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058 報告

 


「——というのが俺が知り得た状況です。ですので、人狼ワーウルフたちは【帰らずの森】を次の拠点にするのではないかと思います。本当は森の内部まで調査したかったんですが、俺の実力では、あの森の調査はちょっと荷が重いですね」



「なるほど。ですが、場所だけが分かれば調査依頼の報告は十分でしょう。お疲れ様でした」



 アランは柔和な笑みを浮かべながら、レオンを労った。しかし、直後には顔色を変え、笑みを消したごく真面目な表情になった。



「さて、一つ聞きたいことがあります。時にレオン君は魔族イビルについてどう思いますか?」



「? どうとは?」



「これは個人的な意見ですが、私は魔族イビルが“悪”だとは思っていません。今回の事に関して言えば、“悪”だと判断されるべきは人族ヒューマン側でしょう。そのあたりレオン君はどう考えているのかと思いましてね」



「……俺も魔族イビルが“悪”だとは思っていませんよ。物事の真理は弁えているつもりです」



「これから【シグマイン王国】の上層部は騎士団、そして冒険者の連合軍を組織して人狼ワーウルフたちの殲滅作戦を行うことになるでしょう。レオン君はそれに参加するのですか?」



「まさか。そんなものに参加する気はありません。今回の依頼だって、この国の国王からの指名依頼だから受けただけですし。国の依頼を断って余計なトラブルには巻き込まれたくはないですからね。……それに、俺はこの報告が終わり次第別の国に向かおうと思っていますから、物理的に参加はできませんね」



 アランは、レオンのその答えに満足したのか、再び穏やかな表情をその顔に浮かべると、



「そうですか。それは良かった」



 と言った。



 そして、その後に一言二言を話し、レオンは部屋を出ていった。



「先ほどのレオン君の報告内容なら国からの依頼は達成で問題ないでしょうかね。……それにしても、魔族イビルに敵対するなど、いったい何を考えているのか」



 アランは今回の人狼ワーウルフ殲滅作戦には良い印象を持っていなかった。彼もまたレオンと同じく、物事の真理を弁えているからだ。そのため、種族の差違で、差別し、排除するという今回の国の方針には腹に据えかねる思いを抱いているのだ。



 しかし、冒険者ギルドは国の協力があって成り立っている面は少なからずあるので、国からの依頼を無下にすることもできなかった。



「さて、と。気は進みませんが、王城へ報告に行かなければなりませんね。無茶な要求をされないことを祈るとしましょう」



 アランはソファーの背もたれの部分にかけていたマントを羽織ると、王城へと向かうために冒険者ギルドを後にした。



 ♦︎♦︎♦︎



 大陸の北方に位置する【シグマイン王国】。



 その王都【サンドライン】の“三番街”にある冒険者ギルドのギルドマスター——アランは王城のとある一室にいた。



 その部屋には、細かなディテールにまで手が加えられた調度品の数々が置かれており、存在感を放っていた。それらの品々は当然、平民には到底手が届かないような高価な品である。そして、部屋自体も、そうした品を置くに相応しい洗練された内装と雰囲気を伴っていた。



 そんな一室——応接室には、現在アランの他に騎士二人と使用人三人がいた。そんな部屋で彼が待っている人物。それは、



「遅れてすまない、アラン殿。では早速、人狼ワーウルフどもの調査報告を聞こうではないか」



 彼の名前はエドモント・ガーフィールド。【シグマイン王国】の宰相にして、ガーフィールド公爵家の当主だ。その権威は高く、国王に次ぐ、この国のNO.2との呼び声高い。



 エドモントは、肉をたっぷりと蓄えた大きな腹の割に、すっきりとした顔立ちを持つ初老の男である。だが、彼の特徴は何と言っても、鼻の下に蓄えられた立派なカイゼル髭だろう。その姿は鉄血宰相の異名で知られるドイツ帝国の首相ビスマルクを連想させる。



「承知しました。お受けした調査依頼の結果は——」



 アランはレオンが調査し、知り得た情報を簡潔にまとめて報告し始めた。



「——が報告内容です」



「【帰らずの森】とな? それはまた面倒な場所に逃げ込みおって」



 エドモントは考え込んだ。【帰らずの森】は国周辺では屈指の危険地帯だ。そのような場所を攻略するなら、国が抱える兵士の中でも上位の者たちを多く派遣する必要がある。それに加え、魔物との戦闘に一日の長がある冒険者の協力も必要だろう。



