第5章:真っ白な少女を、燃え尽きさせないために
11月になった。寒さも厳しさを増し始めたころだ。あれからチームは秋季にも行われるキャンプを終えて、シーズンオフに入っていた。この期間は、各々どのように過ごしても良い期間だ。練習をしたい者は練習をするし、休みたい者は休むし、旅行したい者は自分の財源のできる範囲で旅行を楽しんでいた。
俺はというと、基本的には家でのんびりしていた。たまに寮に行ったり、買い物をしたり、2人の少女と練習をするために外出することはあったものの、基本的には家でゴロゴロしていた。とりわけ何かをすることもなかったから。
「ちょっと! そんなところで休んでないでよ。掃除の邪魔よ」
久々に登場の母親だ。寮に入ってからなかなか会う機会がなかったが、最近は家にいるので、嫌でも顔を合わせることになる。
「うるさいなぁ。今はオフシーズンなんだから、ゆっくり休ませてくれよ」
俺は毎回こんな理由で、なんとか理解を得ようとしていた。しかしそこは母親だ。そんな簡単に許してくれるはずもなかった。
「そんなこと言ってたら、来年結果を残せるかどうかわからないでしょう。仮にも今年は満足行かなかったんでしょう。だったら練習しなきゃ」
言ってることは確かに正しい。練習しないと、強くはなれない。そのためには寮に行って、あの2人の少女と一緒に練習したほうがいいのだろう。俺は仕方なく寮に向かうことにした。
ただたまに寮に行くと、2人の少女に会うのが少し辛かった。それは入団した当時のように、2人に指図されてしまうからという理由ではなかった。今シーズンが終わってからというもの、あの2人は俺よりも辛い思いをしてせいか、元気がなかった。そのためなかなか声もかけづらかったのた。
10月下旬ごろにユキが退院したため、今では俺も含めて3人とも寮にいるのだが、どこか暗い雰囲気が漂っていたのはわかった。理由は何となくわかっている。ユキへのバッシングが止まないことだった。
10月に戻ってきたユキではあるが、あの日以降も彼女に対するバッシングは止まらなかった。その形は様々で、キャプテンがあの子なのはおかしいとか、かわいいだけの理由でスタメンに入れるなとか、彼女に打撃というものを教えてから起用しろとか――。
そのせいでいまだに、彼女の具合はどこか良くなさそうに見えた。体の具合は治っても、これだけバッシングを食らっていれば、心の具合はどんどん悪くなっていく。その具合を治すためには、当然ケアをする必要があった。
しかし通常、頼りになるチームメイトは、ほとんどが彼女の姿勢に否定的で、まったくかかわりを持とうとしないし、ちょっかいを出したり、嫌がらせをするやつもいた。もちろん外部の連中で頼れるやつなんているはずがない。ほとんどがメディアの言ってることが正しいと思っているやつらばかりなので、ユキを助けて欲しいなんて言っても、味方をしてくれないのだ。そんな状況なのでユキからすれば、頼れるのはいまだに千尋しかいない状態だった。もちろん俺も味方をしたい気持ちはあった。ただ千尋の逆鱗に触れる可能性があったため、自発的に動くことができなかったのだった。また彼女が俺のことを迷惑がっていたら、結局は逆効果になってしまうから。そんなこんなで、この重苦しい状況は、しばらく続いていたのだった。
そんなある日のことだった。俺はその日、恒例になっていた朝練習に、遅れてしまったのだった。まぁ通算すると、今年だけで20回目くらいになるのだけど……。まだ朝は弱いのである。
それで俺はいつものようにペナルティを覚悟しながら、急いでパジャマからユニフォームに着替えていた。と、その時、
「トゥルルル、トゥルルル、トゥルルル」
俺の携帯電話が鳴ったのだ。正直その時に、パジャマを脱いだ直後だったので、仕方なく上半身裸の状態で、携帯電話の方に向かった。それにしても一体こんな時間に電話をするなんて、誰なんだ?
