第十三話
夕立side
絶対におかしい。
目も当てられないような無惨な死体を食い入るように見つめ、爛々と眼を光らせる彼女に、私はただただ震えることしか出来なかった。
彼女は、あんな人ではなかった。首に残る痛々しい痣や、飛び出した内臓を見つめて目を輝かせるような、そんな人ではなかったのだ。
私は、そんな彼女___いちごに、話し掛けられないままでいた。
みんなあのいちごの様子に気付いていないのだろうか?
すがるように辺りを見渡すも、そういった素振りを見せている人は誰一人いなかった。
___私だけが、気付いているのだろうか。
全身から冷や汗が吹き出る。
現実が受け止められない。いや、受け止めたくなかったといった方が正しいだろうか。
何故?同じ時間を共に過ごした、大切な友達なのに。
あんなに仲良く笑いあっていたのに。
どうして、どうして、そんなに楽しそうに、
真夜中、朝の出来事が気がかりで寝つけなかった私は、ぐるぐると思考を巡らせていた。
いちごの奇病が発覚したのは一週間前だ。丁度、私が診察当番の日。
あの日、青ざめた顔をしてふらふらと診察室へ入ってきた彼女に驚き、どうしたのと慌てて尋ねたとき。
いちごはか細い声で、ぽつぽつと身体の異常を語った。
まず、酷く咽が渇くと。
何か食べても水を飲んでも変わりはなく、どうやっても潤わないらしい。
次に、歯と爪が異様に鋭く伸びると。
何度切っても、つぎの日には元通りになってしまっているそうだ。
最後に、...意識を失うことがある、と。
何の前触れもなく、突然に。ふと気がつくと全く違う場所に移動してしまっていたこともあるそうだ。
私、病気なのかな。
震えた声でそう呟いたいちごに、私はどう言葉をかけていいかわからなかった。
_もっと、ちゃんと話を聞いてあげるべきだった。
じわり、と嫌な汗がにじんだ。奇病が悪化する一番の原因は、心の状態にある。
いちごは、自分の病気の発覚に驚き、不安だったに違いない。
私が、...私がその不安を和らげてあげなければいけなかったのに。
心は、人に悩みを打ち明けることでおおかた安定を取り戻す。
だが、独りでそれを抱え込んでいると、___
溢れ出る罪悪感と不安感。
......いや、今からでも間に合うかもしれない。
いちごの病気の進行は、まだ止めることができるかもしれないじゃないか。
いてもたってもいられなくなった私は、とにかく話をしようと足早にいちごの部屋へと向かった。
「いちご..........いちご?」
ノックをして呼び掛けてみるも、返事が返ってこない。
もうこんな時間だし、寝てしまったのだろうか。
起こしてしまっても申し訳ないな、と思っていると、ふと、ドアの鍵が掛かっていなかったことに気がついた。
「......閉め忘れ?」
彼女に限ってそんなことがあるだろうか。
少し疑問に思いながら、そっとドアを開けて中を覗いた。
.......全身から血の気が引いた気がした。
いちごがいない。
_間違いない。奇病が悪化したのだ。
ばくばくと脈打つ心臓が苦しい。嫌でも朝の光景がちらつき、ひどく呼吸が荒くなった。
いちごは、症状が出ているときの意識はないといっていた。
.........そんな状態なら、彼女は何をしでかすかわからない。
最悪の事態を考えないようにしながら、私は他に部屋の外を出歩いている人がいないか確認するため、急ぎ足でキッチンの方へと向かったのだった。