057 冒険者
——冒険者
それは“冒険者ギルド”と呼ばれる組織に加入している者のことを指す。主な活動内容は、魔物の討伐、そして素材の採取。依頼料受け取って任務をこなすという形式上、一種の傭兵集団のようなものであるとも言えるだろう。そんな冒険者であるが、富や名声を得たいならば、冒険者になることが一番の近道であると言われている。無論、“実力があれば”という但し書きは付くが……。
国お抱えの兵士が対人戦のスペシャリストとするなら、冒険者は対魔物戦のスペシャリストと言えるだろう。
冒険者はその強さの応じてランク分けされている。分類されるランクはE・D・C・B・A・S・SS・SSSの全部で八段階であり、それぞれのランクは魔物のランクにもある程度対応している。ランク帯ごとの所属割合としてはCランク以下が全体の七割、Bランクが二割、Aランク以上が一割である。
冒険者は読んで字のごとく、“冒険する者”であり、定住地を持たない者が多い。気に入った土地に長く居座ることは多々あるが、腰を据えることはない。
冒険者の本質は“自由”なのである。
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人狼の調査任務に出ていた冒険者——レオンは大草原地帯を進む人狼たちの動向を、岩に身を隠しながら探っていた。
先日、レオンが拠点とする冒険者ギルドの依頼掲示板に張り出されたとある依頼。依頼主はレオンが現在拠点を置く【シグマイン王国】。依頼内容は【シグマイン王国】の王都周辺に広がる森で確認されていた魔族——人狼の集落殲滅。莫大な依頼料を提示していたその依頼には、多くの冒険者が食いついていた。
極一部の、物事の真理を弁えていた高位冒険者や、魔族と比較的良好な関係を築いていた人族以外の人間種を除いて、ではあるが……。
そして、国から派遣された騎士とともに行われた殲滅作戦であったが……作戦を本格的に開始する前に、功を得んとした冒険者のパーティーが自分勝手に襲撃したことによって人狼たちに気付かれ、大抵抗を受けた。結果、ほとんどの人狼たちを逃すことになってしまい、殲滅作戦は失敗に終わった。
これに納得のいかない【シグマイン王国】の首脳部は人狼たちの動向を探る調査依頼を出したのだ。そして、それを受けたのが隠密行動や調査を得意とするレオンであった。
レオンはサポートを得意とするBランクの冒険者だ。戦闘では、Bランクという域にいるが、こと調査や隠密行動という点に限って言えば、冒険者屈指の実力を持っている。
レオンは訳あって、その調査依頼を受けることにした。そして、人狼たちが暮らしていた旧集落を調査するや否や、人狼たちの行動を推理、それを元に追跡を開始した。そして、大草原地帯にて発見と相成ったのである。
そして、人狼たちを数日間に渡り、つけた結果、どうやら【帰らずの森】を拠点にするらしいことを知り得た。
レオンとしては森の中まで動向を調査したいところではあったが、それは諦めることにした。彼は自分の実力をしっかりと理解していたからだ。
人狼たちが拠点とする予定の【帰らずの森】は、最低でもAランクの実力を有していないと危険だと言われている。というのも、森の最奥に近づくにつれ、Aランクに分類される魔物が頻繁に出てくるようになるのだ。また、Sランクの魔物も稀に出現する。故に、レオンは人狼たちが森に入った段階で動向調査を切り上げ、現在拠点としている【シグマイン王国】の王都にある冒険者ギルドへと引き返した。
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——【シグマイン王国】王都【サンドライン】
その街は壁によって、ドーナツ型に三つの区画に分けられている。
最も外縁部にある階層——通称“三番街”。その場所で暮らすのは平民の身分にある者たちだ。三つの区画の中で最も人口が多く、多種多様な人種が行き交い、多くの取引が行われている。いわば、この国の経済基盤と言える場所だ。
その次にある階層——通称“二番街”。その場所で暮らしているのは裕福な商家と男爵、子爵以上の貴族である。この街は身分が確かな者なら“三番街”の人間でも入ることができる。“三番街”と比べれば活気は大分劣るが、その分のんびりと買い物が出来る。また、店で取り扱う品もグレードが上がっている。
そして最後の階層。王城をも含むこの国の政の中心部である通称“一番街”。この区画には伯爵以上の地位にある貴族と、それらの貴族に認められた商会の人間のみが住むことを許されている。そのため、この区画で扱う品は最高級品であり、平民の稼ぎでは到底買えないような貴重な品々が取引されている。また、“一番街”は“二番街”のように身分が確かな者なら入れるという特例はない。この街に入れるのは基本的には、男爵や子爵以上の地位にある者と、その家族だけなのである。
