閑話 互いの理想
「すごい・・・」
闘技場の近くでその光景を見ていたセリューは思わずそう呟く。目の前では戦い終えたカリスと騎士団長の二人が汗ひとつかかずに立っていた。
圧倒的高レベルの戦い。最後武器が壊れなければ果たしていつ勝敗がついたかわからないような戦いだった。その光景に騎士団メンバーは奮い立ち、ある貴族は畏怖を抱き、城に仕える使用人は皆圧倒されるなかで、セリューの心にはただただ強い憧れの念しかなかった。
いや、きっと憧れだけではないのだろう。歓喜、畏怖、崇拝、どんな言葉が当てはまるかわからないような強い気持ちだ。
「僕もあんな風になれるのかな・・・」
「そう思うならあなたなりに頑張りなさい」
「姉さん・・・」
隣の姉に視線を向けると、セレナはどこか面白いものを見たような表情を浮かべながら言った。
「まさか引退してこれだけの力を持ってるなんて思わなかったけど・・・それでも、あなたも彼に憧れるならそれなりに努力なさい、あなたは次期国王なんだから」
「努力・・・」
「そう、色々と勉強して、体を鍛えて、人脈を作って、心を鍛えて、そして大切なものを見つけること」
「大切なもの?」
「フォール公爵にとっては奥さんやローリエさん、まあ家族がフォール公爵の大切なものなのでしょう」
その言葉にセリューはますます尊敬の念が強くなる。家族のためにこれだけ戦えるということに驚きと同時に芽生える気持ち。
「僕は・・・あの人みたいになれるかな?」
「全く同じにはなれないわね。でも、限りなく近付くことはできる。もし出来ないなら、その有り様だけでも真似ることね」
「有り様・・・」
「そう、簡単に言えばあなたなりに彼の良いところを学べばいいのよ」
「僕なりに・・・良いところを学ぶ・・・」
「そう、ご覧なさい。あそこにもあなたと同じように衝撃を受けている子がいるわよ」
その言葉に視線を向けると、騎士団長側の方に自分と同い年くらいの赤毛の少年がいることに気がつく。彼もまたセリューと同様に目の前の人物に憧れの視線を向けていた。いや、きっと、彼がその視線を向けているのは騎士団長なのだろう。そして自分はカリスに向けているとわかり、なんとなく親近感か沸いた。
「姉さん・・・僕、頑張る。頑張ってあの人みたいになって、この国の人を幸せにしてみせる」
「そう、頑張りなさい。私も私なりに頑張るから」
「うん!」
そうして少年達は歩き出す。目標は遥かに高く険しい道のりだがそれでも今度は決して折れないだろうと思う。憧憬ーーー憧れの心がある限り少年は真っ直ぐ前を向いて歩いていける。そんな彼を微笑ましく見守るセレナもまた、弟のこの変化に心からカリスにお礼を言うのだった。




