状況把握-2
三者三様のコントロールパネルが空中に浮かんでいる。
真壁さんのは服装に合わせた派手なパネル。
委員長のものは整理整頓と綺麗に纏められたパネル。
私のものは初期のスタンダードなパネルだ。
本来、プレイヤー同士で他人のパネルは見えないそうだが、グループとして登録されているので見えているらしい。
その互いのパネルを上から下まで隈なく目を通していく。
まず真壁さんのパネルだが、とにかく彩度が濃かった。
次に目に映ったのは真壁さんの全身の形をしたマークだ。
頭、身体、下半身、左右の手足と何箇所か区切られているようだったが、それらの横に書かれている数値が私のものの倍以上の開きがあった。
私の視線に気付いたのだろう。真壁さんはコントロールパネルを弄りながら、私の疑問に答えてくれた。
その数値は装甲値と言われて、ゲームでいうHPに当たるそうだ。
他にもEP、文字通りエネルギーポイントというのもあるらしい。
何度か自分のコントロールパネルを触っていた後、「ダメね。」と、手を振った。
順番から委員長のパネルに移った。
色合いは落ち着いたものになっていた。
どうやらパネルの配置は変えられるらしく、自分の使いやすい様に並べ替えられていた。
委員長のコントロールパネルにも委員長の形を模したマークがあった。
装甲値は真壁さんの三分の一程度で、部位によっては私の方が高かった。
それに比べてEPの値が真壁さんの倍以上で、二人が真逆になってるらしかった。
時折ぶつかるのもそのせいだろうか?
そして最後に私の番になった。
とは言っても初期状態で何も触ってないようなコントロールパネルである。
見るべきところは自然と限られ、私の人型のマーク、そして装備品に話が移った。
「何ですか、この防御一辺倒のカスタマイズは?特にこの電磁装甲‼︎連続起動出来ない上にEP保有量が足りずに、一回使ったら身体を動かすエネルギーもカツカツじゃないですか⁉︎これならオプションを外して素の機動力上げた方が生存能力が上がりますよ‼︎」
「うっさいわね‼︎初心者はこれでいいのよ‼︎誰も彼もがランカーみたいに射線読んで弾頭回避なんて芸当出来るわけないでしょ‼︎社がイレギュラーなだけよ‼︎恋は盲目じゃないわよ‼︎いい加減めを覚ましなさい‼︎相手をダメにするダメ人間になっちゃうわよ‼︎」
また二人がぶつかり出したので気が進まないが話を進める様に促すしかなさそうだ。
「あの、それで何かわかったんですか?」
じゃれ合いから戻った真壁さんは軽く咳払いをした後、自分のコントロールパネルを表示して話し出した。
「そうねぇ…。まず、コントロールパネルはそれぞれ位置などをカスタマイズ出来るんだけど、その何処にもログアウトの表示がなくなっていることね。私や委員長なら弄ってるから何らかの拍子に消えちゃったってのもあるかもだけど、一切手を加えていない菖ちゃんのコントロールパネルからも消えてるのをみるにただ事じゃないわね。」
「運営に状況を知らせる為のメッセージを送ろうにも、ログアウトの表示からでしかメール出来ません。」と、委員長が補足し、話を続ける。
「他にも武器の換装などの設定を開こうにもエラーの表示が出てどうにもなりません。それに…。」
「それに?何よ、じろじろ見て?」
「気付かないんですか?」
「何によ?」
「やはり、尻の穴を増やしておくべきですね?」
「やめなさいよ‼︎これ以上プリティなお尻に火を付けるなんて‼︎跡が残ったらどうするの⁉︎痛かったんだから‼︎」
その言葉に委員長が押し黙る。
「痛かっ…た…?」
真壁さんは自分の言葉を反芻した。
MMORPG『Cross lords 〜after The world of war〜』。
このゲームで使われているフェイスマウントディスプレイは世界屈指のゲームメーカーが開発に協力して出来上がったものだ。
一見して他のメーカーのフェイスマウントディスプレイと変わらない様に見えるが、全く異なる物と言える。
そう言わしめるのが首に巻くチョーカーの様な機器である。
フェイスマウントディスプレイの製造競争において、ユーザーの脳波を観測し、直接ゲームをコントロールしようという構想は古くから存在した。
それ故に多くの企業の試作品は大きなヘルメットのような形状を模すようになったのだが、その流れから脱したのがこのチョーカー型の機器のおかげだ。
その見た目からプレイヤーがゲームに飼われているみたいだと『首輪付き』などと揶揄されているが、この機器により脊髄から身体に流れる電気信号を余す事なく記録することに成功した。
コントローラーを持たずにゲームを操作出来ると言うことだ。
しかしながら、人からフェイスマウントディスプレイへ信号を送ることが出来ても、フェイスマウントディスプレイから人へ信号を送ることは出来ない。
海外では感覚を疑似的に再現する研究が進んでいるらしいがまだ先の技術であり、まして身体へどんな影響が出るかわからないものを組み込む益がない。
ならば、今の現状はどういうことなのか?
