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064 防衛戦5

 


 森に侵攻する軍隊に追従する冒険者は、その異様さに困惑していた。ある時を境に、魔物が一切現れなくなったからだ。



 魔物というのは通常の動物と同じように縄張りを持つ者が多い。自らよりも圧倒的な強者と認められる存在がそこに入ってきた場合はその限りではないが、通常、縄張りが侵されるようなことがあれば、即座にその排除に向かうのが常だ。



 ましてや、今冒険者たちがいる場所は【帰らずの森】の中層。ゴブリンやスライムといった魔物たちとは比べ者にならない強さを持つ魔物が縄張りを張っていてもおかしくない。むしろ、張っていて然るべきだ。そんな場所を荒らすかのように大勢で闊歩しているのだから、縄張りを張っている魔物がいるなら襲いにくるのが普通である。



 だが――



 魔物との戦闘はおろか、その姿すら片鱗も拝むことがなくなっていた。



「おい。おかしくねーか?」



「あぁ、不気味だぜ。嵐の前の静けさ。そんな気がしてならない」



「俺もそう思う。……国からの依頼じゃなけりゃ罰則金――依頼放棄の場合に払う――を払ってでも辞退したいところだ。こりゃ何かヤバいことが起きる。そんな気がする」



 ベテランと言われる冒険者たちは言い様のない不安に襲われていた。冒険者としての勘とも言える。経験を積んだ者の勘というのは、根拠がなくとも意外と的を射ていることが多く、侮れない。特に、冒険者という職業に関しては、その勘で生死が左右されるなど多々あることなのだ。ベテランの彼らも、自らの勘に従って行動し、九死に一生を得たという経験は多かれ少なかれ持っていた。無論、勘が外れることもそれなりの数あったりもするが……。



「そうっすか? ……ひょっとするとアレじゃないっすか? 【帰らずの森】の魔物が前とは異なる動きを見せるって言っていたから、その影響とか?」



 まだ年若いと言える二十歳前後の冒険者が言う。彼の名前はヤング。彼は【シグマイン王国】の王都――【サンドライン】で、若手の有能な冒険者と知られている人物だ。まだまだ経験が浅く、楽天的すぎるところも玉にきずだが、いつか最高位のランクに達するのでは? と将来を嘱望されている。



 そんなヤングが言う『【帰らずの森】の魔物が前とは異なる動きを見せる』というのは、最近冒険者ギルドで真しやかに噂されていることである。



 今まで【帰らずの森】の魔物は群れというものを作っていなかった。無論、全く作る魔物がいなかったというわけではないのだが、ほとんどは己の身一つで生き抜いてきた魔物ばかりだったのだ。そのような魔物は強力であることには違いないが、倒せないことはない。むしろ、上位冒険者同士が、パーティーを組み、しっかりと準備して挑めば倒せる相手だった。



 しかしそれは、相手にする魔物が一体だった時の場合だ。いくら、パーティーを組んで抜け目のない準備をしていたとしても、強力な魔物同士が徒党を組んで襲いかかってくるようなことになれば、途端に対処しきれなくなる。最近の【帰らずの森】の現状は通常ならあり得ない、そのような事態が度々報告されるようになっていた。



 この件に関しては、未だ冒険者ギルドの調査が行われたわけではないので真偽のほどは定かではないが、それなりの数の報告があったことや、何より冒険者自身がそれを実感していたため信憑性の高い噂として認識されるようになった。



「うん、まぁー確かにそれの影響かもしれんが断定はできんな。それにそれだと魔物に全く遭遇しないことの説明がつかんだろう?」



「そうっすかねぇー。……まぁ俺としては戦いが少ないに越したことはないっすけど。これから人狼ワーウルフと戦うことになるかもしれないっすから、消耗は少ない方がいいですし」



 ヤングは肩を竦めて言った。しかし、彼の言うことは実に正論でもある。人狼ワーウルフは強い。そんな存在を相手にするにあたり、事前に消耗などしてしまっては勝てる確率が更に下がってしまう。今回遠征に参加した冒険者の実力では、一対一では人狼ワーウルフには勝てないので尚更だ。



「まぁ消耗はないに越したことはないんだがな……」



 ヤングと会話していたベテラン冒険者――マルスがポロリと溢す。彼とて、そのあたりの判断能力は有している。仮に、万全の状態で人狼ワーウルフと相対した時に必要な頭数が三人だとする。これがもし、相対する前に消耗していた状態ならば、必要な頭数が四人にも五人にもなってしまうだろう。それほどまでに人狼ワーウルフという魔族イビルは強力であり、油断ならない大敵なのだ。



「そうっすよ。マルスさんたちは考えすぎですって。森に入って魔物と遭遇しないことなんか度々あるじゃないっすか。俺なんて、冒険者に成り立てだった頃、依頼受けてゴブリンを狩らなくちゃならなかったのに、二日間ゴブリンどころか魔物自体に全く出会えなくて違約金――未達成の場合に払う――払う羽目になったっすからね」



「お前……運ないな。ゴブリンなんてそこら中にいんのに」



「ほんとっすよ。そんで、ゴブリン諦めてスライム狩りに変更したら、今度はゴブリンが滅っ茶出てきましたっすからね。それでスライムは出なくて、また違約金を払う羽目に……なんか思い出したらムカムカしてきたっす。くそッ! 魔物の分際でッ!」