このように区画が分けられている理由は、平民と貴族の望まない接触を極力減らすためだ。以前、この国では貴族同士の諍いが頻発し、金で雇われた平民によって貴族が害されるということが多々あった。この状況を憂いた当時の国王が身分によって住む場所を区別する現在のシステムを作り出した。
これによって、貴族関連の争いは激減し、安全の確保が容易になった。また、嬉しい誤算として人が少なくなったことで警備もしやすくなった。
また、区画を分けたことは平民側にとってみても良い影響をもたらした。貴族との望まない接触が減ったのだ。以前は、貴族が気に入った平民を無理やり連れ帰り手篭めにするといったことが多々あったのだが、区画を分けることと並行して設置された検問所によって、そうした事態を未然に防ぐことができるようになったのである。貴族が起こしたことによって泣き寝入りするということが減ったのだ。
身分によって住む区画を分けるというこのシステムは、平民と貴族が後腐れなく共生するという状況を作り出すのに、一役も二役も買っているのである。
そして現在。
昼時とあって賑わう王都【サンドライン】の“三番街”のメインストリートには一人の男が歩いていた。男が向かうのは“三番街”の中心にある冒険者ギルド。彼は冒険者ギルドに所属する冒険者の一人なのである。
男は冒険者ギルドに入るや否や、唯一空いていた三箇所ある受付のうちの真ん中の受付へと向かった。
「こんにちは……ってレオンさんじゃないですか。ひょっとして例の調査依頼の報告ですか?」
「そうだ。確かギルマスに報告するんだったか?」
「はい、そうです。それにしても流石はレオンさんですね。こんなに早く終えてしまうとは。他の方なら、こうはいきませんよ? では、ギルドマスターに伝えてきますので少々お待ちください」
レオンの調査能力の高さは冒険者ギルドの職員内では有名だ。冒険者ギルドが重要案件だと判断した依頼には、ほぼ必ずと言っていいほどレオンに声がかかるのである。過去には、彼の迅速な調査によって魔物の脅威から救われたということが度々発生している。
レオン個人としては、そこまで自分の能力を買ってくれていることを誇らしく思う反面、調査能力ばかりに目が向けられている気がして、なんとも言えない気持ちになっている面もある。実際、レオンはBランクという、冒険者の上位三割にいる実力者なので、戦闘面も強いことは疑いようのない事実なのだが……。しかし、そちらの方は彼の調査能力の前にはどうしても霞んでしまうのである。
やがて、ギルドマスターに報告するために二階へと向かっていた受付嬢が戻ってきた。
「お待たせしました。いつものように二階までご足労願います」
「ああ」
レオンは受付嬢の後に続く形で、階段を登り、二階の最奥にあるギルドマスターの執務室へと向かった。
コンコンと、受付嬢が二回扉を叩く。
「レオンさんをお連れしました」
「どうぞ」
「失礼します」
受付嬢が一言言いながら扉を開けた。レオンが中に入ると、向かい合わせで置かれている二つの、三人がけのソファーの右側に一人の男が座っていた。
ひょろ長の、一目で魔法職と分かるローブを着た男だ。指には指輪型の魔道具が装着されている。彼が身につけている、それらの品々は、迷宮でボスモンスター倒すと、稀に出現する宝箱から手に入る品だ。金銭に換算すれば、王都内に屋敷が一つ二つ買える程度の価値がある。
彼の名前はアラン。元冒険者である。冒険者時代には、冒険者登録して早々にSSランクまで上り詰め、“戦慄の魔導師”の二つ名を与えられた魔法巧者である。
貴族は、幼い頃からの英才教育によって、魔法の扱いに長けていることが多い。現に、各国の魔法関連職の仕官者は貴族出身の者ばかりなのだから、それは疑いようがない事実であると言えるだろう。しかし、アランは、そんな貴族たちが多く通う、とある国の魔法学院で、近年稀に見る好成績を残した上、首席卒業を果たした英傑であった。卒業後には数カ国の首脳から、直々に、仕官しないか? とのオファーが来ていたが、それらを全て蹴って、幼少期からの夢であった冒険者になったという経歴を持つ。
そんなアランも現在四十九歳。立派なアラフィフである。魔法巧者の彼であっても寄る年波には勝てず、今では冒険者を引退し、かねてからオファーのあった、冒険者ギルドのギルドマスターに再就職を果たしたのである。
「待っていました、レオン君。っと、セイラさんは受付業務に戻ってください」
「はい。了解しました」
受付嬢——セイラは一礼してから部屋を後にした。
「では、報告を聞きましょう。どうぞ、席にかけてください」
レオンはアランに促されるままに席に座り、調査依頼で知り得た情報について、報告を開始した。