 最小限の被害で、魔族イビルを殲滅するには、どれほどの戦力で、どのように責め立てれば良いか? そのような兵の構成や作戦が彼の頭の中で高速でまとめられていった。



 彼は人族ヒューマン至上主義者であり、そうした考え方は愚かであると言えるだろうが、決して馬鹿ではない。むしろ、その手腕は目を見張るものがある。伊達や酔狂で宰相の地位に長い間座っているわけではないのだ。



「……ふむ。前回の反省を踏まえ冒険者には騎士たちと行動を共にしてもらおう。前回のように勝手に動かれてはたまらんからな。騎士たちだけで【帰らずの森】を攻略できれば良いが、そうは行かぬだろうからな」



 やはり冒険者に依頼を出すのか、とアランは内心思う。しかし、ここまでは彼の予想のうちだ。前回の殲滅戦と同様に、希望者だけを参加させるようにしようと決意する。しかし、そんな彼の思惑に反して、彼が心配していた無茶な要求がエドモントの口から発せられた。



「アラン殿。我ら王国首脳部は、冒険者ギルドに“非常事態宣言”を出すことを要求する」



「?!」



 ——非常事態宣言



 それは冒険者ギルドが緊急事態と認定した時に発することができる声明だ。これが発せられた場合、発令した冒険者ギルドがある街に居合わせた冒険者は強制的に招集される。これは冒険者に登録する際に必ず契約内容に盛り込まれており、無視すれば冒険者の資格が剥奪されることになる。



 しかし、この非常事態宣言が発令される事態というのは滅多にあるものではない。過去に発令されたのは、【サンドライン】の冒険者ギルドでは二十年近く前のことになる。



 当時、発生した緊急事態は魔物大行進モンスターパレード



 王都【サンドライン】に押しかけるようにして数千の魔物が現れたのである。当時は、偶然居合わせたSランク冒険者を中心に対処にあたり、最小の被害で食い止めることができていた。



 他にこの“非常事態宣言”が発令された例は【サンドライン】では一件もない。他都市を含むなら、魔王軍の襲撃が起きた際に発令されているくらいだろう。



 “非常事態宣言”とは、そのような通常の体制では対処しきれない事態に際して発令されるのが常である。そして、その裁量は各冒険者ギルドの長に委ねられている。つまり、【サンドライン】の冒険者ギルドならアランにその権限があるのだ。もし、彼がそれを発令しさえすれば、冒険者たちは強制的に、その事態の原因となった問題の解決を図らなければならないのである。



「申し訳ありませんが、それはできません」



 しかし、アランはエドモントのその提案を大して思案することもなく断った。即答である。



「なぜだ? 魔族イビルは“悪”であろう? 奴らが牙を剥く前に滅ぼしておくのが世の為ではないか?」



 エドモントは、自らの提案が素気無く断られたのに腹を立てたのか、アランを睨みつけながら低い声で言う。



「……その考えには賛同できかねます。失礼を承知で申し上げますが、エドモント様は理解しておりますか? 魔族イビルを敵に回すということは魔王を敵に回すということですよ?」



 アランは一拍置くと、言葉を続けた。



「私たち冒険者ギルドは魔族イビルとの敵対、ひいては魔王との敵対を望んではいません。余計な藪をつついて蛇を出したとあっては危機回避に努めるべきとする冒険者ギルドの理念に反します」



「ふんっ! この臆病者が!」



「臆病者で結構です。私はいくら謗られようと冒険者ギルドは“緊急事態宣言”を出しません。ただ、そちらが勧誘し、それに応じた冒険者なら連れていったとしても私の関知するところではありません。そこからは冒険者の自己責任ですし、私にはとやかく言う権利はございませんので」



「……客のお帰りだ。出口まで案内して差し上げろ」



 エドモントは不機嫌な様子を隠そうともせずに、尊大な口調で告げた。



「アラン様。私がご案内いたします」



 エドモントの言葉を受けたメイドの一人がアランに声を掛けた。



「よろしく頼みます。……それではエドモント様。御前失礼いたします」



 アランはそう言うと、メイドの後に続いて退室した。



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