自らの頭に触れる。
そこにはあるはずのフェイスマウントディスプレイはなく、ただ眼鏡の感覚だけが伝わってきた。
「いったいどうなってんのよ〜⁉︎」
真壁さんが頭を掻きむしっていたが、突然、「はっ⁉︎」と、我に返り謝罪をしてきた。
「ごめんなさいね、菖ちゃん。弟さんの為にって来てくれたのに。なんか大変なことに巻き込んじゃったみたいで…。」
「いいえ、謝らないでください。元々は私の方から無理に頼んだことですから。」
そう、今回、初参加である私のエスコートは私の急なわがままから端を発したものだった。
元々、このチーム『zodiac』に所属していたのは私の義理の弟だった。
怪我からの退院後、一通りの落ち着きを得た後に私は初めて義理の弟ととなる勇気と顔を合わせた。
最初はとてもぎこちなかったのをよく覚えている。
私は幼少期から陸上などのスポーツ一辺倒で人との接し方がわからなかった。
一方の勇気も生まれながらの闘病生活で人と接する機会が少なかった故の人見知りであった。
人見知り同士だったからこそぎこちない時間を過ごしたし。
人見知り同士だったからこそ本当の姉弟よりも仲良くなれたと今では思っている。
病室から外に出られない勇気の為に私は様々は写真を撮っては見せた。
そんな私に勇気は自分がやっているゲームの世界の中に存在する幻想的な風景を語ってくれた。
「一緒に見ようよ‼︎」と、いつも誘ってくるのだが、ゲーム未体験ということで気遅れしてしまい「また今度ね。」と、返すのが日課だった。
しかし、その日課も急に終わりを告げた。
勇気の生まれながらにして心臓に難病を抱えていた。
そのドナーが見つかったのだった。
普通だともっと早い時期に見つかり移植手術を行うのだが、勇気の難病はとても高い適合率を必要していること、それ以外だと拒絶反応が出る確率が非常に高いということだったからだ。
今まで重い症状や合併症などに陥ることもなかったのは幸いであった。
その病気を治す手立てがようやく見つかったのであった。
結果だけを見れば、手術は成功した。
細胞の拒絶反応も起こらず、容体も安定している。
ただ意識だけが戻らなかった。
毎日病室に通った。
毎日花瓶に入った花の世話をした。
毎日写真を撮って病室の写真立てに飾った。
殺風景な病室が寂しかったから。
既に一月は経っていた。
そんなある日、視界の隅で緑色の光が点滅しているのに気付いた。
病室にある勇気の唯一の持ち物。
フェイスマウントディスプレイのランプであった。
どうしてもソレが気になった私はぎこちないながらも手に取った。
画面を起動させるとコントロールパネルが表示された。
そして、点滅する表示の先に一通のメールがあった。
私とzodiacを引き合わせたメールだった。
勇気の見ていた世界を見てみたかった。
なぜ今まで勇気が差し出してくれた手を取ることが出来なかったのか。
そんな気持ちが後押ししたのかもしれない。
私は無理を言ってこの世界に足を踏み入れた。
だからこそ謝ることはあっても謝れることはない。
「私の方こそ…」そう言おうとした時、口を人差し指で防がれた。
「それじゃ、お互い様ってことで。この話は終わりね?」
見た目はこんなでもやはり大人であったようだ。
「しっかし、本当にどうなってんのよ、これ〜。もしかして、アレ⁉︎そういう界隈で有名な陰謀論的な話‼︎某A社はオープンワールドゲーム運営と謳いつつAIの開発データを集めてるとか‼︎ゲームメーカーの皮を被って軍事転用可能な技術の開発を請け負ってるとか‼︎知っちゃったら消される案件⁉︎いやぁ〜‼︎」
「何を言ってるんですか、真壁姉。おかしいのはその見た目だけにしてください。」
「冗談よ。冗談。誰もこんな話本気にしちゃいないわよ。官僚が天下り案件を堂々と口にしてたのを立ち聞きしちゃった時の方が楽しかったわ。」
サラッと怖いことを言ったのは無視することにする。
「皆さん、現状から見えて来たことがあります。」
「陰謀論じゃないなら何よ、委員長?」
「それは…。」
「それは?」
「『異世界召喚』です‼︎」
委員長の目はこれでもかというくらいに輝いていた。
委員長は萌えキャラだと思うの