俺はちょっと電話してきた相手の常識を疑いながら、携帯電話の画面を見た。千尋からだった。正直嫌なやつだなぁと最初は思った。どうせ今日のペナルティの内容はこれよとか言って、俺を茶化したいんだろうなぁと思った。しかし、そう思ったのは最初だけだった。
よく考えたらおかしい。確かにペナルティの内容を茶化して話すことがあったのは事実だが、いつも俺が練習場に着いてから話すからだった。しかも彼女は規律や姿勢をものすごく重視する性格。こんな朝早くに自分の都合だけで、俺に電話をかけるなんて考えられないのだ。
――なんか嫌な予感がする。そう思った俺は、恐る恐る電話に出た。
「どうしたんだ? 千尋?」
「た、大変なの!!? 中島君、早くグラウンドに来て!」
俺が千尋と言う前に、彼女は慌てて俺を呼んだ。どうやら予想が当たってしまっていたようだった。
「ど、どうしたんだ!? 落ち着いてゆっくり話してみろ!」
やや無理なお願いだったかもしれないが、千尋も文句を言う暇がなかったのか、俺のお願いに素直に従った。
「ユ、ユ、ユ、ユキちゃんが……。」
「ジークラーさんか。ジークラーさんがどうしたんだ?」
「ユキちゃんが、倒れて動けなくなっちゃったの! 助けて!」
「わかった。今すぐ行く!」
俺は急いで着替えて、ダッシュでグラウンドへと向かった。正直こう言っては不謹慎かもしれないが、予想通りではあった。恐らく千尋自身に何かがあったとは考えられなかったからだ。彼女は自分の責任は自分で取るような性格だったので、彼女自身に何かあっても自分から言い出す可能性はほぼない。となると、彼女が気にすることといったら、ユキのことしか考えられないのだ。それにしてもユキは、本当に体が弱いんだなと思った。でもそんなことを思っても仕方がないので、とにかくダッシュで彼女の元に向かった。
グラウンドが見えると、中央付近で千尋の姿が見えた。彼女は倒れたユキを抱きかかえているように見える。とにかくとんでもない状況だということはすぐにわかったので、さらに速度を上げてグラウンドに向かった。
「大丈夫か? 千尋?」
倒れているのはユキなのだが、今までの流れで千尋の名を呼んでしまった。
「私は大丈夫よ! それよりもユキちゃんが……」
ユキの顔は青ざめていた。体は元々細かったが、弱っているせいで余計に弱々しく見える。息も絶え絶えで、今にも止まりそうだった。
「千尋! 早く救急車を!」
俺は当たり前と思えるようなのセリフを言った。
「えっ……!? ちょ、ちょっとそれは……」
「どうしたんだ!? 早く呼ばないと!」
「で、でも……」
一体どうしたというのか? 普段の彼女ならば、俺に言われたら間違いなく救急車を呼んでいるはずだ。いや、俺が言わなくても呼んでいるはずだった。この日は驚くほど段取りが悪かった。
「もういい!! 俺が呼ぶ!」
俺は生まれて初めて千尋を怒鳴りつけた。かなり切迫していたので、当然と言えば当然なのかもしれないが、あれだけ恐れていたことを考えると、少し驚くべきことでもあった。俺は急いで救急車を呼んだ。その間もユキはどんどん顔色を悪くしていった。千尋はユキの介抱をしているのだが、なんというか動きが鈍かった。いざとなったら動けなくなってしまう性格なのだろうか。普段強気な人ほど、意外と危機迫る時に弱いとは聞くが、ここまでとは思わなかった。
しばらくして救急車が到着した。救急隊がストレッチャーを用意して、ユキを乗せた。俺はそれを手伝ったが、千尋はその間も固まったまま動かなかった。その後救急隊に治療をお願いしたのも、俺だけであった。
白い車体がゆっくりとグラウンドを離れていくのを、俺と千尋は心配そうに見守った。どうか無事でいてくれと思いながら……。
その日の午後は、どこか落ち着かなかった。やっぱり俺も、ユキの状態が気になって仕方がなかったのだった。それは体調面もそうだが、やっぱり彼女の立場も含めてだった。死ぬということはないだろうが、長期入院になるとすれば、チームに悪影響が出るのは間違いないし、彼女自身もメディアからさらなるバッシングを食らう可能性が高かったからだ。これ以上ユキを責めるのは、本当にかわいそうで見てられない。そう思ったのである。
もちろんその気持ちは千尋も持っていたと思う。しかし彼女は、グラウンドで俺が叱ってから一言も発することはなかった。そしてユキのことには触れたくないような感じだった。確かに現実から目を背けたい気持ちはわからないわけでもない。ただ、今はとにかくユキの状態を知ることは大事だ。彼女が帰ってくるのを、1日も早く帰ってくるのを祈るしかない。
頼む……。軽傷であってくれ……。
そう思った直後。本当に突然だった。
「プルルル、プルルル、プルルル」
寮にある電話が鳴ったのだ。俺が急いで取る。
「はい。もしもし」
「もしもし。調布大病院です。そちらは調布フロンティアズの選手寮でよろしかったですよね?」
調布大病院という名前は聞いたことがなかったが、間違いなくユキはこの病院に入院したのだなというのは理解した。
「はい、そうです。あの、ジークラー選手は大丈夫なんですか?」
「心配しないでください。点滴を打ったら、状態は落ち着いてきました。ただもう少し入院する必要があるかもしれませんね」
「そうですか。ありがとうございます」
