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066 防衛戦7

 


 冒険者たちが全滅した。それと同時に葉妖精の魔法が止む。兵士達は助かるかもしれない、と微かな希望を胸に唯一の出口に向かってひた走る。



 兵士は一人また一人と壁の向こう側へと消えていく。



 しかし、そこに救いはなかった。



「は、や、へ」



 兵士の一人が言葉にならない呻き声にも似た声を発す。その目から希望が完全に消え、やがて絶望の色へと彩られてゆく。



 兵士達を待ち受けていたのは大勢の人狼の戦士達であった。



 先頭に立つレブラントは、そんな兵士達の表情を見てニヤリと笑みを浮かべた。



「レブラント。案内役は一人確保した。……全員()っていいぞ?」



 レブラントの頭上には宙に浮くコウガがいた。そんなコウガの言を受け、レブラントはより一層笑みを深くした。自らが……いや。自分たち人狼が味わった屈辱。恨み。怒り。それらを返す時がきたと。



「承知した。皆の者! 行くぞ!」



『おおぉぉぉ!!!』



「やつらに我らの怒りを! 悲しみを! その身に刻みつけてやれぇぇぇ!!!」



 人狼達が動き出す。



 そんな人狼たちに紛れて突撃する騎士服姿の小さな影をコウガは見たが、努めて無視し、元の持ち場へと戻っていった。



 殺気を振りまきながら突撃してくる人狼たちプラスワンを見て兵士達は半ば狂乱しながら逃げ惑う。しかし、圧倒的な肉体能力を持つ人狼を前になすすべなどなく、ましてや逃げることなど不可能であった。



 兵士たちは逃げる背中を斬られ、首を飛ばされ、腕を斬り落とされる。わずかながらいた立ち向かう兵士も、大した抵抗すら許されず、命を散らしていった。



 そして––



 レブラントは右手に持った剣を横薙ぎに振るった。振るわれた剣は敵兵の首を斬り裂き、血が噴き出した。どう! という音を立てて体が地面へと倒れる。レブラントが周囲を見れば、すでに動く敵兵の姿はなく、空気には濃い血の匂いが漂っていた。



 レブラントは剣を振るって血を飛ばし、適当な布で若干残った血を拭ってから鞘へと納める。



 周囲を見れば、兵士のほとんどは生気なく地面に横たわっている。わずかばかり残っていた生ある者も、すでに戦意なく、呆然としたまま人狼たちに倒されていた。対して、こちらの損害はほぼない。完全なる勝利といっていいだろう。いつのまにか宙にいたはずのコウガがいなくなっていたが、作戦通りにわざと逃した一人がいたはずだ。それを追うために他の天狗たちと合流したのだろうと思う。



 コウガがこちらに顔を見せた理由は兵士を泳がせる必要がないことを伝えるためだっただろうから、いなくなったとしても不思議ではない。



 そして最後の1人が地面に倒れた。



「我らの勝利だぁぁぁー!!!」



『うおぉぉぉー!!!』



 そうして、森に侵入した兵士は殲滅された。



 ///



 コウガを除く4人はただ一人逃げ出すことに成功した冒険者を追っていた。彼らにとって森での追跡は容易だ。元々が森で生活している彼らにとっては、森はいわば庭のようなものだからだ。



 冒険者を追う4人の下にコウガが戻ってきた。



「おお若。あちらは終わったようですな」



「ああ。人狼たちの方は完了だ。兵士達に生き残りはいなかった。あとは俺たちだけだ」



「そうですか。では私達もいいところをお見せしなければなりませんね。……ふふふ。知らぬこととは言え、畏れ多くもリヒト様に楯突く形となった国の狗どもにはその身をもって罪を償わせましょう。そして、その暁にはリヒト様に……」



 シュリは恍惚な表情を一瞬浮かべると、その速度を上げた。シュリには珍しく、いつになく張り切っているようだった。そんなシュリを何とも言えない微妙な表情で見る3人の反応は間違ってはいないのだろう。キサキはキサキでずっと「ふふふ」と不敵な笑みを浮かべている。



