054 人狼3
「?! ここにですか?!」
「そうだ。我はここに国を作ろうと思っているのだが……一つ問題があってな」
「問題……ですか?」
「うむ。それは“住民”だ。国を作るには人が必要だが、現状、我の下には人が少なすぎる。故に、お前たちさえ良ければ住民になってもらえないかと思っている。実を言えば、お前たちをこの場所に連れてきた理由はソレを打診したかったからなのだ」
長と思われる人狼は目を閉じ、何かを考え始めた。やがて思考が固まったのか、目を開いて、そして述べた。
「我らは住む場所を失った身。そのような申し出をいただけるとは、喜びこそあれ、それ以外の何物でもありません。真に……真に感謝いたします。
——我ら人狼一同は、貴方様に永遠の忠誠を誓います」
長らしき人狼が、右膝を地面につけて、左ひざを立て、そして右手に握った拳を左胸に当てて頭を下げた。それに続く形で、彼の後ろに控えていた約二百人の人狼も同じ姿勢をとり始めた。
この姿勢は、【知恵神】によると、“私の心臓を貴方に捧げます”という意味を持つ“臣下の礼”の一つらしい。心臓を捧げるということはつまり、“私の命を貴方に捧げる”という意味と同義である。
臣下の礼には、いくつもの種類があるが、今、人狼たちがとっているソレは、その中でも最上位に位置するものらしい。故に、普段はあまりとられることがないそうだ。
それを今回の一件でするあたり、義理堅いと言われている人狼の情報は間違っていなかったということだろう。むしろ、傷を治して、住む場所を提供しようとしただけで、このような態度を示されてしまっては、此方が恐縮してしまうというものだ。
「では、これから宜しく頼む」
「勿体なきお言葉です」
一先ずは良かったというべきだな。これでようやく国づくりの道筋が見えてきたというものだ。あとは、国として機能させるためのシステムを構築し、冒険者などに対する防備を固めねばなるまい。たがまぁ、その前にしなければならないことがある。
「さて、これから互いに自己紹介といこうか」
そう。自己紹介だ。実はまだ、互いに自己紹介をしていなかったことに先ほど気づいた。……っというか、人狼たちに名はあるのか? なければ、また考えなければならないのだが、流石に二百人分の名前は考えたくないぞ……。
以前、妖精たち九十八人の名前を考えた時は中々に骨が折れた。その倍以上となると……正直キツイ。さて、人狼はどうなのやら……。
「ッ?! これは失礼いたしました。自己紹介が遅れて申し訳ございません。私は“人狼の里”にて“長”を務めておりました、レブラントと申します」
よかった。人狼には名を付ける習慣があったようだ。
そしてレブラント。彼はやはり長だったようだ。他の人狼に比べて威厳があり、感じる強さも頭一つ抜けていたので、ほぼ間違いないだろうとは思っていた。“強さ”ならコウガたち天狗よりも上かもしれない。
……いや、ガハクとならいい勝負か? ガハクはいつも一歩引いてコウガたちを立たせてはいるが、実際のところ天狗で一番強いからな。それに加え、長い時を生きてきたことで知識や判断能力にも優れている。
っと話が逸れた。まずはこちらも自己紹介をしておかねばなるまい。
「レブラントか。我はリヒト・アポステルという。……で、我の仲間を紹介しようと思うのだが、少し待て」
さて、では全員を集めるとしようか。妖精は……とりあえず、この場にいるリーリアとティターニアだけを紹介しておけばいいか。となれば、あとは——
「レアハ! 下に降りてこい!」
一応呼び掛けてみたが、やはりダメなようである。まだ、グースカピースカと寝ている。ここはティターニアに任せよう。
「ティターニア、頼んだ」
「承知いたしました! 【雷神の鉄鎚】!」
……えっ? その魔法使うのか?
ティターニアの放った魔法がレアハを襲った。無論、レアハなら余裕で耐え切れるレベルまで威力が抑えられているが、無防備な今の状態でアレを食らえば……効くだろうなぁ。
ちなみに、レアハと一緒に寝ていた妖精たちはすでにリーリアによって退避済みである。彼女は意外と気がきくのだ。
「アバババババッ!」
魔法の直撃を受け、変な声を上げながら飛び起きたレアハが地上に降りてきた……いや落ちてきた。
——ドズゥゥゥーン!
近寄ってみれば、先ほどの魔法で毛が少し焦げたのか、プスプスという音が聞こえてくる。また、足はピクピクしているし、尻尾は逆立っていた。
「リヒト様! 任務を達成いたしました!」
ティターニアが、顔に満面の笑みを浮かべながら述べた。いや、レアハのことももっと気にしてやってくれ……。まぁ、言っても無駄か。
そうこうしていると、レアハが起き上がった。
「ティターニアぁぁぁーッ! またお主かぁぁぁーッ! 毎度毎度魔法で起こされる妾の身にもならんかぁッ!」
「レアハ様が起きられないのが悪いのです。今だってリヒト様はレアハ様を起こそうとお声を掛けておりました。いくらレアハ様とて、そのお言葉を無視するなど許されないことでございます。……いえ、たとえ神が許したとしても、この私が許しません!」
ドン! と聞こえてきそうな様子でティターニアが述べた。
「……リヒトよ。前から聞きたかったのだが、何故にお主はここまで好かれておるのだ?」
「何も言うな、レアハ。我はもう諦めている」
内心溜息を吐きながら、そう答えた直後に——
「魔狼様?!」
レブラントが突然、そのような驚きの声を上げていた。また、人狼たちにもどよめきが走っている。いったいどうしたのだろうか?
《魔狼という種族は人狼から神聖視されていますので》
ほう。そうなのか。
人狼たちを見てみれば、目をキラキラとさせて、レアハを見ていた。中には平伏している者もいる。当のレアハと言えば、ブツブツと悪態をついているが……。
まぁ今のうちに他の来ていない連中……と言ってもエレンミアだけか。彼奴を呼んでもらうとしよう。
「フィリア。エレンミアを呼んでもらえないか?」
「エレンミアさんは部屋に引き……部屋で魔道具作製中でした。先ほど来る途中に呼び掛けましたら“部屋から出たら死んじゃう病だから無理”とのことでした」
エレンミアの声真似がうまいな……って違う! そんな病気があってたまるかッ! 全くどいつもこいつもッ!
……まぁいい。いずれ紹介する機会もあるだろう。
いや、あるだろうか? エレンミアは基本部屋から出ないからな。何というか、彼女はホントブレないのだ。マイペースというか、なんというか。
エレンミアのことは近いうち考えるとして、とりあえず、紹介は人狼たちが落ち着くまで待つとしよう。
はぁー、話進まんな……。
♦︎♦︎♦︎
リヒトが溜息を吐きながら肩を落としているのと時を同じくして、少し離れたところにいるレブラントは内心歓喜に包まれていた。
「あなた。良かったですね。リヒト様に出会えて……」
「そうだな」
レブラントは自らの妻——レイナの問いに言葉少なに返す。だが、その短い言葉には、隠しきれない喜びの気持ちが滲み出ていた。
人族によって里での平和な日常が破壊されてから始まった、先の見えない大移動。その間、心休まることは一時としてなかった。
“我ら人狼に明日はあるのか?”
そのようなことを考えたのも一度や二度ではない。そんな極限とも言える心理状態の中で出会った、“リヒト”という名の、強大な力を持った魔族。その出会いは、彼の暗澹たる気持ちを払拭する“光”であった。
彼は誓う。
この恩に必ず報いることを。
彼は願う。
あわよくば自らの生が果てるその時まで、リヒトの側にあらんことを……。