病院側の話を聞く限り、ユキは食事や水分をあまりにも摂ってなかったせいで、栄養失調になってしまっていたようで、練習中に貧血と脱水症状を起こしてしまったようなのだ。それなら倒れてしまうのも当然だった。
まぁ何はともあれ、彼女が無事で良かったと思った。それですぐに千尋にも報告をしようと思ったが、ユキと千尋の双方を安心させるために、ひとまず2人を会わせることが最優先だなと思い、病院側に聞いた。
「あの、近々ウチのチームメイトがそちらに面会に行くと思いますので、その時はよろしくお願いします」
俺はこころよく了承されるとしか思わずに、この発言をした。しかし向こう側の反応は、まったく違うものだった。
「いや……、実はその件なんですが……」
「えっ……? どうしたんですか?」
「ジークラー選手は、誰とも面会をしたくないと言っているんですよねぇ」
「は!? それはどうしてですか?」
俺も思わず無礼な言葉を発してしまった。千尋には会いたくないのだろうか? 唯一彼女の気持ちがわかる選手なのに。そう思ったからだった。
「どうしてと言われましても……、理由はわからないのですが、彼女からの要望がありましたので、そのようにお伝えしたまでです。当院ではその理由については、患者様のプライバシーのことがありますので、お伝えはできません」
「それは私だけではなくて、全選手ですか?」
「はい。全選手というか、どの人物も、ですね」
「そ、そんなわけはありませんよ! だってジーグラーさんは、千尋のことが好きなはずだから」
俺もなぜかムキになってしまい、つい千尋の名前を出してしまうのだった。ついでにユキの下の名前も口にしてしまうのだった
「そんなことを言われましても……、これは患者様の意思ですので」
「そこをなんとか……。なんとかできませんか?」
どう考えても無理だろうというのはわかっているのに、俺は病院に無理を言ってしまうのだった。
ただ面会ができない今の状況を作ったのは、間違いなくユキ自身であり、それを俺の手で覆すということはできなかった。結局俺の奮起もむなしく、ユキの意向を受け入れるしかなかったのだった。
もちろんこの現実を千尋に伝えるのはとても辛かった。彼女はきっとユキのことを1番わかっている人物だろうし、いつも彼女に寄り添っているのならば、来て欲しくないと言われるのは、間違いなく傷つくはずだった。ただ彼女のことである。今は硬くなっていたとしても、我を思い出したら、すぐにユキの元に行くはずだ。そこで行ったとしても、結局は阻まれる運命なので、余計に傷つくだけである。つまり、後で知らされた方が、結果としてはショックを大きくしてしまうだろう。俺はそう考えた。だから千尋に現実を伝えることにした。
千尋は隣の部屋にいる。何をしているのかまではわからないが、この状況であるため、憔悴していることは安易に想像できる。俺は覚悟を決めて、千尋の元へ向かった。
千尋はお姉さん座りで、力なく床に座っていた。なんとも声のかけづらい状況である。俺は最初、早く現実を伝えて、2人で今後の対応を考えようとも思っていた。しかしこの状況では、今すぐ考えることは不可能であることは明確だった。そして何より現実を知ることで、彼女自身がおかしくなってしまうかもしれない。そう考えると、安易に事実を伝えることができなくなってしまった。
「あ……、あの……、ち、千尋……」
それでも声をかけてしまうのが俺だった。とにかく早く声をかけたかったから。ただ声をかけた直後に思ったのだが、結局は千尋のためと言いながら、本当は自分のためであると気付いたのだった。自分が溜めておくのが辛かったから、ただ早く吐き出したかっただけだったのだ。そのことに気付いた時、そして千尋の表情を伺った時は、なぜしゃべってしまったのかと後悔した。俺はしばらく床に座る千尋を見ながら、黙りこくってしまった。
「……ユキちゃんの、ことでしょ?」
あまりに何もしゃべらなかったからなのか、千尋が痺れを切らして、俺に話しかけてきた。
「えっ……!? えーっと……」
それでもまだ、俺の返しは歯切れが悪い。
「わかってるわよ。あなたが……、中島君が私に話しかけることは、めったにないことなんだから……、それくらいしか理由がないのはわかっていたわよ」
少しではあるが、千尋は本来の冷静さが戻ってきているようだった。今は間違いなく、俺の方が動揺している。最初に声かけをしてから、まだ次の言葉を発せていない。
「いいわよ。何を言っても……。ユキちゃんは死んだわけじゃないんでしょ?」
とりあえず考えられる1番最悪な結末を、向こうからしゃべってくれたので、少しだけこちらも話すのが楽になった。
「うん。命は大丈夫だよ」
この言葉からつなげていけば良いからね。それを聞いて少しだけホッとした表情を千尋も見せた。
「具合の方は一応安定しているらしいんだ。だから退院する日も、そこまで遠くはないんじゃないかと思うよ」
少し明るめに話して、千尋の気持ちを下げないように心がけた。千尋は何も言わないが、心の中ではだいぶ緊張が解けたはずだ。しかし辛い現実も伝えなければならない。
「ただな……。あいつ、面会をしたくないんだそうだ。今は誰とも会いたくないって言ってるらしい。もちろん……、俺らとも……」
