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精錬の鋼鉄英雄  作者: 妖 猫撫で
2/21

プロローグ-2


 その日は空が曇っていて、今にも小雨が降りそうな日だった。

 私は陸上トラックを走っている最中に脚を躓き派手に転倒をした。

 自分では立ち上がれず、仲間の部員達に介抱された後に病院へと連れて行かれた。

 診察の結果は脚の腱を痛める大怪我。

 後日、医者から告げられたのはアスリートを目指していた自分の選手生命の終わりである。

 それは父から再婚しようと考えている相手がいるという話を聞いた翌日のことであった。



 知らず知らずの内に気が疎かになっていたのだろう。自分の責任だ。

 父や再婚を考えている相手のせいにするつもりはなかった。

 それに後日ではあるが相手方の女性はとても良い人であるのを知った。

 その人は自分とは面識も無いに等しいのに毎日病院へとお見舞いに来てくれた。

 男性には頼めないようなことまで親身になってくれたし、その時に色々なことを話した。

 看護師として働いていること。

 私より年下な中学生の息子が一人いること。

 その子は生まれつきの難病で、今の私と同じく入院していること。

 前の夫とは離婚していて、女手一つで家庭を支えてきたこと。

 私の父との出会いや好きなところ。

 まるで年の離れた姉のように思える人だった。

 私はこの人ならと、父の幸せを心の底から思えた。



 アスリートへの道を諦めた。

 元々、サバサバした性格ではあったのだが、人生のほとんどを注ぎ込んできたのだから未練らしいこともあっても良かったのかもしれない。

 今までの自分からすると普通の学生生活は暇を持て余したものだった。

 勉強以外に特にやる事もなく、気分転換に部屋の掃除や陸上部で使っていた道具などを整理整頓したりしていた。

 そんな折に古いアナログカメラを見つけた。

 父に尋ねると、それは母が趣味で生前に使っていたものだそうだ。

 それから、私は少しずつ写真を撮る事を始めたのだった。






 路肩に咲いた代わり映えのしない花。

 お店の前にある変な形をした置き物。

 陸上の後輩が走っている姿。

 通学路にある長い坂。

 子供をベビーカーに乗せて散歩する母親。

 普段目も向けない路地裏。

 人気のない廃れた小さな神社。

 そこで寝ている猫。


 カシャッ、カシャッ。


 両手の人差し指と親指で作られた小さな枠から世界を切り取る。


 カシャッ、カシャッ。


 黄金の湖。

 朱色の雪。

 灰色の広野。

 燃える海洋。

 七色に輝く雲。

 水没した見慣れた大都市。


 「面白い写真撮れた?後でお(ねえ)さんにも見せてね?」と、操縦席からウィンクを投げられた。

 私達が乗っているのは左右の翼に可変式のプロペラがあり、大型のコンテナを三つも搭載している輸送ヘリだ。

 そして私はそこから地上の風景を撮影している。


 「まるで現実みたいなリアリティがあるんですね。」


 「うふっ。そうでしょ‼︎シューティングを謳っていても、ドンパチ目当てじゃないユーザーもたくさんいるほど好評なのよ?」


 「チーム『戦場のカメラマン』は代表格ですね。E tubeでユーザー外でも人気チャンネルになっているはずです。」


 「次はどこを見て回りましょうか?」と、真壁姉と委員長が話を進めている時、ふと気になるものが目に入った。


 「あれはなんですか?今、山が動いたような…。」と、私は後部座席からコクピットを前方と上下左右に囲むモニターの一角に先程と同じく指でフレームを作る。

 フレームの中が私の意図を読み取り、望遠レンズのようにズームした。

 砂漠に吹き荒れる砂嵐の中で山のようなものが動いている。


 「山が動く?機動要塞の類かしら?山くらいだとGU(ゼネラルユナイテッド)アメリカのキルレシオだけど?でもアレは旧式だし、そもそもここは湾岸に近いとはいえユーラシア大陸よ?イベント期間でも無いから、一般戦力での上陸なんて不可能でしょ?海上で沈められてるわよ。」


 「機動要塞じゃないですね。この地域ですとアレはイナゴ山脈。ラッキーです。遭遇率0.016%。廃課金も真っ青の確率。戦場のカメラマンも泣いて悔しがる場面です。」


 真壁姉が言ったことはよくわからなかったが委員長の言ったことは初心者にもよくわかった。

 真壁姉が悲鳴をあげるのも理解出来る。

 そして操縦者が半狂乱になれば乗り物がどうなるかも想像に難くない。


 「いぎやぁあぁぁぁぁあ‼︎ムシ‼︎虫‼︎蟲‼︎MUSI‼︎ごないでぁえぇぇぇえ‼︎!⁉︎⁉︎⁉︎」


 私達の乗るヘリは涙や鼻水を垂れ流しながら発狂する操縦者の生写しのように蛇行や旋回を繰り返しながら銃火器やらミサイルやらを四方八方に垂れ流している。


 「落ち着け、真壁姉‼︎アヤメも取り押さえるの手伝って‼︎」


 「落ち着いてください、真壁さん‼︎」


 「こんのオカマ野郎‼︎大の大人が虫の兆や京で喚き散らしてんじゃねぇ‼︎そもそもここまで飛んで来ないし‼︎それでも○○○ついてんのか⁉︎」


 委員長と私が必死に操縦者レバーを抑えてヘリの姿勢を保とうとするが真壁姉はびくともしない。

 まるで駅前の銅像に子供がよじ登っている構図だ。


 「やっぱり超過の重装甲兵相手じゃパワーが足りないか‼︎こんな時、社か、SOLさんがいれば‼︎コノッ‼︎コノッ‼︎」


 委員長が愚痴と共に○○○を蹴る。

 父がうっかりぶつけてしまった後の光景が目に浮かび咄嗟に目を背けるが、鋼鉄のぶつかり合う音だけで状況が全く変わらなかった。

 

 そんな時…。


 「呼んだ?」


 突如、コクピット内に別の声が聞こえた。


 「社‼︎来てくれたのね‼︎」


 ヘリの視界には映っていないが、レーダー探知機の円上で後方から近付いて来ている印が見えた。

 委員長の声が今までにないくらい弾んでいる。

 ○○○への蹴りも勢いが増した様にも思えた。


 「PS6が治ったから。それより、『コレ』イベント?」



 その時、私達は社の言葉で初めてそのことに気付いた。

 ヘリが高度を保てずに落下していることではない。

 イナゴの山脈や砂塵がノイズと共に消えていっていることでもない。

 砂漠だった大地が底無しの闇に変わり、空までも飲み込み出していることに。


 そして、私達は底無しの穴へと落ちていった。

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