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私は夢を見た。
女が身につけている青く短いスカートをたくしあげ、スカジャンがカサカサと鳴るのを堪能する夢だ。
下半身は裸で、あそこには魚が生えていた。
舌を持った魚だ。
艶かしく口を開閉させて、時折、乾いた唇を潤すために脂汗を吹き出し、汗が目に染みて奇声を上げてのたうつ様はまさにキチガイである。
女に表情は無く、顔がない。
そして、気づけばその魚がこちらを見て口を開き、求めていた。
じじじじじじじじじ。
静かな部屋にアナログ時計のモーター音が広がっている。
夜だ。
手を動かせばタオルケットの柔らかい息遣いを感じ、視線を動かせば空気の冷たさが良く分かる。
股間に手を乗っけてやると硬くなっているが、これといった変化はない。
口を開き、夜の寂しさをまぎらわしたいところだが、声を出せるほどの気力も体調もそこにはなく、あるのは倦怠感と眠気だけである。
事務的な無骨さと喪失感のある部屋からは外の世界の炎が見えるが、戦線から離脱してしまった身としては、ただただ虚しい。
銃声も届かぬ隔離された世界からは、生も死も感じられないまま、植物のように動かないで静かに死を待つしかないのだ。
死者が死に場を決めれるのは、自殺を戦場以外で望んだとき。
そのような考えがある場所なんか絶対なかったのだが、どうしてだか認められ、こうして遠ざけられた場所で個人の部屋を用意されている。
戦地とはこうも甘かったものだろうか、と猜疑心を抱きながらも朝を待って、その夜を終えようと眠りに就いたが、一瞬の空白があってから目覚めるとそこには、体が重く痛む現実があり、悪夢のない覚醒があったのだ。
上半身が特に重たく、重りを縫いつけられた気分だ。
質素な部屋でも、戦場を抜け出して死に場を与えられていることは十分なことであり、贅沢どころか貴族並みの扱いとも言えよう。
しかも規則があり、食事も提供される上に生かそうと必死になっているような組織構造からどうしても疑う上に、矛盾が強すぎる。
情報が少ない事とは人間にとってありがたい話でありがなら、その実、人を狂わし悩ます拷問のような状況なのだ。
とりあえず頭を起こして現在の状況を把握しようとしたが、布団が盛り上がっていて足元辺りの状況が確認できない。
生殖器を握って確かめてみたが、いつも通りである。
布団を押しやって体を起こそうと一旦頭をおろした時、やけに胸が痛む事に気づいた。
とりあえず体を起こして回りを見渡そうとしたが、その上半身の異変は目で見えていた違和感であった。
大きな胸があったのだ。
周囲を見渡すことは、この大きな障害が朝になって現れた事が原因。
痛みや倦怠感などは睡眠薬や手術の影響であると考えられる。
豊胸手術を施すなど、自殺する人物に対しては不釣り合いで、矛盾している。
凋落と死んでいくはずが、どうしてこうも生かされるような死に方をさせられるのだろうか。
とにかく外がどうなっているのかを確認するため、ベッドに沈みこんで反動をつけて起き上がり、体を半回転させながらベッドの端に座って、勢いをつけながら立ち上がると、その上半身に付いた戒めじみたシンボルで体勢を崩して床に寝転がった。
床はわざわざジョイントマットを敷かれていたため、痛みはそれほどではなかったが、手術後らしいため、それらしい痛みの方がやってきて、蛇のように締め付けた。
何とか痛みをまぎらわせようと、胸を押さえてみようとしたが、豊胸手術には豊胸パックなるものがあるらしく、中身が飛び出たりすることがあるらしい、とどこかで聞いたことがあったため、未知への恐怖からそれを断念し、ただうずくまって堪えるばかりである。
まるで、筋肉に誤って注射されてしまったような痛みだ。
こうも痛めてまで外を見る必要はないため、収まるまでは産卵する海亀のようにくるまり、あまり胸に体重の掛けず、なおかつ上げすぎない位置になるよう試行錯誤して静かな時間を過ごした。
その間、誰もこの部屋に訪れる事もなく、ただ静寂がその場を流れるばかりである。
小説などならば展開を早く進めるために、新たな登場人物を登場させて話を盛り上げるが、現実ではそう都合よく現れなどしないのだ。
長かった。
ただ敷き詰められたマットの溝を眺めたり、目の前に落ちてきた埃を吹き飛ばしたりするばかりで退屈な時間だった。
若かった頃は勉強や遊びで時間を潰せたが、成長するに連れて生きる気持ちは薄れ、ただロボットのように従って生きる事で生きながらえ、そして寝るだけだから一日が経つのが早かった。
しかし、休日は何かをするわけでもなく、天井のシミや銃の手入れをするだけを繰り返すため長い。
今はタイムスケジュールを渡され、規則があるからいいものの、なければ半狂乱状態で何をしでかしていたか、と考えるとゾッとする。
だが、そう考えられるのも、なぜか生かされているこの時間を与えられたからであって、そのまま殺させてくれれば楽に新しい人生が始まっただろうに。
そんな考えを頭で巡らせながら、自分の哲学らしき何かに自惚れ、ポエムのように恥ずかしい事や人生のあれこれを考え続けていると、いつの間にか夜になっていた。
どうやら渡されたスケジュールは強制力がないか、あるいは自殺をするならば醜い身体で遣れ、という事なのだろうか。
夜になるまで気づかなかったが、鏡を見ていないということは、身体が変わったならもしかして顔までも変化しているという事ではないのだろうか、という発想があってもよかったはずだ。
どうも考えが回らない。
自己嫌悪に陥りながらも体を起こして立ち上がり、その変わり果ててしまったかもしれない顔に手をあてて、ベッドの方向に後退する。
そして、ベッドに身を放り投げ嘆息した。
悪夢だ。
鼻は以前よりも高く、顔全体は小さく脂肪の多い顔つきに。
唇も張り、ニキビなどの人生を語る証人の一人がなくなり、自らをも誤魔化す化け物のような美形を手にしていた。
目蓋へとゆっくり手を伸ばし、視界を指で遮りながら瞼の位置を確認すると、少しだけぱっちりとしている。
思い返してみれば、こころなしか視野が広くなった感じはあった。
暇を持て余した今までの習慣で天井のシミを数えながら、その日の活動を終えた。