さきほど明るめの話をしていたので、勢いで事実を伝えた。しかし千尋は、当然のように表情を暗くした。そして再び長い沈黙の時間が流れる。これから何を言われるのだろうか。もしかすると、俺にやり場のない怒りをぶつけてくる可能性もあるのかな。そしたら必死に受け止めてやるしかない。
「わかったわ……。わざわざ報告、ありがとね」
またもこの沈黙を破ったのは、千尋の方だった。俺もしゃべり出せない自分のメンタルの弱さにいらつきもしたが、千尋にはある意味で感謝しかなかった。
「うん。と、とりあえず、ジークラーさんが帰ってきたら歓迎してやろうな。あいつも戻ってきて暗いままじゃ嫌だろうしさ」
「うん……」
「それと、帰ってきたらあいつの話はいろいろと聞こうよ。多分いろいろと不満が溜まっているだろうからさ」
「うん……」
千尋はずっと何か言いたそうだった。ただそれは、俺に対してなのかどうかはわからなかった。もちろん今、同じ部屋にいるのは、俺と千尋の2人しかいない。だから当然、千尋がしゃべる相手は必然的に俺になるのだが、なんというか俺には話しかけたくないという表情にも見えたのだった。
「じゃあ俺、ちょっと買い物行ってくるわ。今日の晩ご飯がないだろうから……」
俺は適当なことを言ってその場を離れようとした。早く離れたかったからという理由なのは、言うまでもない。そして買い物という名目で、外の空気を吸って、気持ちを切り替えようとしているのも、千尋であればあっさり見透かすことができるだろう。とにかく今、俺が言うべきことをすべて言ったので、後は彼女が退院してからだとその時は考えた。
……と、その時だった。
「スー……、スー……、スー……」
鼻をすする音が聞こえてきたのだ。俺は思わず、出て行こうとした足を止めてしまうのだった。声の主は、誰だか想像がつく。もちろん無視して出て行くことはできた。でもなぜか足は動かなくなっていた。
「スースー……、ウッ……、スースー……、ウッ……、ウッ……」
そうしているうちに、今度は嗚咽まで聞こえてきた。もう放っておける状況ではなかった。俺は迷いなく、千尋の方を振り返った。すると彼女は下を向いたまま、体を震わせていたのだった。正直、今までこんな千尋の姿を見たことがなかったので、俺は絶句した。普段強気で、男子に対してもモノをそれなりに言うことができる彼女が見せた、涙を流す姿。俺は呆然としたまま、なにもできずにいた。が、だんだん鼻をすする音と、嗚咽が大きくなってきたので、俺もたまらなくなって再び千尋の元に歩み寄った。
「大丈夫か、千尋?」
この言葉に、彼女からの返事はない。
「安心しろ。ユキが必ず戻ってくる。だからその時まで……、その時までじっくり待っていよう」
しかしこの言葉にも、千尋からの返事はない。それどころか、こうしている間にも、千尋の体の震えは、どんどん大きくなっていった。
「千尋。大丈夫だって。必ず元気になって帰ってくるよ。ジークラーさんは千尋のことが大好きなはずなんだから。お前に心配をかけたくないはずなんだから、元気な姿を見せてくれるって」
「適当なこと言わないでよ!!」
突然の大声に俺は普通に驚き、体が後ろにのけぞった。もちろん千尋が怒った姿を見るのは、これが初めてではない。むしろドラフトの順位的にも、ユキの扱い方という意味でも、俺は彼女に何度も怒られてきた。だから慣れているはずだった。しかしここまでの大声は初めてだった。千尋からというのもそうだが、何より親からも、ここまでの大声を出されたことはなかったかもしれない。あまりに驚いたせいか、俺はしばらく何も発言できないまま、固まってしまった。
しばらくして、俺は少々正気を取り戻した。この間も千尋の嗚咽は止まらない。とりあえず謝罪するしかないと思った。
「ご、ごめん……」
千尋からの返事はない。聞こえなかったのか、それとも意図的にしなかったのかは定かではないが、どちらにしろ、申し訳ない気持ちは消えないし、このまま放っておくことができるはずがない。千尋の気持ちを考えてはいないかもしれないが、もう一度謝罪することにした。
「本当に……、ごめんなさ……」
「ねぇ……、中島君」
俺の謝罪の言葉をさえぎって、千尋が発言した。すぐに俺は一体どうしたのかを尋ねた。すると千尋は、嗚咽しながらこう答えた。
「あなたはどうしたら、ユキちゃんが喜んでくれると思う?」
正直、予想外の質問だった。俺は千尋がユキのことを理解していると思っていたのだが、そうではなかったのだ。千尋は寄り添ってはいたものの、ユキの気持ちを理解できているとは思っていなかったようだった。あれだけ一緒に練習をしていても、あれだけ一緒に生活をしていても、そして高校時代も含めて、あれだけ一緒にいても、彼女は自信がなかったのだ。そしてこの質問をされても、正直俺は安易に回答できなかった。なぜなら千尋よりも、ユキのことを知らないからである。
「ごめんね……。わかりもしないことを聞いて……」
千尋は少しだけ冷静さを取り戻して、俺に謝罪した。俺はまったく気にしていなかったが、それを伝えられない。千尋は相変わらず体を震わせている。それでも彼女は言葉を続ける。
「私ね……。ユキちゃんと高校時代から一緒にいたから、今まで彼女の気持ちがわかっていたと思っていたの。現実今まで中が良かったから、これで大丈夫だろうって思っていたのよ」
俺は千尋が取り乱さないかを注意深く見ながら、彼女の話を真剣に聞いていた。
