと?」
「俺が召喚した時、昭子はゾンビに囲まれて万事休すな状況だったのだよ。それで気が付いたらゾンビのいない平和な世界にいるのだからな。だから俺のことは命の恩人、白馬の王子様ってことになっている」
「ゾンビに囲まれるね…どんな気分なんだろ」
「さあな、でもおしっこ漏らして失神していたらしいし、相当怖いのじゃない?」
「漏らしていたって、お前よくそれでさっき抱っこしたな」
「俺も気づかなかった、てっきり汗だと思っていたし」
「てことは今ノーパンか?」
「ノーパン」
「うひょう!燃えてきたぜ!」
「何が燃えるのだよ。それはさておき、寧音はどうするんだ?」
「てっきり忘れていた。寧音は今どこにいるの?」
「俺の部屋だ。召喚した目的次第では警察に誘拐で突き出すとか言っているぞ」
「マジか。考えていなかったな。その手の召喚ものは呼んだ時点で勝利確定ってものだと思っていたし」
「明らかな異世界の場合はそれでよいのかもしれないが、そういうわけじゃないからな。寧音からしてみればラノベの異世界召喚というより、世にも奇妙な物語の平行世界へ迷い込んだ系の話って感覚だろ」
「まあ、何とか説得してみるわ」
「健闘を祈る」
そうして俺は策士の部屋へ入った。部屋には寧音が一人佇んでいた。
「家に行って見ても鍵が開かないし、路線の名前も地名も全然違う。チャットを見ても10時をゆうに過ぎているのに誰からも返信が来ない。確かに異世界に来たのは分かったわ」
「やっと分かってくれたか」
「でもね、何でわたしを召喚したの?」
やはり聞かれたか。これで素直にセックスしたいから呼んだなんて答えた日にはいくら何でも殺される。デリヘル呼んどけって話だ。しかしどう答えるべきなのか……俺は考えを巡らせた結果こう答えた。
「手違いで呼んでしまった。すまない」
「手違いって……も、元の世界に戻る方法とかないの?」
「残念だが、まだ分からない。すまない」
「いいわ。ならわたしが元の世界に戻れるまでの間、あなたの部屋を使わせてよ。いやよ、こんな廃墟みたいとこに住むのは」
「廃墟って……確かに策士の部屋は汚いが、廃墟は言い過ぎだ。まあ、俺の部屋の方が綺麗なのは確かだが」
「これより汚い部屋ってのは想像つかないわ。」
「呼んでしまった責任は俺にあるから構わないよ。住所不定ってのは大変だし」
こうして俺たちは策士の部屋を出る。家の外に出ると策士が退屈そうに立っていた。
「よう瑜吉、上手くいったか?」
「まあ、何とか。そういえば昭子はどこにいるのだ?部屋にいると思ったがいなかったぞ」
「昭子か?久しぶりに風呂に入りたいとか言って銭湯に行ったぞ」
「確かにサバイバル生活長かったからな……シャワーも浴びていないと言っていたな」
「衛生状態半端なく悪いな。エロ同人とかだと何も気にせずに犯したりしているのだが」
「実際にやったら臭いでそれどころじゃなさそう」
「ところでパンツは買いに行かなくていいの?いくら春でもずっとノーパンはきついでしょ」
「それは金を渡して自分で行かせるのが得策でしょ。流石の俺も下着の好みまでは分からないし、店員に変態扱いされそう」
「まあ、それもそうだな。久しぶりの買い物がパンツってのもどうかと思うが」
「女子は買い物好きって聞くし、たとえそれがパンツでも喜びそうな気がするが」
「それがどうなったのかは後で聞かせてくれ」
「了解」
「それで部屋は片づけなくてよいのか?ここで居候させるにしても、悪臭が漂うしせめてゴミだけでも片づけた方がよい」
「それもそうだな。とても女の子が生きていけるような生活環境じゃないし、昭子が帰ってくるまでにある程度は片づけておくよ」
「それが賢明だな」
「瑜吉、早く行こう」
「それもそうだな。策士、じゃあ、また後で」
そういって俺たちは策士と別れた。寧音は間違えて召喚した体にしてほしいという旨は後でこっそりチャットで送った。
萌大前から電車に乗り、俺は家へ帰った。家に女の子を連れてくるのはこれが初めてだ。しかも、美少女でエッチとまあ文句なしだ。部屋はまあ、綺麗な方だと思う。少なくとも策士の部屋よりかは。マンションの鍵を開けて俺は寧音を家へ上げた。
「さあ、寧音。上がって」
「ここが、瑜吉の家……意外と綺麗だね」
「そんなことないよ。さっきのが酷かっただけ」
「荷物は適当なところにおいてくれ」
「分かった」
「それで問題は……ベッドだな。女の子を床で寝かせるわけにはいかないから、俺は床で寝るよ。ベッドは寧音が使ってくれ」
「出た。童貞特有のフェミニズム」
「お、俺は童貞じゃないぞ!中一のとき多目的トイレで捨てたわ」
「この慌て方。やっぱり童貞じゃん。それに童貞かなんて目を見ればすぐに分かるわ」
「目を見たら分かるってサキュバスかよ」
「サキュバス見たいってセフレによく言われた」
「やはりな」
「ところでソファーはないの?ベッドはいいとして流石に床は辛い」
「残念ながらソファーはないんだよ」
「うぅ……」
「二人で寝る?ワンチャン入りそうだし」
「それが賢明かも」
俺はベッドに入った。端で壁に寄り掛かるようにして寝る。続いて寧音が入る。狭いが何とか二人分入った。
「まあ、二人入るしこれで問題ないわ」
「でも狭いな。今度ソファー買ってくるわ」
「こうやって密着しているとムラムラして来ない?」
「そりゃ普通の神経を持った男子ならするでしょ」
「ねえ、エッチしない?」
「勿論!ただしお互いにシャワー浴びてからね」
こうして4月4日の昼、俺は童貞を捨てた。後で聞いた話だが同じくらいの時間に策士も昭子とヤッていたらしい。俺は新年度早々に起きた奇妙奇天烈な出来事にまだ頭がついてこなかった。しかし、この出来事は単なる波乱の幕開けに過ぎなかった……




