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067 防衛戦8

 


 キサキが攻撃をしなかった理由。それは兵士達をまとめて殲滅するためであった。サーチアンドデストロイ方式で攻撃を加えても目的は達成できただろうし、無論達成する自信もあったが、それでは時間がかかるし、万が一不測の自体が発生した場合、取り逃がしてしまう恐れもある。



 また、全員集まる前に攻撃を開始した場合、圧倒的な戦闘力の開きから、兵士達が恐れをなして我先にと逃げ出す恐れもあった。散りじりに逃げられては追うのが手間だ。そうした自体を避けるためにも、まずはキサキ一人だけが姿をみせて、相手を油断させるという目的もあった。



 我慢しきれずに一人殺してしまったのは予定外だったが、死体はすでに燃え尽きて炭と化しているし、人の原型はもはやない。これなら問題はないと、キサキは考える。



 ちなみに、キサキが姿を見せた理由だが、キサキは魔族だが、見た目だけなら美しい女性だからである。そんなキサキには恐れを抱きにくいだろうという思惑があった。コウガ達が姿を見せずにキサキの補助に回ったのはそうした理由によるものだ。



 今回の作戦は森魔国ミストアの初陣。リヒトは気にしないだろうが、配下としてはわずかな失敗とて許容できるものではない。故に念には念をいれて、最も安全策であろう作戦を取ることにした。



 それにコウガ達は褒められたいのだ。リヒトによくやった、と。流石だ、と。そして自分たちの有用性、詰まる所、有能な存在であると結果をもって示したかった。



 コウガから話を聞けば、人狼達は滞りなく作戦を遂行、成功させたらしい。であれば、自分たちも、と思うのは当然の心境であった。



 そんな天狗たちの心情、目的を知らないジャンは思考を巡らせていた。キサキが兵士が集まるまで攻撃を加えなかった理由についてを……。



(攻撃を加えられない理由があった? ……いや。わざわざ待つ必要はないはず。Aランク冒険者を容易く殺す存在だ。我らなど一捻りだろう。なら、何かを待っていた? 一体何を? 待つとするなら何だ? そういえば、先ほどこれで全員だと言っていた。だとするなら……待っていた兵士たちかッ⁈ 失敗したッ! 采配ミスだッ!)



「撤退だッ! 散開ぃぃぃーッ!」



 ジャンが声を張り上げる。兵士たちは困惑の表情を受かべるが異は唱えない。それはジャンがいつだって自分たちのことを考え、寄り添ってきた故の人望である。理由は分からないが、ジャンが戦わずして逃げろというのなら、そうするのが正しいことなのだ。



 兵士たちは散りじりになって逃走を開始した。兵士達は走り出すとともに腰につけた袋をまさぐって煙玉を取り出して地面に投げつける。地面に叩きつけられた煙玉から大量の煙が噴出する。煙は周囲に拡散、辺り一面に広がった。



 散りじりになる理由は、その方が逃げ切れる可能性があるからだ。もし、通常の軍隊の撤退戦のような作戦をとったとしよう。つまり、殿となる部隊を残し、残りの部隊でまとまって逃げる場合だ。その作戦は確かに有用だ。だが、それはあくまでも相手の実力が大きく開いていない場合に限る。



 軍隊はありとあらゆる事態を想定し、訓練を積む。圧倒的な強者がいるこの世界では、当然そうした存在と遭遇してしまった場合の対処も想定していた。今回の撤退戦の方法––散開はその一つであった。



 だが、キサキたちがそれを許すはずもない。



 キサキを除く4人が魔法を発動した。撤退を始めた兵士達の前に燃え盛る炎の壁が出現した。その圧倒的な熱量を前に兵士達の足が止まる。コウガ達は地面へと降り立つと、各々が好む方法で兵士を倒し始めた。兵士達は何とか抵抗しようと武器を構え、魔法を放つが、それらが対象を捉えることはなかった。一人また一人と兵士が倒されていった。



 ジャンは煙玉の煙が立ち込める中、四方が赤い何かに囲まれている状況を認識して唇を噛み締めた。これは自分の失態だ、と後悔を滲ませる。



 ジャンは今でこそ戦いの表には出ない指揮官であるが、入隊当初からしばらくの間は一般的な兵士と同じく前線に立って戦う兵士であった。



 入隊から数十年。ジャンは今回従軍した中で最も経験を積んでいる。しかし、そんなジャンでも経験していないことがあった。



 それは圧倒的な強者との遭遇だ。



 もちろんそれなりの数の危ない橋を渡ってきてはいる。勤務年数に相応の数の死線はくぐってきているのだ。しかし、そんな経験の中でも絶望的な実力差がある相手との遭遇は終ぞ経験してこなかった。



 最初にキサキを見た時、ジャンは撤退を選択すべきであった。しかし、なまじ優秀であったが故に。経験なき故に。軍隊の一員であるという意識故に。ジャンは敵襲だと告げ、兵士を集合させてしまった。



 キサキが腰の剣をスラリと引き抜き、歩き出す。



 同時にジャンは煙の中を自ら目掛けて進む影を見る。



 煙玉によって視界が不良状態であるとはいえ、数メートルの範囲は視界が通る。元々あまり離れていなかったキサキからすれば、ジャンの位置は丸分かりだった。



 ジャンは一歩また一歩と自分が死へと近づいていくのを感じていた。そして、残り数歩が自分に残された命で時間だと。ゆっくりだが、確実な死を与えるであろう目の前の存在をジャンは改めて見る。



