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060 防衛戦1

 


 この世界――【ユグドラシル】の北方には、広大な草原地帯が広がっている。周囲を森に囲まれた、その草原地帯には森での生存競争に敗れた魔物や、力の弱い小さな魔物が出現する。森と比べて餌が少ないこともあって、力のある魔物はまず出現することがないからだ。故に、この草原地帯は、ここら一帯では比較的安全な場所とも言える。



 そんな草原地帯に住む魔物たちは今日もいつも通り生活していた。大型犬ほどの大きさの、兎のような見た目の魔物は人間の膝丈ほどはある草をみ、足を一本失った狼の魔物は、草原地帯の所々に散在する岩の上でその身を休ませている。



 だが突然。そんな彼らは何かの気配を感じ取ったのか、同時に一つの方向を向くと、一斉に逃げ出した。



『【ウィンドカッター】』



 魔物たちが逃げ出した直後。草原地帯に複数人もの重なった声が響く。発生した数十にも及ぶ風の刃は丈の長い草原を斬り裂いていく。後にできたのは、一直線に切り開かれた道であった。



 魔法を放ったのは、草原地帯を行進する武装集団だ。切り開かれたことによって歩きやすくなった草原地帯をローブを羽織った魔導師らしき者や、剣を腰に差した兵士らしき者が疲れを滲ませながらも進んでいく。ぞろぞろと長い列を作りながら行進を続ける、その集団は、はたから見れば威圧感がある。



 そんな集団の数およそ千。濃い緑を基調とした軍服に、胸の付近に付いた国旗を模した銀細工。そして腰には特徴的な形状の剣――ククリ刀が二本差してある。それらの装備は見る人が見れば、とある王国の軍隊であることが一目で分かることだろう。



 北方に位置するヒューマンの中堅国家――【シグマイン王国】。それが、行進する軍隊が所属する王国の名前だ。



 この国の軍隊は精強と名高い。それは、【シグマイン王国】が位置する北方の地域には、大陸中央部に比べて魔物の数が多く、その討伐ランクも高いことが理由として挙げられる。そのような魔物を定期的に相手取って戦っているのだから兵士の練度が高くなるのも必然であろう。



 そんな軍隊が草原地帯を行進している理由。それは、これからとある種族を討つためである。つまりは、戦い(・・)のためだ。



 通常、戦いに赴く際には、フルプレートや、それに付随する装備を身に付けるのが、この世界の軍隊における特徴だ。しかし、今この場所にいる兵士は誰一人として、そのような格好をしている者はいなかった。それはひとえに、長い行軍になればなるほど、重い装備が速やかな行軍を阻害するものでしかないからだ。無論、重装備をした方が良い結果をもたらすだろうと判断されれば、いかに長い行軍であろうと、それをさせたことだろう。



 しかしながら、かの軍隊が今回、相手にするのは、一人一人が強大な力を持った魔族イビル――人狼ワーウルフ。その一撃一撃は種族的にひ弱なヒューマンにとっては一撃必殺に等しい。故に、ひと度戦いが始まってしまえば、フルプレートをはじめとした武具は重いだけで邪魔にしかならないのだ。今回の遠征が軽装なのは、そうした理由によるものであった。



「何だよ、あの馬車。ふざけやがって」



 兵士の一人が悪態をついていた。



「おい。止めとけって。聞かれたら懲罰もんだぜ?」



「すまん。つい……」



「まっ。気持ちは分かるけどよ」



 話していた二人の兵士は多少の憎悪が籠った目でとある方を見、ため息を吐く。



 彼らの視線の先には一台の馬車が走っていた。軍隊の真ん中より若干後方。最も安全とされる位置を走る豪奢な馬車だ。場所に不釣り合いな豪華すぎる悪趣味なその馬車は、三頭の馬によって引かれていた。兵士から見れば、考えられない光景だ。通常の行軍に参加する馬車は二頭の馬によって引かれる兵糧を運ぶものだけなので、その浮きっぷりは筆舌に尽くしがたい。



 そんな馬車に乗るのは、今回の遠征に選ばれた【シグマイン王国軍第三軍】の将軍――ケビン=マクレガー・ファットンだ。彼は、兵士が自らの足で進む中、柔らかなソファーに座り、ワインを片手に美女を侍らせていた。その姿は作戦行動中の行軍とは思えない。……いや、むしろ、連れている兵士たちを愚弄するかのような姿であった。