 前を進む冒険者に気づかれないよう注意を払いつつ、絶妙な距離感を保って、その背中を追う。冒険者は途中途中で追っ手を警戒してか、足跡がつかないように木や蔓を使って移動しているようであった。



 その冒険者––ヤングは今や通常の精神状態とは言えない。そんな状況で、ヤングは半ば無意識的にそうした行動を取っていた。それはヤングが高位冒険者であるということの何よりの証左でもあった。身についた習慣というものは、どんな状況下であっても発揮するものだ。……いや、余計な思考を削ぎ落とし、ただ脅威から逃げて助けを呼ぶという目的のみを考えていたからこそかもしれないが。



 しかし、上空からヤングを追っているコウガたちには、その姿はただただ滑稽に映るばかりであった。



 壁を突き破って逃げ道を作るといった多少のイレギュラーこそあったが、ここまでの展開はおおよそ予定通りであった。あとは森の外にある敵の拠点を潰すのみだ。



 ヤングの後を追うコウガたちと視線の先にやがて森の切れ目が見えてきた。木々の隙間からは人工物らしきテント状のものや見回りをする兵士が見えている。



 ヤングは一層スピードを上げた。死地から抜け出せたという淡い感情が心を過ぎる。しかし、すぐにあの時の恐怖がせり上がってきて、それを打ち消した。



 ヤングが森から外へと飛び出す。視線を上げると、ちょうど雇い主の一人であり責任者としても紹介されたジャンが視界に入った。ヤングはジャンの下まで駆け出し、何とか言葉を紡ぎ出す。



 ジャンは急な展開に目を白黒させていたが、異常事態が発生したことだけは分かった。



「とりあえず状況を説明「その必要はありません」ッ?!」



 目線を上げたジャンの視線の先には美しい女性がいた。しかし、その姿はジャンたち人間にとっては異形のもの。魔族と呼ばれる種族だと一目でわかる。



「な、何故ここにッ?!」



「あなた方の愚行。万死に値する。その身を以て、罪を償うが良い」



 キサキだ。キサキはコウガたちに先んじて森から飛び出し、空中から地面へと降りていた。



 キサキが表情を感じさせない冷たい目でヤングを見据えると、おもむろに右手を向け、ヤングに魔法を放った。放たれたのは火の魔法だった。立体的な丸状の魔法は地面に座っていたヤングに命中するやいなや、急激にその体積を膨張させ、ヤングの身を包んだ。火柱が吹き上がる。ヤングはその身を焼かれ、苦痛に呻きながら絶命した。



「な……」



 ジャンはそれを見て放心した。実力あるAランクの冒険者が、不意打ちのような状況だったとはいえ、なすすべなく殺されたのだ。その混乱といえばひとしおだろう。



 だが、時間の経過とともに、思考は戻る。ジャンは声を張り上げた。



「て、敵襲ぅぅぅーッ!!!」



 半ば無意識にジャンが声を張り上げる。その声に反応した兵士が集まり出す。キサキはそれを見て、何をするでもなく、先と同じ無感動な目で見ていた。



(なぜ何もしない⁈)



 ジャンには分からなかった。容易く殺せる自分という存在はおろか、集まってきた兵士たちに対して何もしない目の前の魔族が……。



 集まった兵士が武器を抜いた状態でキサキを囲む。キサキから発せられているオーラともいうべき強者の気配はしかし、攻撃を許さない。兵士たちの間では緊張感とともに半ば確信にも似た一つの想像が頭を巡っていたからだ。それは、手を出したら最後、なすすべなく、そして容易く葬られるだろうということ。故に手出しができなかった。



 しかし、そうした状況はいつまでも続かない。状況はやがて一つの変化を迎えた。



「キサキ。これで全部みたいだ」



「分かりました。確認ありがとうございました」



 ジャンはハッとして上を見た。上空には目の前の魔族と同じような特徴を持った人物が4人浮いていた。兵士の間で絶望が伝染していく。



「では、始めるか」



 ここに降り立ってから初めて、キサキの顔に感情の色が宿った。



 笑顔だった。普段であれば見とれてしまうかのような、そんな魅惑的な笑みだった。しかし、ジャンの目には、そうは映らなかった。ジャンにはそれが、どうしても悪魔のような笑みにしか見えなかった。



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