「でも……、本当はわかってなかったみたい。倒れた時もユキちゃんは私に、『大丈夫、大丈夫』ってずっと言ってたの。でも顔色が悪いのはわかっていたし、動きも鈍かった。本当なら絶対に止めなければいけなかったのに……、それなのに……」
千尋の言葉が詰まる回数が増えていく。それでも彼女は言葉をつなぐ。
「私はユキちゃんに無理をさせてしまった……。そして、あんなことになってしまった。もう合わせる顔がないわ。何回ごめんねって言っても足りない。どうすればいいの?」
「……」
俺は胸が張り裂けそうだった。普段なら正義感が強い俺のことだから、「大丈夫だよ」とか「気にするな」と言ってしまいがちだが、彼女の表情を見て、それが言える状況ではなかった。千尋にとっては、ユキが生命的に生きるか死ぬかということも大事だが、それ以外にもユキの心が死んだままでは意味がないのだ。
「ごめんね、中島君。しばらく1人にさせてちょうだい」
「……わかった」
俺はゆっくりと部屋から出て行った。そしてその直後に、俺は覚悟を決めた。
この千尋の気持ちは、たとえユキが断っていたとしても、絶対に伝える必要がある。いくら彼女が会いたくないと言っても、このことは伝えなければいけない。そう考えたのだ。
俺は身支度を整えて、千尋に部屋の壁越しから買い物に行くことを伝えて、寮を出た。もちろん向かう場所は、スーパーでも、コンビニでもない。ユキの入院している調布大病院だ。
だが俺はしばらくしてあることに気付いた。調布大病院の場所がわからない。なんとも無計画な性格が出てしまった。行動力はあるのだが、計画性はないのだ。とにかく携帯で位置を確認し、道行く人にも聞きまくって、調布大病院を目指した。とにかく、ものすごく疲れた。興奮もしていたし、走り回っていたのでしんどかった。
それでも何とか調布大病院に到着したのだった。俺は急いで窓口に行き、受付スタッフに申し出た。
「あの、すみません。この病院にユキ・ジークラー選手が入院していると思うのですが、合わせてはもらえませんか?」
「えっと、すみませんが、どちら様ですか?」
名乗り忘れていた。
「同じチームの調布フロンティアズに所属している、中島友希です」
「もしかして、数時間前に電話した方ですか?」
少しはビッグネームだから、スタッフがひるむかと思ったが、まったく表情は変わらなかった。
「はい。そうです」
「申し訳ありませんが、先ほどお伝えした通り、この患者様との面会は、ご本人の意思により禁止されていますので、面会はできません」
「それはわかっているのですが……、どうしても伝えたいことがあるんです! どうか合わせてもらえませんか?」
「ですから、ご本人の意思がございますので、それはできません」
「そこをなんとか……」
こんなやり取りが延々と続いた。正直向こうからすれば、間違いなく迷惑だ。ただ俺の熱意が伝わったのか、病院側が直接合わせられない代わりに、看護師を通して伝言してくれることを許してくれた。伝えることがいろいろあって、まとめるのが大変だったが、千尋が待っていることと、また一緒に野球をやりたいことを中心に伝えてもらうように言った。また、迷惑なことを承知ではあったが、いつか必ず面会をさせて欲しいことも伝えてもらうように言った。病院側はかなり迷惑がっていたが、仕方なく伝えるだけ伝えますと言ってくれた。
仕方なくても良かった。とにかく俺は、自分と千尋の思いをユキに届けたかった。彼女は今、おそらくいろんなものを抱え込んでいる。そして責任も感じているはず。そこから自分には味方がいないとまで思っているかもしれない。でもそれは大きな間違いだということを、早急に教えたかった。
そう。待ってくれている人たちがいるんだよということを――。
それからというもの、俺は落ち着かなかったが、練習に打ち込んだ。千尋も精神的にだいぶ安定していたようで、取り乱すことも少なくなっていた。時々病院には電話をかけて、ユキの病状の経過を聞いた。もちろんその時には面会できるかについても、合わせて常に聞いた。しかし、なかなか彼女は面会には応じなかった。一応病院側は伝えてもらってはいたようだが、それに対する返答はもらえていないとのことだった。ただこちらが諦めてしまっては、元も子もない。諦めたらそこで試合終了なのだ。俺はこちらの現状報告を伝えてもらうとともに、面会させてもらえるように何度もお願いした。正直もう病院には、迷惑な選手として通っているかもしれなかったが、そんなことはどうでも良かった。
いつか必ず彼女は心を開いてくれる。俺たちの気持ちをわかってくれる。そう信じ続けていたから――。
月日は過ぎて、12月1日の昼間。その日は突然やってきた。
「プルルル、プルルル、プルルル」
電話が鳴る。俺は特に慌てることなく電話を取る。
「はい。もしもし」
「もしもし調布大病院です。こちらは調布フロンティアズの選手寮の電話番号で、よろしかったでしょうか?」
「はい。そうです。私です。中島です!」
俺は思わず、マシンガンのような速さで、返事をしてしまった。ただ向こうからかけてくるなんて珍しかったので、少し興奮してしまったのだった。
「あぁ、中島選手ですか。実は本日ジークラー選手の方から伝言がありまして、それで電話をした所存です」
「ジークラー選手から、ですか!?」
「はい」
伝言と聞き、俺は息を飲んだ。果たしてポジティブな結果か? それとも逆の結果か?