 影がやがてその姿をあらわにした。



 やはり美しい女性だ。だが、それは自らに死を齎す存在。それはさながら––



「死神、か……」



 剣が自然な動作で振り下ろされた。ジャンはそれをただ眺める。抵抗しようとは思わなかった。抵抗したところで意味がないと分かっているからだ。死ぬまでに数秒の時間を稼いだところで、そこに一体何の意味がある、と。



 剣が体に触れる感触がした。同時に斬られる痛みも。意識はそこで途切れ、そして再び浮上することはなかった。



 【シグマイン王国】第三軍の副官––ジャン=ジャック・マルチネス及びその配下の同軍兵士98人はそうして戦死した。



 ///



 一方、その頃のリヒトと言えば––



「……静かだな」



 執務室にて、そんな感想を漏らしていた。リヒトの配下のうち、城に詰めている者がほぼ侵入者への対応に飛び出していったためだ。そんな城には現在、リヒトとティターニア、そしてフィリアしかいなかった。一部の例外––引きこもり(エレンミア)を除きだが。



 複雑な表情を浮かべているリヒトとは対照的に、ティターニアはすこぶる機嫌が良かった。



「機嫌が良さそうだな」



「たまにはリヒト様と二人きりでゆっくりするというのも良いものだなと思いまして。ふふふ」



 フィリアはエレンミアの部屋の片付けの手伝いをしている。なので、この場にはリヒトとティターニアしかいなかった。



「そ、そうか。……それはそうと何も全員で行く必要があったのか? 大体こんな少数しか残っていない城ってどうなのだ、まったく」



 リヒトの言は最もだった。



 リヒトの配下は初陣とあって功を求めていた。だが、功を求めるばかり、城の警備などは頭から抜け落ちていたのだ。それに加え、魔族というのが元々戦闘狂的な部分があるのも理由だ。だがしかし。それかと言って、これはないのではないかとリヒトは思う。確かにリヒトとて彼らの気持ちは分かるし、自分のために頑張ってくれるのは嬉しくもあるのだが。



 リヒトは後で注意することを心に決める。確かに、リヒトを害せる存在など滅多にいるものではない。ないが、城に王と側仕え、それとわずかな人数だけを残して皆出て行くというのは、些か微妙な気分にさせられるというものだ。



「まあ良いではありませんか。いつもよりも静かで大変よろしいと思いますよ? そんなことより紅茶をどうぞ。クッキーもございます」



「うむ」



 そうしてリヒトはティターニアが淹れた紅茶を飲みながら、侵入者がいる方角の窓を見る。見たところで何が見えるわけではないが、ことある度についつい視線を向けてしまうのは、やはり状況が気になるからなのだろう。だが、リヒトは戦場には出れない。配下の者たちが任せて欲しいと懇願したからだ。



 そうして何度目かの視線を向けた先に今まで見えなかったものが見えた。視線の先には一匹の狼がいた。



「ふむ。レアハが帰ってきたようだ」



「レアハ様ですか? ……そういえば見かけませんでしたね。あの方のことですから、てっきりまた屋根の上で寝てるだけかと思いましたが」



「お、おう、結構辛辣だな」



「ですが事実です。……リヒト様。差し出がましいことを申し上げますが、組む相手は考えた方がよろしいかと。あのような怠け者……もとい役立たずは放り出してしまえば良いのです」



 リヒトが返答に困っていると、窓の方から声が聞こえてきた。



「ほほう。ティターニアよ。言うてくれるではないか」



 ティターニアから視線を移すと、そこには人型に姿を変えたレアハが立っていた。額には青筋が数本浮いている。



「ふんっ。事実ではありませんか。ここのところ貴女がしたことといえば昼寝だけ。よくそんなで組んでいるなどと言えますね」



「ぐっ……言い返せぬ」



「あれ? どうしたのですか、言い返さないのですか。……あぁ! 図星すぎて言い返せないのですね!」



「ぐぬぬ。このちびっ子が! 喧嘩なら言い値で買おうではないかッ!」



「望むところです! この私! 精霊女王たるティターニアが直々に、その腐った性根を叩き潰して差し上げましょう!」



 両者の視線がぶつかり、バチバチと火花が散っている様子をリヒトは幻視する。このままでは今にもここで戦いが始まりそうだ。そう考えたリヒトは二人を慌てて止める。



「待て待て! お前ら! まずティターニア! お前はレアハを煽るな! レアハはいざという時には強力な味方となる同盟相手だ! 本当に力を借りたい時には率先して動いてくれるはずだ! それとレアハ! ティターニアの言うことも最もだぞ! 普段から寝てばかりいるからこそ、こんなことを言われるのだ!」



 レアハとティターニアは多少納得いかない表情を浮かべるが、ひとまずわかってくれたようだ。城の破壊を未然に防ぐことができ、リヒトは安堵の息を吐く。作ったばかりで壊されてはたまらんとばかりに。



「で? レアハ。分かったか?」



 リヒトはレアハに一つ頼みごとをしていた。それは軍の出所の調査だ。レアハには一瞬だけコウガ達と合流してもらい、今回の敵の責任者に聞き出してきてもらったのだ。



「うむ。今回襲ってきたのは【シグマイン王国】なる国だそうだ」



「そうか。さてどうするかな……」



 選択肢としては二つ。滅ぼすか。滅ぼさないか。二つの選択肢について少しだけ考えるが、心はすでに決まっていた。滅ぼすか、滅ぼさないで言ったら、答えは当然––



「ふっ。考えるまでもない、か。さて。我も皆の頑張りに敬意を表して、一仕事してくるとしようか」



 《どうされるのですか?》



 リヒトは知識神(ソピアー)の質問に笑って答える。



 そんなもの決まっている。



「少しばかり挨拶に行ってくる。我が国の国民を殺そうと兵を差し向けてきた愚か者どもにな」



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