表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/5

aaaa

 今夜は例に漏れず、いうも通りの奇妙な夢だ。

 それは蜃気楼が現れる程の暑い砂の海に、一本の道路が割るように延びているどこかで見たような光景だった。

 その先には、黒い影が道路を上るように立っていて、それもまた、揺れていた。

 どこか郷愁にも似た感じで、どこか他人事のようだ。

 しかし、いつのまにかそれに惹かれるように足が前に進んでいて、もはや自身の身に覚えがある事へとなっている。

 進んでいる。

 この先にある後ろに到達したくて、達した。

 感じ取った虚無には点々のある虚空。

 一次元が織り成す造形美。

 魂が影になった日と、切っても切れぬものであれ。

 その先では女を喰らう地獄の世界。

 血も体液も全てが混ざった溜め池地獄。

 これがこの世の一度目の終わりだのだ。

 そびえ立つ白い塔も、一瞬にして塩の山。

 朝が来た。

 場所は寝る前と同じ。

 所属を変更すると言われてから半日程だろうか。

 そう言えば、倒れていたせいか記憶が何かと曖昧だが、鏡を見ていない、点滴が外されている、命令はまだない。

 体は若者のようにハッキリとよく動いて、意識の混濁はあるものの、これといった異常な状態は他に見つからないため、昨日には思わなかった良からぬ考えが川の流れのように脳裏で流れていた。

 そう、逃亡しようというわけだ。

 最初は恐れていたが、軍の裏の顔を見てしまってからは、回復する中で段々と生きようという心が芽生えてき、ついには逃げ出そうと思うまでに勇気を持てた。

 しかし、逃亡者として追われる身になり逃げ惑うことも、故郷に帰ってこんな体で家族に迎えてもらうにもリスクがある。

 もしかしたら、生涯を以て醜さや恥を克服しなければならないかもしれない。

 激しい戦いの中、そう簡単には帰れないかもしれない。

 それでも逃げなければならないのか。

 敵に殺されることが嫌なのだろうか。

 戦争をするには、今の意思では到底、足りているはずがないのだ。

 戦場に出れば地雷を踏み抜くか、物陰に隠れた敵兵に殺されるくらいの自殺行為にしかならない。

 頭の後ろに手を回し、指と指で組んで銃で出来たゴツゴツとしたマメに頭を乗っけた。

 最初は嫌々訓練を受けていたが、気がつけば周りの仲間は皆、どこかで死んでしまい、たまに他の部隊の救援や混成部隊なんかで死んでいた事を伝えられ、いつの間にか訓練ごときで泣いている暇なんか本当はなかった事を思い出した。

 訓練の方が何倍もマシだ。

 涙を何度も流し、目の前で人が飛ぼうが血が噴き出そうが無視をして、赤黒い血管が通る臓器が見えても目をつぶってでも進み、敵を倒すまで人間ではなく、命ある武器として戦うのみ。

