第九話
晴飛side
「さな」
返事はない。
それでも、きっと彼女には聞こえている。そう思って、言葉を続ける。
「ご飯だよ。みんな待ってるし一緒に下降りよ?」
反応はなかった。でも、しばらく待っていると、彼女は微かに頷いてよろよろと立ち上がった。
覚束ない足取りの彼女の手をしっかりと握り締め、ゆっくりと階段を降りる。
さながこんな風になったのは二週間程前からだったろうか。
友人の死や、それと連鎖しての悪化。
人一倍繊細な彼女の負った心の傷の深さは、きっと私には計り知れない程大きなものなのだろう。
そんなことを考えているうちに、彼女の苦悩に気づけなかった自分に対して、沸々と怒りが込み上げてきた。
なんで気づけなかったの。一番近くにいたはずなのに。
同時に、少し悲しくなる。
なんで相談してくれなかったんだろう。
きっと彼女のことだから、心配をかけたくない、とかそんな理由だったと思う。
__だけど、
「晴飛」
私の思考は澄んだアルトで遮られた。
視線をあげると心配そうな表情をしたセレナの姿。
いつの間にかリビングについていたようだ。物思いに耽っていて気がつかなかった。
...優しい彼女に自分の悩みを聞いてもらいたい。
でも、ただでさえ忙しいであろうセレナに、私のしょうもない悩みを打ち明けたところで迷惑になるだけだ。
迷う心を悟られないよう努め、大丈夫、とだけ返す。
まだ不満そうな彼女の視線を避けるようにして自分の席へと向かった。
その日食べたご飯は、なんの味もしないように感じた。
夕食後、さなを送り届けるため彼女の部屋へむかう。
さっきの反動か、私の頭はなにも考える気になれなかった。
一言も話し掛けることなく、ただ黙々と足を進めていた。
椅子に彼女を座らせ、自室に帰ろうと踵をかえすと、右手がなにか軽いものに当たった。
ぱさ、という乾いた音に振り返ると、先程の不注意で落としてしまったのであろう、数枚の紙が床に散らばっていた。
_大切なものだったらどうしよう。
慌てて落ちた紙を拾い集めて、無意識にそれに綴られた文字列に視線を滑らせる。
...よくみると、文章に見えたそれは楽譜だった。
......何の曲だろうか。
ふと気になった私は、好奇心に背中をつつかれて紙をめくった。
数枚めくって...._見つけた。
太字で示されたその題名を見たとき、私の目は