「体調についてなんですが、だいぶ安定してきましたので、来週頃には退院できると思います」
「本当ですか? ありがとうございます」
電話なのに、思いっきりお辞儀をしてしまった。ただそれほどまでにホッとしたのだった。なんとか安堵できる内容だったからだ。しかしさらに病院側が続ける。
「それで明日、12月2日の13時30分から、面会をしても良いとのことでしたよ」
「ほ、本当ですか!!?」
俺の声が弾んだ。どうにか彼女に会うこともできるようだ。これは大きな前進と言える。
「わかりました。そうしたら明日、私ともう1人の選手と2人で行きますので、よろしくお願いします」
これで話は終わり、明日2人の元気な顔を見せることができる、そう思っていた。ところが、病院側の話はまだ終わりではなかった。
「いや、その面会についてなんですが、少し彼女の方から注文がありましたので、それに従って欲しいのです」
「えっ……、何か条件があるのですか?」
彼女が注文をつけるとは、なかなか自分の気持ちを言葉にしないので、ずいぶん珍しいと思った。ただ聞かないとしょうがないので、俺は条件を尋ねた。
「条件は2つです。1つは面会時間を20~30分程度にして欲しいとのことです」
これはまずまず納得ができた。確かに若干彼女のプライバシーにかかわるところもあるので、長時間いて欲しくないというのはわかる。俺は承諾した。
「そしてもう1つは……、中島選手1人で来て欲しいとのことでした」
「えっ……?」
俺はあっけに取られた。もう1度念のため聞き返す。
「あの、実はもう1人松井千尋選手というのがいるんですけど、そちらではないんですか?」
「……そちらの選手は存じ上げませんが、とにかく中島選手に来て欲しいとのことですよ」
予想外だった。ユキのことだから、千尋1人で来て欲しいと言うのかと思っていた。彼女との関係性を考えれば、千尋とユキの2人でというのは極めて自然な話である。それなのになぜ、俺だけを呼んだのだろうか? 俺も確かに周りの選手と比べると、彼女とは同じ寮の部屋という意味で関係は深いだろうし、多少話しやすいとは思うが、俺は彼女と直接話したことはまったくない。俺の電話による熱意が効いたのだろうか? それとも厚かましいので、とりあえず1度は呼んであげようと気遣ってくれたのだろうか? はっきりした理由はわからないが、何よりいきなり2人きりで話すことになる。そうなると、きちんと話ができるのだろうか? 疑問と不安が湧いてきた。
ただ俺も正直なことを言うと、彼女に聞きたいことや、直接話したいことがあったのは事実だった。そうした意味では2人きりであれ、話す機会を頂けたというのは、やっぱり大きい。そうなれば、やっぱり承諾するのがベストと考えた。
「わかりました。では明日、そちらに伺いますので、よろしくお願いします」
俺は病院側にそう伝えて、電話を切った。とりあえず行けると決まったからには、質問の内容をある程度考えて、明日に備える決意をしようと思った。
ただその前にやることもある。千尋に報告をすることだ。彼女としては、ものすごく複雑な気持ちになるだろうな。でも勝手に行かれては、ユキの意向を無視することになるので、ちゃんと伝えることにした。入院した日と同じように、隣の部屋にいる千尋に声をかけた。
「千尋ー。ちょっといいか?」
「中島君、聞こえてたわよ」
なんだよと思ったが、大きな声を出していたからわかったということで、すぐに謝罪をした。
「ところで、あなたが1人で行くことになったのね?」
千尋に言われてハッとしたが、大きくうなずいた。
「まぁそうなったのなら仕方がないわ。でも、ちゃんとユキちゃんのことを考えて発言するのよ。あの子を傷つけたら、本当に許さないからね」
相変わらずユキに過保護な千尋であった。俺はわかってるよといった感じの返事をした。ただ千尋はその後、急にこう言いだした。
「ただ、中島君。くれぐれも気をつけてね」
「えっ?」
俺は千尋の言ったことの意味がよくわからなかった。何でと聞くと、千尋はこう答えた。
「なんかね……。嫌な予感がしたからさ……」
おいおい。そんな不穏なことを言うのはやめてくれよ。正直行きたくなくなるじゃねーかよ。俺の気持ちは、先ほどよりも確実にブレていた。
確かにユキが俺だけ呼ぶというのは、いまだにおかしいとは感じていた。裏があるのは、確実と言えるのかもしれない。ただ彼女の気持ちがどうなっているかなど、まったくわからない。とにかくどんな理由であれ、俺のみで面会を許されたのだから、それに従うしかないのだ。誘ってもらったのに申し訳ないが、向こうが変なことを考えていることも想定して、俺もそれなりの警戒心を持って、明日は向かうことにした。
いろいろと考えていたのだが、すぐに明日になった。まだ準備が足りないのはわかっていた。でもそんなことは言ってられない。せっかくの面会のチャンスなわけだから、しっかり生かさないと。野球で何度もチャンスを無駄にしてきたとはいえ、絶対にここでは生かさないといけないのだ。俺は身支度をして、さっそく病院に向かおうとする。