 戦場ではパニックに陥ったり、怒号が聞こえたりしたが、大体は上官からの命令を守るか悲しんだ事くらいしか覚えておらず、ただ、明確なのは戦争が嫌いなことだけだ。

 少し前は、病院船なんかで負傷した人間はすぐ連れ帰された。

 だがどうだ。

 医療まで進化して、まるで魔法のように傷が癒える時代だ。

 そんな時代の戦争、どちらかが壊滅するまでは終わらない、塹壕戦で戦って時間が掛かった時代と同じくらい悲惨な結末しか待っていない。

 こんな運動会のような醜い争い、犬も食わない。

 そんなやるせない気持ちに終止符を打つように、寝ている間に閉まっていたドアをノックする、誰かの姿があった。

 そして、返事をする前にその謎の人物が複数人、姿を現した。


 「どうですかな、体調の方は」


 黒い服にはコレクションのような数の勲章と階級章をつけており、深々と被った軍帽からは野心に燃える目がギラリッ、と輝いて見えた。

 その階級章は、戦線から身を引いた時の階級以上のモノで、要するに上官にあたる男であった。

 男に対して点滴を打たれていた手で敬礼する。

 そんな男がここに来るのは、やはり引き受けに来たのだろう。

 どこも人材不足だ、すぐ駆けつけるのは必然だ。

 怪訝そうに見ながら答えてやった。


 「ええ、お陰さまで。戦線復帰が出来そうです」


 もちろん、これは本心ではない。

 男もそれを理解しており、不敵に笑みを浮かべて手を差し伸べてきた。

 これは、上が移動する許可を出したのだろう。

 もしもここが戦場のど真ん中だったら、昨日の内に叩き起こされ、決して優れている訳ではない上官の命令に従わされていたはずだから、穏やかな方のはずだ。

 右手を出し、体を起こしながら手を握った。

 やたらと力強く握られたが、これは単にこちらに力がないか、意図的に力を込めているかのどちらかだろう。

 大体の察しはついているが。

 男は握っていた手を退けると後ろで手を組んで、意味ありげな微笑みを浮かべながら言った。


 「おっと、名前を申し遅れていましたな。私はマクシミリアン•アンゾルゲ。少佐をしている」


 少佐。

 この地に来るまでの苦い思い出だ。

 男、アンゾルゲは不満そうにしている事に対して鼻を鳴らし、使えない駒は要らない、といった口ぶりで続けた。


 「戦果を上げられるよう、精進したまえよ。シーメールくん」


 戦争における人材不足というものは、こうして生まれるのだな、と再確認させられた。

 アンゾルゲ少佐は、連れてきていた寝不足のような目をした女に今までと打って変わって厳しい視線を投げやり、虫にすら聞こえないだろう小さな声で指示を出すと、女は唐突に病室から出ていき、遠くから響く駆け足の音が聞こえてきた。

 少佐は数十秒間の間、ただ寝ている赤子を眺めるような表情でこちらを見つめ、何も言わず立ち続け、片足に体重を掛けて姿勢を崩したか、と思うと次には後ろを向いており、扉へと足を進める。

 よく分からない人だ。

 少佐は去り際に、こう言い残した。


 「後の事は他の奴に任せるが、自己管理は自分にしか出来んことだからな」


 どこまでも何を伝えたいのかが分からない人だ。

 初対面のはずだが、どこかで一度会ったような、そんな感じがした。

 胸焼けのような思いをどうすることも出来ず、ただただ無駄に考える時間は、将棋の名人に素人が長考するようなものだろう。

 そう言えば少佐に名乗らなかったな、と今更ながら後悔しているが、思い返してみれば名前も原隊も階級も今の今まで気にせず、ただ容姿の事や戦争の事で一杯だったせいか思い出さなかったが、よくよく考えてみれば、官姓名なんて何一つ言えなかった。

 どうやら、記憶喪失らしい。

 しかし、そんなことは心配する必要はない。

 原隊復帰ではなく、転属することになっているのだから部隊名は容易に言えるし、名前や階級なんかは人に聞けばいくらでも知ることが出来る。

 多分、所属の確認なども既に出来ているだろう。

 しかし妙だ。

 どうしてここにいるかの説明を一切受けていない。

 頼りにならない記憶が正しければ、森のような自然豊かな場所で倒れていたはずだ。

 ここに居るということは、つまりそういうことだろう。

 それも含めて、訊く必要がありそうだ。

 そんな時、天井を仰いでよく分からない気持ちが芽生えた。

 欲望である。

 食欲、性欲、睡眠欲といった三大欲求のうち、二つが満たされていないのだ。

 点滴が外れたのは今朝方。

 だとすれば、腹部にある今にもネジ切られそうな痛みは空腹による痛み。

 あとは、寝起きだから不満なだけだ。

 急に緊張感が抜けてきて、ほどよくリラックスした状態になっている。

 そうなってくると、この永遠と続くスポーツ観戦のような飽きがよりいっそう、石炭をくべられたSLのように昂る。

 青年のような情熱は、誰もいない部屋では酸素を多く消費されてしまい、このままにされては気が狂ってしまうかもしれない。

 そんな時、例の女性がやって来て、とうとう鳳仙花の如く種が炸裂してしまいそうに思われたが、掛けていた布団を丸めて股間に集中させ相手に悟らせないようにし、女性と連れられてきた人物に敬礼をする。

