深海
夜が深ける。
港の町は寝静まり、波の音だけがさざめいている。
真っ暗な海の上には雲ひとつなく、至る所に散りばめられた星々が、淡いカラフルな光を発していた。
地上では信号が赤色の明滅を繰り返し、時間が停止してしまったかのような風景が、月の光に下に照らし出される。
夜風を入れるために、海側の窓を開けた。薄い緑のカーテンが潮風にたなびく。
窓から緑がかった光線が入って、金魚鉢の中にでもいるような気分だ。
ドビュッシーよりもサティが合う、そんな夜だった。
いつ作ったのかも忘れた鉱石ラジオは、音を拾えなくなっていた。
机の上に放置して、誰ともつながれないまま、暗い部屋で仰向けに寝転がる。
手のひらを月の光に翳してみたら、暗闇がまとわりついて輪郭線が今にも消えそうに見えた。
夜の深みに溺れかけながら、物思いに耽る。
船に乗って、暗い海を渡る。遠く、行き着いた先には、空と海の境界線。
迷うことなく、超えていく。あちらの世界へ。星々の領域へ。
往ってしまったら、もう帰れない。あちらからこちらへは渡れない。
それでも超えていく。海から空へ。この世からあの世へ。澄み渡る世界へ。
こんな時、心はきっと老けている。
子供のように、老人のように。
この先も、もっともっと深けていくだろう。
夏はすでに去った。秋が更ける。