ドワーフ-01
洞窟の中に岩を砕く音が響いている。
どこまでも続く通路は複雑に入り組み、真っ暗で先を見通すことが出来ない。
初めて訪れた人ならば、例え光源を持っていても迷って二度と出てこれないだろう。
そんな暗闇の中に一つの明かりが灯っていた。
闇を照らすのは足元に置いたランタンの火。
その傍らで一人の男がピッケルを振るい、壁を削っていた。
彼はドワーフという種族だ。
男の身長は百四十センチメートルほど、仲間内ではやや背が高い部類に当たる。
長く蓄えられた顎髭が印象的だが、それ以上に目から頬にかけての大きな傷痕が目立った。
彼は壁から剥がれ落ちた石を拾うとそれを凝視した後、そばに置いてあった袋の中に投げ込んだ。
「ここいらじゃ、こんな石ころくらいしか出ねぇか。」
そういうと洞窟の奥、光の届かない先を睨み付けた。
何一つ見えない中で微かな地鳴りが聞こえたような気がする。
男は一頻り睨んだ後、持っていた水筒を浴びるように口にした。
その後、ピッケルやランタン、鉱物を入れた袋、最後に壁に立て掛けてあった古びた剣を纏めると洞窟の入り口へと向かいその場を後にした。
「よう、ドランク。戦果はどうだったよ?」
露店の前を通りかかった時、顔見知りに声をかけられた。
わかりきったことを聞いてくる知り合いの問いに答えるのも億劫だと思った彼は手持ちの袋を軽く持ち上げて見せた。
「ハハハハッ、まるで萎びた○ンタマみてぇだな!!酒なんか飲みながら仕事してるから掘る場所間違えたんじゃないのか?」
「仕事をしねぇで朝から飲んだくれてる奴に言われたかぁねぇな。」
「そんな言い方はねぇだろ?俺だって鉱石さえ採れればだなぁ〜。」
こいつの言いたい事もわかる。
この街は隣接する鉱山を開拓しながら作られた歴史を持つ。
豊富な鉱石や魔石に恵まれ、ドワーフ族持ち前の器用さや技術力で鉄鋼業においては他国にも負けない有数の貿易都市と成長してきた。
しかし、それも一年前までの話。
都市の要である鉱物資源の産出が急激に落ちたことに起因する。
事態を重く見た都市の政府は更に鉱山の地中深くへと炭鉱の掘削を進めるように計画を練るが、そこで新たな問題が浮上した。
モンスターの出現だ。
炭鉱の延長で掘り進めた先で炭鉱夫達がモンスターに襲われたのだ。
ドワーフは肉体的に屈強ではあるものの戦闘とは無縁の人達であったことと、網の目のように張り巡らされた炭鉱の長さにより、計画に参加したドワーフ達は皆帰らぬ人となってしまった。たった一人を除いて。
幸いと言っていいのかわからないが、そのモンスターは洞窟の深層よりも上に出てこない。
この街がなんとか動いていられるのはそのおかげなのだ。
だが水を搾った雑巾から更に水を搾ろうにも限度があろう。
既に生活に困窮する者も出始めている。
街の外周部には今までなかったスラム街も出来た。
そういった人達への配給もされてはいるが徐々に質だけでなく量の低下が見られるようになってきた。
時は一刻を争う事態だ。
「同盟国は助けちゃくれねぇのか?」
「ダメだね。救援を送りたいって国もあるそうだが、敵国同士の利権争いで牽制してるらしくてよ。話が全く進まねぇんだとよ。」
「冒険者組合は?」
「あいつらは金がないと動かないだろ。今のこの国じゃ、大討伐クラスの依頼料や報酬は出せねぇよ。」
「…。」
「湿気った話はやめだやめ、酒が不味くなる。おいドランク、お前も一杯、…っておい、どこ行くんだよ?」
「野暮用が出来た。酒は程々にしろよ。」
そう言ってドランクは露店を後にした。
上半身は背筋を丸め、姿勢はやや前傾。
下半身は腰を落とし、両脚は肩幅より少し広め、膝を若干曲げる。
肩付け、頰付けはしっかりと固定。
肘は落とし、脇を閉め、添える手は力み過ぎない。
そしてトリガーを引く。
森の中に火薬による炸裂音が響いた。
消音器を付けて射撃音を抑えてはいるのだが、亜音速を超えた弾丸ではその効果も完全ではない。
音に慣れない射手への対策。
当たり前だが日本は銃の所持が禁止されている。外国であっても大多数の一般市民は銃とは無縁の生活を送っている。
いくら競技用のスターターピストルの音には慣れていても実銃自体が未経験なのだ。
音の大きさや衝撃もさることながら、手に伝わる重みがあった。
「菖ちゃん、無理について来なくても良かったのよ?外はわからないことだらけだし、狩猟は危険よ?」
「いえ、私だけ屋敷に居るのも心苦しいので。」
「んもう、菖ちゃんはいい子ね!合法的に銃が撃てるってはしゃいでるおバカや、一日中だらけてる雇主に爪の垢を煎じて呑ませてやりたいくらいだわ!」
「はははっ…。」
「さて、そろそろ帰りましょうか。日が暮れたからの森は危ないからね。」
「委員長さんはそのままでいいんですか?」
「良い薬よ!まぁ、あの子は目を持ってるから大丈夫よ。」
この日は真壁さんと委員長と共に森へ狩猟に来ていた。
食糧調達である。
当初は社さんも一緒だったのだが出発早々に姿が消えていた。つまり、迷子である。
真壁さんは「社さん一人でも大丈夫だろう。」と言い、委員長は「私が探してくる。」と私達と離れたのだ。
真壁さん曰く、「社ちゃんを探すのは本心だけど、実銃を撃ちたくて堪らないって顔してたわね。」だそうだ。
そんなこんなで私達は二人で狩りを始めた。
実際の内容を見ると私への銃の教習がほとんどで、残りは自分達に出来ることの再確認だった。
銃の扱いに関して、私は筋があるとベテランから言った。
ただ私は一匹も狩猟出来ていない。命を奪うということに躊躇いがあるとも言われた。
その横で真壁さんは十匹程のウサギのようなものを仕留めていた。
残りの自分達に出来ることの再確認、コントロールパネルについてだ。
相変わらずログアウトの項目が存在しないのだが、以前の森の中と異なりパネル操作を行ってもエラーの表示が出ない。
これに関してジェニオさんの見解は魔素の影響を受けているのではないかという話だった。
この世界の空気には酸素や二酸化炭素のように魔素という魔法の元素があるらしい。
そしてこの前の森においてはボォガスという獣人が森を構成する核となっていた魔素の結晶《魔晶》を壊したことによる魔素の消失、これが私達に影響しているのではないか?ということだった。
森が大地ごと崩れて浮島のように崩壊していったのも魔素の消失によるところらしい。
委員長さんが私達をスマホに例えて魔素はWi-Fiの電波みたいなものと言ったことがしっくりくる。
魔素があるから装備変換出来るし、アイテム収納が出来るということだ。
現に此処は魔素が安定しているのだろう。真壁さんはコントロールパネルを開くとまた新たに狩ったウサギがデジタルコードのように消えた。
そんなこんなをしているうちに森を抜け、屋敷に辿り立いたのだった。
歯切れの良い時と悪い時で文章が異なり過ぎる。
時間空いたら直そう。