 この折りにやって来た二人には、もちろんのこと何があったのか理解する術がなく、ただ怪しい動きをする不審な人物である。

 女性は言った。


 「何をなされているのです?」


 していた訳ではないのだが、こうもタイミングが悪いと、猫のような鋭い勘でも備えているのではないかと勘繰ってしまいそうだ。

 女性の横にいる人物はというと、中性的な童顔の人物があまり心地の良さそうな顔をしていないのが窺えた。

 内容はどうであれ、上官の命令には従うまで。

 額に向けて指を伸ばした手をあて、手のひらが見えぬようにして言う。


 「はっ!これから起床し、軍服に着替えようかと!」


 座ったまま敬礼をしている時点で、服装云々を語るには礼儀を欠き過ぎている。

 冷ややかな視線に、冷や汗が一滴の滴となって、背中の溝に沿って流れていった。

 汗ばむ手は気づかぬ内にシーツを握りしめ、不可思議な緊張感が走り、不規則な鼓動に胸が破かれそうな気がする。

 だがしかし、これは二人には関係がなく、これといって深く探る必要もないため、転属にあたっての話を女性が進め始めた。

 損をしてしまった気分だ。


 「私の名前はパット•クーパー。大尉をしています。本日より、私の指揮下に入って頂く事となりましたのでお願いします。」


 どことなく、だらしない雰囲気がするクーパー大尉だが、その口調は明確な堅苦しい軍人であることを示しており、声色がそれを裏付けている。

 その厳格さに、誰もが思わずホレてしまうだろう。

 憧れを抱く瞳で大尉を見ながら、大きく返事をした。


 「はっ!よろしく、お願い致します」


 感化されてしまったのか、敬礼などの言動につい熱が入ってしまった。

 しかし、その熱い心に水をさすようにして、女性は言った。


 「ありがとう。……しかし、格好つけるのならば、本部から軍服を支給されたので、そちらに着替えてからにしなさい」


 嘘、というものはすぐにばれてしまうのは分かっていたが、もう少し上手くつけないものか、と自責せざるを得ない。

 俯きながら、高揚感が収まったのを確認すると、丁寧に布団を取り除いて足をベッドから下ろしながら横に置いた。

 そして、そのまま四日ほど着ているであろう服で横にいる童顔の人物に軍服を受け取り、大尉の前で話の続きをを聴く。


 「後の事は、こちらの松前中尉が説明してくれるはずなので、彼に従ってください」


 たらい回しにされているような気もするが、とにもかくにも敬礼した。

 大尉と中尉もそれに呼応して敬礼をして、大尉は部屋を後にし、中尉は後任の仕事を引き継いで残っている。

 残された後には、ヒトケのない場所で雨宿りをしている時のような静寂が広がり、沈黙する二人が残った。

 ただひたすら、来ない人を暇を潰すものがない中で待ち続けるような騒音のない世界を作り続けるばかり。

 この気まずい空気を打ち砕くため、中尉から切り出した。


 「あの………。着替えを………」


 気の弱い性分なのか、弱々しい声でおずおずと、上司であろう人物なのだが、これでは立場が逆ではないか。

 今にも消え入りそうな声に、どこか怒りを感じた。

 だから、声に強い音を入れて言った。


 「出ていって下さい!」


 相手はもちろんの事、一歩後ろに下がった。

 上官に対して、あまりにも酷い仕打ちだが、こうしなければいけない非があちらにあったのだから無理もない。

 正直、少しだけ心のどこかで正当化しているのは否めない。

 中尉は、しかし、と言って口ごもり、項垂れつつ上目遣いでこちらを見るその目は、畏縮しているように感じる。

 どうにか慰める事は出来ないかと言い訳を考え、内心、怖がりながらも怒りを残したような普通の口調で言った。


 「服を着替えるので、出てって欲しいのです」


 そう言ってから中尉の顔を見ると、驚いたような顔をしていた。

 それも伝説の動物か偉人か、はたまた憧れの人物に遭遇したかのような顔で、だ。

 何を思っていたのか、着替える事を恥ずかしがる人間ではない、と考えていたらしい。

 茫然としている中尉には、何と声をかければいいものか。

 こんな体にさえならなければ、平然として着替えられただろう。

 急に気力が湧いてくると、こうも行動的になれるとは知らなかったものだ。

 かつて覚えのない羞恥心に悩まされながら、何とか伝えた。


 「む………胸を見られるのが恥ずかしいから、外にいて貰えませんか……?」


 すると中尉は、胸を相手にばれないようにしているつもりで一度だけ見ると、視線を戻した途端、顔を赤くして部屋を出ていった。

 丁寧にドアを閉めて。

 どうも胸があるという事に自覚がなかなか明瞭ではなかったが、人と接してから初めて、その姿の恥ずかしさを理解する事が出来るのだと解った。

 アダムとイブの話は、知恵の実を食べることで恥じらうことを学んだが、それは他人を意識することによって、初めて自分と他人との違いが伝わる事を教える寓話で、人が男女の違いを意識するのはこうなのだという象徴をわざわざ作ったのだろう。

