第十二話
白田side
「...たま、」
震える声で彼女の名前を呼ぶ。
朝日に照らされた艶やかで長い黒髪は美しく、私は、目の前の彼女が死んでしまっただなんて到底信じられなかった。
「なすび、」
赤黒く染まった彼女の顔は、元の目鼻立ちが分からないほどぐちゃぐちゃに潰れてしまっていた。
土と血が混ざりあって、酷い悪臭を放っている。
鼻をつくような臭いが目に染みて、じわりと涙が滲んだ。
私は、むせかえりそうになりながらも、必死で彼女らの名前を呼んだ。
...だが、そんな思いも虚しく、二度と二人の目が開かれることはなかった。
真夜中、私は喉の渇きを感じて目を覚ました。
暑くもないのに、じっとりと汗をかいていてきもちわるい。
水を飲もうとキッチンへ降りると、見慣れた後ろ姿があった。
「ゆうだち.......?」
思っていたより大分掠れた声が出て、少し咳き込む。
依然変わらない不快感に、病気が喉にまで進行してきたことを悟った。
夕立は、私が声を掛けると、びくりと肩を揺らしてこちらを見た。
振り返った瞬間の彼女の瞳には、心なしか怯えの色が浮かんでいる気がしたが、辺りが暗いせいでよくわからなかった。
「し、白田かあ......びっくりさせないでよ...」
はあぁ、と大袈裟な程の溜め息をついてみせた彼女は、心の底から安堵しているように見えた。
「ええ...そんな驚く?ごめんって......こんな夜中にどうしたの?」
会話の流れで質問したつもりだったが、夕立はあからさまに目を泳がせて動揺しているようだった。
「.....ぁ....い、いや、ソファーで寝ちゃってさ、今から部屋戻ろうかなって...そういう白田はどうしたの?」
何をそんなに慌てているのだろうか。私にはさっぱりわからない。
「え?ああ、私は喉渇いたから水飲みに降りてきたんだけど...」
そうなんだ...と呟いた夕立は、突然はっと思い出したような表情をし、私の肩を強く掴んだ。
「...!!だめだよ、白田。水は我慢して早く部屋に戻って...!!」
一瞬、驚きのあまり声が出なかった。いったいどうしたというのか。
先ほどからの挙動不審な夕立の言動に、流石の私も声を荒げる。
「ちょっ....ちょっと待ってよ!!いきなりなんなの...!?!?意味わかんないよ...!!」
私がこう言うと、夕立はぐっと口をつぐんで必死に何か考えているようだった。
数秒の間のあと、彼女は一つずつ言葉を選びながら話し出した。
「....ごめん、今説明してもきっと分かってくれないと思う。...明日、全部話すから..........とにかく、今は部屋に戻って......お願い......」
俯いていて表情は分からなかったが、いつになく真剣な彼女の声色は、冗談を言っているようには聞こえなかった。
「...そこまでいうなら....。」
今は言うことを聞いておいた方がいい。そう思った。
私の言葉に、夕立はぱっと顔をあげて、ほっとしたような表情を浮かべた。
だが、そんな彼女の顔は、私が次の言葉を発する前にみるみる青ざめていった。
どうしたのだろうと思い振り返ろうとした瞬間、目の前が真っ赤に染まった。
そしてすぐに、真っ暗になった。