「直に森の入り口に到着しますが、いかがなさいますか? 恐れながら私の意見を申し上げますれば、森に進入するのは明日にした方が良いと愚考いたしますが……」



 そんなケビン=マクレガーに馬車の扉の外から声をかける者がいた。その男の名前はジャン=ジャック・マルチネス。今回、遠征に選ばれた【シグマイン王国軍第三軍】で副官に任ぜられている男だ。初老に差し掛かった年齢に、筋肉質ながらも引き締まった体を持っている。不摂生なケビン=マクレガーと比べれば、その差は一目瞭然だ。そして、彼の性格もまた、ケビン=マクレガーとは正反対である。



 ジャン=ジャックは真面目で実直な男だ。それは同軍隊内においてもよく知られている。真面目すぎるゆえに、多少融通がきかないところはあるが、部下からも慕われており、何より才能があった。ゆくゆくは、軍を率いる一軍の将として高い地位に就くことも暗黙のうちに約束されていた(・・・・・)



 しかし、それが叶うことはなかった。現在、ジャン=ジャックの直属の上官となっているケビン=マクレガーが、己の地位を利用して無理矢理に将軍の地位を掠め取ったからだ。ケビン=マクレガーの父親は公爵家の当主であり、王国内においても、高い発言力と多くの権力を握っている。ケビン=マクレガーは、その権力によって、ジャン=ジャックが就くはずだった将軍職を得たのだ。



 ジャン=ジャックも、当然異を唱えたが、それが認められることはなく、結果として七光りの馬鹿息子(ケビン=マクレガー)の下に副官として就くことになってしまった。しかし、彼はそんな不遇な境遇にありながらも持ち前の有能さで第三軍を盛り立て、今では精鋭だと名高い【シグマイン王国軍】の中でも上位の実力を持つ軍隊だと言われるにまで成長させた。



「うむ。では、そのように致せ。あぁ、これから暫くは声をかけるでないぞ? 我輩はこれからお楽しみの時間だからな。グフフ。では、早う行け」



 ケビン=マクレガーは、侍らせている美女二人を嘗め回すかのようなねっとりとした視線で見ると、ジャン=ジャックを尊大な口調と声音で追い払う。



「……承知いたしました。では、森の前に着きましたら、その場所で拠点を置き、そこで一泊するとの方針を伝えておきます」



 ジャン=ジャックとて、思うことがないわけではない。今までも数々の諫言はしてきた。だが、今ここで諫言をし、いつものように対立しようものなら、それはいたずらに兵士を混乱させることに他ならない。彼は煮えかえるはらわたを強靭な精神力で押さえ込み、努めて冷静な口調を心がける。そして、馬車を離れ、伝令兵士に指示を伝える。伝令兵士は各部隊を率いる部隊長に方針を伝えるべく、方々へ散っていった。



 ♦♦♦



「では、今日はこの場所にて拠点を張る! 皆の者! ご苦労であった!」



 軍隊は、帰らずの森の200mほど手前で行進を止めていた。そして、ジャン=ジャックの指示通り、拠点を張るための準備を始めた。



 しかし、拠点とは言っても、それほど本格的な拠点を作るわけではない。通常予想されるような戦地での拠点設営は、長期間・・・の駐留を見越して設営する。そのため、ある程度は本格的な拠点を置く必要がある。が、今回の遠征は極短期間の予定である。故に、簡易テントをいくつか張るのみといった簡単なものであった。



 そして、指示にしたがってテントの設営をすること――およそ一時間。千人の人間が入るに足るだけの数のテントが仮の拠点に林立していた。これからは、長くても一週間目安に、逃してしまった人狼ワーウルフを探す予定だ。そして、見つけ次第殺し、最終的には殲滅を目指す。



 各々の兵士は、張ったテントに荷物をおろした後、料理専門の隊から配給される食事を受け取りながら束の間の休息を取る。その後は明日の捜索、そして戦いに備えて休養を取るのであった。



 そして翌日。軍隊は一部の部隊を残して【帰らずの森】へと侵攻を開始した。



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