覚悟は決まった。
「じゃあ、ちょっくら行ってくるわ」
俺は千尋に声をかける。するといつも適当に声をかけるだけの千尋が、珍しく玄関まで来てくれた。
「行ってらっしゃい。ユキちゃんのこと……、頼んだわね」
その表情は、少し俺への期待の大きさを窺わせたが、ちょっぴり自分が選ばれなかった悔しさも含んでいたように見えた。その悔しさも期待も、俺はしっかり背負って行かなければいけない。
改めて言う。覚悟は決まった。
「じゃあ。行ってきます!」
俺は力強い言葉を千尋に言い残して、寮を出た。この日は面会できると決まっているし、前に一度行ったことがあるので、走る必要はなかった。この前のように慌てることもなく、ゆっくりとした足取りで、病院へと向かった。少々緊張していたので、表情はこわばっていたかもしれないが、病院に着いたらできるだけ柔らかい表情に変えようと思っていた。ユキを怖がらせたら、元も子もないからね。
そうこう考えていたら、病院に到着した。さっそく受付に行く。
「あの、本日ユキ・ジークラー選手と面会する予定でした、中島友希です」
「お待ちしておりました。こちらにどうぞ」
病院の事務の人に連れられて、俺はユキの病室に着いた。薄い緑色のカーテンが、彼女が寝ていると思われるベッドを隠している。あの中にどんな姿で、俺のことを待っててくれているのだろうか?
「それじゃ、今から開けますので、もう少々お待ち下さい」
事務の人に変わって、状況を引き継いだ看護師さんが、俺にそう言ってカーテンの中に入って行った。そこから30秒ほど経ったときだろうか。ちょっと長いなぁと思い始めたタイミングで、看護師さんが出てきた。
「お待たせしました。ちょっと本人が外から見られるのが嫌ということなので、このままカーテンの中に入ってもらって、そこでお話をしていただきたいです」
このくらいの注文ならあり得ると思ったので、俺は快く承諾した。
「後、くれぐれも時間厳守でお願いしますね」
これも快く承諾した。
「それじゃあ、どうぞ」
俺は覚悟を決めて、カーテンを開けた。それからすぐに、俺は固まってしまう。
ユキは俺にそっぽを向けて座っていた。おそらく意図的だろうが、迎えてくれたことを考えれば、少しは待っててくれたのかと期待していたからこそ、個人的にはショックだった。ただそれ以上に愕然としたのが、彼女の容姿だった。
仮にも女子なので、少しは身だしなみを整えているのではないかと思っていたのだが、その様子がまったく見られなかったのだ。髪は少々伸びていたが、それ以上にまったくまとまりがなく、ボサボサの状態だった。体も少々痩せた感じがして、わずかに見える首元や手先を見る限り、さらに青白さが増していた。見た感じ、とても冷たい感じだ。
そして態度も冷たいように感じた。そっぽを向いていることもそうだが、なにより体がピクリとも動かないのだ。動かせないということはさすがにないはずだが、大理石のようになっていた。
この状況では、はっきり言って大変に声がかけづらい。正直、来て早々帰りたくなった。ただせっかく彼女が心を許してくれたのだ。それには応えないと絶対にいけない。俺も覚悟を決めて、彼女に声をかけた。
「あのー……、ジークラーさん?」
こう声をかけても、彼女はまったく反応しない。相変わらず大理石の状態だ。彼女は声が極めて小さいので、もしかすると何か言ったかも知れなかったが、だとすれば少しは反応するはずなので、おそらく何も言ってはいないのだろう。
いずれにしても、大変に重苦しい空気が流れていた。そうこうしていると、後ろから看護師さんが入ってきた。
「中島さん。10分経過いたしましたので、よろしくお願いします」
そういえば制限時間は20分~30分程度だった。早くしないと、伝えたいことを伝えられなくなってしまう。ただ残り10分程度では、すべてを伝えるのは到底不可能だ。特に伝えたいことを、要約して的確に伝える必要がある。でもそもそも1番に伝えたいことはなんだ? 戻ってきても心配いらないということか? 彼女の病状の問題か? あるいは、彼女の野球の姿勢に対する疑問か? もう完全に、頭の中はグチャグチャになっていた。
そんなことを考えている間も、当然時間は過ぎてしまう。とりあえず何か一言、声をかけなければなにも始まらない。そう思った俺は、第一声を発した。
「きょ、きょ、今日はいい天気だね」
……最悪だ。テンプレな挨拶になってしまった。しかもそのうえ、緊張してこれほどたどたどしくなったら、もっと警戒されてしまう。彼女は反応を示さないが、空気は余計に重くなった。
ただ、このままなにもできないで終わるのは、やっぱり嫌だった。彼女に嫌がられたとしても、もっと攻めないといけない。野球の時と同様、フルスイングで立ち向かうんだ、俺!