 とはいえ、これは大まかに内容を自分勝手な解釈しただけであって、本当の意味などと思い込んではならない。

 ベッドの本体の骨組みに目を向けた。

 鉄パイプでできただけの貧相なベッドで、よくよく見れば豪華な場所なんてどこにもなくて、戦争のおかげでどこもかしこも困窮している。

 軍が国の食料や金を沢山使ってしまうせいで、飢えに苦しむようになった労働者層からは非難の嵐だ。

 しかも、その軍隊さまもが貧しいのだから余計に国に負担が掛かるのは必然となってしまっている。

 この負の連鎖には、ただただ悲しいばかりだ。

 服を脱いで臭いを確かめてみた。

 相当な悪臭がするかもしれないと考えていたが、入院している間に着替えさせられたのだろう。

 塩素のようなキツい臭いもなく、目に見える汚れは大方洗濯されていたからである。


 「……しかし、清潔感がないのは妥協するしかないかな」


 いくら戦争があるとはいえ、患者の服を着回させることは考えなければならない問題だ。

 洗濯に出すであろう衣服だが、ここで妥協するのは軍人として不真面目であるため、丁寧に畳んでベッドの上に上下合わせて置くと、腕を組んで考えた。

 下着はどうしたものか。

 流石に下着まで軍から支給されるはずもなく、何日穿いていたかも分からない。

 同じものを、とまでは言わないものの、せめて新しい替えの下着があれば満足だ。

 そう言えば、戦場に出る以上は荷造りをしてきていたのだが、その荷はどこに置いてきただろうか。

 原隊ならば送って貰えるはずだが、何分、戦場を通り抜けるか避けて通るしかないため、荷物はいずれ来るだろう。しかし、そんなに悠長にしていられないのだ。

 とにかく、下着の件は目を瞑って後から何とかしよう。

 黙って軍服に着替えると、最後にポケットや服装の乱れを出来る範囲で確認し、ドアに向かって叫んだ。


 「松前中尉ッ!完了しましたッ!」


 そして、ベッドに置いておいた脱いだ服を手にしてドアを開けに行き、中尉が出口の右側に立っていることを確認して退出すると、中尉の方向を向きながらドアを閉め、敬礼した。

 中尉もそれに合わせて敬礼した。


 「ええっと………。とりあえず、着替えが済んだようなので班の部屋へ行きませんか?………いや、行きなさい!」


 先程の事をよほど根に持っているようで、子どもが大人の真似事をするような微笑ましい命令に、少しだけおどけて返した。


 「その班の部屋というのはどこに行けば良いのでしょうか、中尉?」


 溺れた時のように焦って挙動不振になった上官の姿を見て、心で笑ってはいたものの、どこかでは罪悪感を感じていた。

 中尉はとにかく心を落ち着かせるため、大袈裟に深呼吸を見せて平常になろうとする。

 しかし、それは反対に変な間を作ってしまい、逆に言い出しにくい雰囲気になってしまった。

 それから一分ほど、石像になってしまったようだった。

 何があっても動かない、というよりも駆け引きをしているようだ。


 「ちゅ、中尉………すみませんでした」


 「あっ、いえいえ………」


 上官を侮辱するという行為に元々抵抗があったらしく、完全な悪になりきれなかったせいでつい、保身に走ってしまった。

 水風船を勢いよく地面に打ち付けたように切り出して、誤魔化しの一つでもすればよかった、と思う。

 あたふたしていた中尉であったが、眉を上げて凛々しい顔つきになってから微笑み、そして言った。


 「一等兵は第4師団、第2大隊H中隊の第5小隊に配属。部屋番号は198となっています。中隊長として毎朝各部屋の点呼に回りますので、常に緊張感を持って軍人らしい行動を取りましょう………!」


 中尉は言い終えると、こちらにまで聞こえてくる息を吐く。

 余程、気を張って言ったのだろう。

 その事に関してはこちらに非があったと、再度、考えさせられた。

 そして罪滅ぼしにもならないだろうが、多少は中尉の手前では真面目にしておこうと思い敬礼をした。


 「了解!」


 こちらの気持ちを受け取れたかは本人にしか分からない事だが、心なしか気持ちが晴れているようだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