閑話 遠くの理想
理想は遠い
「セリュー様大丈夫ですか?」
馬車に残った三人の無言の空間を破ったのはナナミだった。ローリエにそっくりの彼女に少なからず思うところはあるけど、既に手放した未来にはセリューは目をくれずにその言葉に思わず溢していた。
「情けないよね。こうして待つことしかできないなんて」
力になりたいのに足手まといだと言われたようなものだ。カリスに剣を習って少しは自信がついたと思ったが、今のセリューでは大切な人ーーーメフィを悲しませる結果にしかならないと言われては反論できなかった。
自分の無力さに嫌気がさすと、不意に固く握っていた手をそっと包み込む感触がセリューの心を落ち着かせる。
「セリュー様は情けなくないです」
「メフィ・・・」
見ればセリューにとっての特別な人は優しくセリューの固く握っていた手を解きほぐしてから、自分の胸に手を持っていくとそっと心臓付近を触らせて聞いた。
「聞こえますか?私の鼓動」
「・・・凄くドキドキしてる」
「はい。本音を言えば怖いんです。私昔から暴力とか苦手で、だからこの状況も怖いんです。でも何より怖いのはセリュー様がいなくなることです。大好きな貴方に生きていてほしい。私の願いはそれだけなのです」
その言葉にセリューは先ほどカリスの言葉を思い出す。
『セリュー様。本当に大切な人を守りたいのならその心も守るのが貴方の役目ですよ』
その言葉で自分がいかに未熟かを思い知る。そうだ、自分が守りたいのはこの大切な人なのだ。その人が不安になるほど弱いなら、例え戦いに赴いたとしても守れるとは言えない。なら、今の自分が何をすればいいのか。セリューは少しだけ深呼吸をしてから微笑んで言った。
「ありがとうメフィ。やっぱり僕は君のことが大好きだよ」
「~~~!?う、嬉しいですけど、ナナミもいますから、その・・・」
恥ずかしそうにもじもじするメフィにセリューの中の何かのスイッチが入るような音がしたけど、それが発動する前にナナミが少しだけ呆れたように言った。
「ラブラブなのはいいですけど、多分カリス様なら大丈夫ですよ。少なくともそこら辺の賊じゃカリス様に傷一つつけられないでしょうから」
事実、ナナミは暫くフォール公爵家に仕えてから、カリスという人物を間近で見て知っていた。あれは人間の領域を越えている。騎士団長と引き分けたと聞いた時にナナミが思ったのは手加減をしたのではないかということだ。どう見てもこの世界で、いや人間でカリスに勝てる存在はいないだろうと確信している。
「そうだよね・・・冷静になると、フォール公爵がたかが賊に負けるわけないよね」
「ええ、だから信じて待ちましょう」
メフィの手を握りながらもセリューはいつかあの背中に追い付いて並んでみせると決意する。まだまだ理想は遠いけどいつかそれを現実にしてみせると誓うのだった。