「体の方は大丈夫?」
「……」
「俺たちはいつだって、ジークラーさんのことを待ってるから、ゆっくり治しなよ」
「……」
「元気な姿を、俺も千尋も見たいんだからさ」
「……」
ユキは依然反応しないが、懸命に俺は声をかけ続ける。なんとか、なんとかユキを安心させたい。その一心で――。そう考えていたらいつのまにか、野球の能力の話をしていた。
「ジークラーさんの野球センスはすごいんだからさ。守備に関しては、すべての動きに無駄がないし、走塁に関しては、天性の物を持ってるからすごいよ。」
「……」
「それに比べて俺は、まったくダメだよね。ちょっとパワーがあるだけで、すぐに調子に乗るんだからさ」
「……そんなこと……、ない」
「……えっ?」
つい、俺の口が止まる。そしてもう一度確認する。
「い、今、なんと?」
「だから……、そんなことないって、言ったの」
ユキがしゃべった!? 間違いない。俺に聞こえる声で、初めてしゃべった。俺はビックリして、再び固まってしまった。少しして我に返った俺は、彼女に尋ねてみる。
「どうして? どうして俺がそんなことないって思ったの?」
「……」
また黙ってしまったか。でも間違いない。彼女は、一瞬だけしゃべってくれた。それは間違いない。かすれそうになっていたけど、あの高い声は間違いなくユキの地声だった。俺は少し感動すら覚えていた。が、看護師さんが再びやってきた。
「すみません。あと1分になりましたので、手短に済ませていただけますか?」
俺は唇を強く噛んだ。悔しい。もしかしたら心を開くチャンスがあるというのに……。ただ時間を伸ばすことはできない。それは病院側との約束だ。でもこのまま話を途切れさせるのは嫌だった。この話の続きをしたい。もっとユキのことを知りたい。そしてなにより、ユキの心を開いて、救ってあげたい。そう思った俺は、これらの気持ちを一言で表した。
「ねぇ、もし退院したら、今度一緒に自主トレしない?」
自主トレとは自主トレーニングの略称で、通常個別でトレーニングをするのだが、他の選手と合同でトレーニングをするという方法もあるのだ。一緒に練習をすれば、いろいろと知れると考えたための発言だった。これでどうだ?
「……」
……ダメか。仕方ない。彼女の意思だ。俺は彼女の気持ちを察して、早く帰ることにした。
「ご、ごめんね。できないよね。無理はしなくていいから、ゆっくり治しなよ。じゃあね」
「……いいよ」
またかすかに、あのか細い声が聞こえた。
「えっ? 今、なんて?」
「自主トレなら、一緒にやってもいいよ」
「ほ、本当に!?」
思わず俺の声が弾む。するとずっとそっぽを向いていた顔が、少しだけこちらを向いた。そして、
「うん」
彼女はうなずいたのだ。間違いない。彼女はうなずいたのだ。俺は喜びのあまり、追加でいろいろと言った。
「本当だね!? 絶対にやるんだよ! 約束だよ! 場所は南の島にしよう! それでお金は俺が全額負担するから、2人で行こう! 練習メニューは……、とりあえず後で考えておくから、体、しっかり作っといてね。絶対だよ! 約束だからね!!」
完全に押し切った感じになったが、俺は勢いに身を任せて、彼女との約束を取り付けた。
「じゃあね。待ってるからね」
俺は声を弾ませたまま、病院を出るのだった。こうして俺は見事に大きなチャンスを掴んだのだった。
これだけ一度にいろいろ言うと、ユキだけでなく、俺自身もわからなくなってしまいそうだが、そこまでしてでも俺はユキの心を開きたかったのだ。正直自分で言っておいてなんだが、彼女からの了承をもらえるとは思っていなかった。ただとにかくこれで、ユキの心をより開くチャンスをもらえたのは確かだった。力み過ぎてはいけないが、試合同様、強い気持ちを持って臨めば、必ず良い結果が得られるはずだ。
そしてそれは、決してチームのためを思っての行動ではない。あくまであの真っ白な少女、ユキ・ジークラーのことだけを思った行動だ。それでも俺は、チームに迷惑をかけてもいいと思っていた。それほどまでに彼女を救いたかった。なぜなら――、
いくら見た目が真っ白でも、彼女の思いや気持ちまで、真っ白にはさせない。その強い気持ちがあったから――。