「……まぁあれだ。ドンマイ」



 マルスはヤングの肩に手を乗せて哀れみの顔を向ける。



「……はぁ。まぁ五年前の話なんすけど」



「五年? 五年前はお前【サンドライン】にいたか?」



「そうっすよ」



「あぁだからか」



「どうしたんすか?」



「いやな。ちょうど五年前に【サンドライン】の近くでゴブリンの里が発見されてな。その討伐があったんだよ」



「……あっ。じゃあ、まさかゴブリンに出会わなかったのも、別の日に滅っ茶出てきたのも、その関係っすか? 受付嬢も言ってくれれば良かったすのに……」



「下手に言って馬鹿な低ランク冒険者が挑戦するのを避けるためだろ? 里が発見された森は低ランク冒険者は立ち入り禁止になっていたから言わなくても問題ないしな。お前がゴブリン討伐の依頼を受けたのは別の森だっただろうし。それにおそらくゴブリン討伐を受注する時に止めるように諭されたはずだ。お前のことだから聞いてなかったんだろ?」



「うっ。かもしれないっす……」



「まっ。もう過去の話だ。今はこの依頼のことだけ考えるとしようぜ。そろそろ深層に入るところだからな。気を引き締めねーと」



「そうっすね」



 ヤングとマルスは手に握っていた愛剣を握り直し、一つ息を吐く。すると、先ほどとは打って変わって真剣な表情をその顔に浮かべていた。纏う覇気すら変わっている。



 冒険者はパッと切り替えをできる者が生き残る。言わば、切り替えは冒険者として長く生きていくための必須スキルのようなものだ。例えば苦楽を共にした仲間が死んだ時。例えば睡眠中に急な襲撃を受けた時。そういった場面では気持ちの切り替えを素早くできる者が生き残る。



 ヤングとマルスは、この気持ちの素早い切り替えというものを会得している。冒険者は活動開始から一年以内に死ぬ者が多いとされるが、それを容易に越える年数を冒険者として生き残ってきたのは、このスキルのお陰でもあるのだ。



 やがて、ヤングやマルスたち冒険者組を含む、【シグマイン王国】の面々は【帰らずの森】深層へと入っていった。



 ♦︎♦︎♦︎



 【帰らずの森】の外に拠点を張っていた【シグマイン王国軍第三軍】の面々が、部隊の大部分を森へと送り出してから六時間ほどが経過した。



 現在の時間は午後三時。そろそろ森に入っていった兵士たちから、いくつかの報告が入ってきてもおかしくない時間が経過していた。現在、森へと侵攻している各部隊の隊長には、人狼ワーウルフに遭遇したら本部に一報を入れるように言い付けてあった。……だというのに、未だに一件も報告は入ってきてはいなかった。



 役に立たない上司(ケビン=マクレガー)の代わりに実質【シグマイン王国軍第三軍】を指揮している副官――ジャン=ジャックは待てども待てども来ない報告に焦燥していた。



「……少しの間、外へと出ている」



「承知いたしました」



 ジャン=ジャックは気分を落ち着かせるためにも一度外へと出、パイプを吹かすことにした。部下に外へと出る旨を伝えてからテントを出、少し歩いて【帰らずの森】が望める場所へと行く。そして、草原に点在している手頃な岩の一つに腰を下ろすと、手に持ったポーチに入っているパイプを取り出し、刻み煙草を入れて火を着けた。



「ふぅ~。何故誰も報告に来ないんだ? ……何かあったのか? いや、あれだけの兵力なら人狼ワーウルフにも引けを取らないはずだ。……新手か? う~む」



 パイプを吹かしたことによってリラックスできたジャン=ジャックは、クリアになってきた頭を回転させて理由を考える。しかし、やはり現場の者の意見がなければ、思考が纏まらないのは明白だった。



「誰か報告に来ないものか……」



 その呟きは口から吐き出した煙と共に空へと消えていく。ジャン=ジャックはもう一回パイプを吹かそうと、視線を落として傍らに置いていたポーチへと向けた。そして、刻み煙草を取り出そうとポーチへと手を伸ばす。



 ――その時だった。



「だ、誰かッ!!! 助けてくれッ!!!」



 突然、森の方から声が聞こえてきた。切羽詰まったような、今にも泣き出しそうな、そんな弱々しい声だ。ジャン=ジャックは視線を森へと向ける。やがて、森の中から一人の冒険者が顔を出した。二十歳前後の若い冒険者だった。その冒険者はしきりに後ろを気にしながら草原へと飛び出してきた。その体には所々に傷があり、至るところから血が流れていた。身に付けていたであろう革製の防具は断ち切られ、持っていた剣は半ばから折られている。その冒険者は見るからに満身創痍であった。



「どうしたッ?!」



「助けてくれッ! マルスさんたちがッ! マルスさんたちが俺を逃すためにッ! 頼む援軍をッ! 援軍を出してくれッ! 頼むからッ!」



 その冒険者は地面へと座り込み、そのまま土下座をした。



 ジャン=ジャックはその冒険者に見覚えがあった。【サンドライン】の冒険者ギルドにおいて史上最年少でAランクへと上がった有名な冒険者だったからだ。記憶が正しければ、確かヤングという名前だったはずだと思い起こす。そんな彼がここまで一方的にやられ、心まで折られる状況とはいったいどうしたことか? と驚愕する。



「とりあえず状況を説明「その必要はない」ッ?!」



 ジャン=ジャックがヤングに状況を聞こうとしたタイミングで、それに被せるような声が聞こえてきた。彼は思わず視線を上げる。ヤングの後方――3mほど離れた所には、彼を睨み付けるかのような鋭い眼光を向ける一人の女がいた。だが、その女はただの女ではなかった。もっと言えば、その女は人間ではなかった(・・・・・・・・)



「な、何故ここにッ?!」



「貴様らの愚行。万死に値する。その身を以て、罪を償うが良い」



 その女はジャン=ジャックたちが追っていた人狼ワーウルフではなく、背から翼を生やした茶髪の魔族イビル――天狗テングだった。



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