050 偵察3
王国と魔王との戦争が始まった。始まったのだが……我には一つ思うことがある。
「暇だな」
そう。とてつもなく暇なのだ。我が偵察しにきた理由は、魔王とその側近たちの実力が見たいからであって死霊兵になど興味はないのだ。
無論、【イプシロンザ王国】の軍にも大して興味はない。多少ある興味の理由は物珍しさだ。人間の兵は初めて見たからな。まぁ、その興味もほとんど失いつつあるが。
「でしたら、こちらをどうぞ。今日のために準備して参りました」
ティターニアがどこからか、湯気が立つティーポットを取り出し、これまたどこからか取り出したティーカップに注いでいた。
「うん? ……おお! これはいい匂いだな!」
「ありがとうございます!」
我は現在、空中にいた。空中にて発動された結界魔法の上に座っている形だ。ちなみに結界魔法を張っているのはティターニアである。
彼女はこと補助魔法にかけては実に優秀だ。【知恵神】に聞いた話だと、結界魔法で、このような使い方をできるのは練達者でも中々いないのだそうだ。それを片手間でやってのけてしまうあたりは、流石、補助魔法に長けた妖精族で“長”を務めていただけはあるということか。
また、それだけでなく、結界魔法を使っている上に隠密魔法まで使っているのだから頭が下がる。一応、“疲れたら言うように”、とは言っているのだが、この程度であれば問題ないとのこと。というのも、この結界魔法はただ座れればいいだけの強度しか必要としないので、あまり魔力を消費しないのだそうだ。
我はティターニアが入れた茶を飲みながら眼下を見る。地上では既に王国軍と魔王軍が衝突していた。だが我は今、とても拍子抜けしている。肩透かしを食らった気分とも言えるか。というのも、魔王軍が死霊ばかりで肝心の魔王やその側近がいないのだ。
警戒していたのが馬鹿らしくなってきた。まぁ、まだ登場する可能性はあるため、隠密魔法を解いてもらう気はないが……。
だが、これでは偵察に来た意味がない。確かにAランク以上の死霊で構成された1000ほどの数の魔族部隊は強力だろう。しかし、我の敵ではない。おそらく……いや確実に魔法一発で仕留められるだろう。我からすれば雑魚と言える。
だが、王国軍にとっては強敵となりうるだろう。見た感じ王国軍の強さは強い者でAランク以上、弱い者でDランクかEランクといったところだろう。もし、Aランク以上の実力者がわんさかいれば楽に勝てるだろうが、現実は中々そうもいかないようだ。まぁ、人間の身でAランクに到達するなど中々に凄いんだろうが……。
《そうですねー。人間種は進化がありませんから、その分、技を磨くしかありません。その結果、Aランク以上の力を有しているわけですから“凄い”と言えるでしょう。……こと技の練度という観点ならばマスターよりも上の者は王国軍に居ますしね》
まぁそうだろうな。人間たちは何十年という研鑽の末に現在の高みに上り詰めているだろうからな。それに比べれば、生まれてまだ間もないと言える我がその分野で勝てるわけもなし、か。
《マスターの場合は寿命がありませんから、それもいずれは関係なくなりますけどね》
そうだな。まぁ努力は続けていこう。それにしても寿命か……そういえば気になることが一つあるな。聞いてみるとしようか。
「そういえば、ティターニアは何歳なのだ?」
「?!」
《マスター……》
その瞬間、場の空気が凍った……気がした。
あれ? 我やらかした?
「な、何故それをお聞きに?」
なんかティターニアの笑顔がいつもの可憐な笑顔とは打って変わって、引きつったような笑顔に見えるんだが、気のせいか? ……いや、気のせいじゃないな。うん。我はどうやら地雷を踏み抜いたらしい……。
「い、いや何と無く気になってな……」
「……百一歳です」
百一歳か。……ッ?! 分かった! 聞いた我が悪かったから落ち込むのはやめてくれ! さっきから結界が歪みまくっているんだが?!
「お、落ち着け! ティターニア! 悪かった! 悪かったからとりあえず落ち着け! 結界歪んでるから!」
「はっ! も、申し訳ありません。年甲斐もなく激しく動揺してし……ま……い……グスン」
いや! 自分で言って傷付いてどうする?! って! 結界が! 結界がまた歪んでるから!
あっ。結界なくなった……。ヤバイッ! 落ちるッ! 【飛翔】を使わねばッ!
そして【飛翔】を使った後は、落ちてきたティターニアを両手で受け止める。
「ティターニア。大丈夫か? ……なんか、そのだな……悪かった」
「はっ! い、いえ! 悪いのは私です! 重ね重ねの失礼をどうかお許しください!」
「謝る必要はない。悪いのは我だからな。……さて。では解けてしまった隠密魔法と結界魔法をまず頼む」
「はい! 今すぐに!」
ティターニアはすぐに隠密魔法をかけ直し、結界魔法を展開した。我は再び結界に座ることにした。
……いきなり空中に放り出されるのは中々にスリリングな体験であった。
とりあえず今後一切ティターニアに年齢関係を尋ねるのはやめよう、うん。本当に。
……一応キチンとフォローしておくか。
「我は年齢なぞという些事は気にしない。ティターニアも気にする必要などないぞ?」
「?! ありがとうございます!」
ティターニアは顔を綻ばせた。どうやら機嫌は治ったらしい。……というか、年齢なんか気にすることか?
《はぁー。マスターは全く分かっていませんね。やれやれ》
何がだ?
《知りません♪……マスターはやっぱりマスターということです》
おい。また馬鹿にしただろう? 前々から思っていたが、お前、我のスキルだよな?そんなんで良いのか? もっと敬いとかそういうのはないのか?
《では、堅苦しい口調の方が良いですか? 例えば、名前はマスターではなく“我が主様”なんて風に呼びましょうか? ……いえ、違いますね。お呼び致しましょうか?》
なんかしっくりこんな。というか“我が主様”は止めろ!
《何故でございましょうか? “我が主様”》
……。
《どう致しました? “我が主様”》
分かった! 分かったから! 今までと同じでいい!
《了解です♪》
……全く。
……気を取り直して茶でも飲むか。
「ティターニア。先ほどの茶をもう一杯もらえるか?」
「承知いたしました! すぐにご用意いたします!」
「うむ」
それにしても早く魔王は来ないものか……。まさか来ないとかないよな? そうだと非常に困るんだが。
我は二杯目の茶に口をつけながら、そう考えるのであった。
♦︎♦︎♦︎
開戦してから大体九時間が経過した。だが、依然として魔王ゼノフィリウスは現れない。もしかしたら、来ないのかもしれないと思い始めた今日この頃である。というか、もう戦争終わりそうなんだが……。
変わったことといえば一時間と少し前くらいに何処かの軍が王国軍に合流したことぐらいだ。
《あの紋章は【リツェータ帝国】のものですね。【グラム峡谷】に来る際に通り過ぎた国です》
なるほど。……ってそんな国知らんけどな。まぁとりあえずその国が応援に来たようなのだ。パッと見た感じの練度なら王国軍が少し上だろうか?
だが、帝国軍には人間にしておくのが勿体無いほどの腕を持つ魔導師がいるようだ。それを加味すれば総合的には帝国軍の方が強いだろうな。むしろ、その魔導師一人で王国軍に勝てそうだ。魔王軍もその魔導師にはまず勝てないだろうな。
できれば眷属にしたいと思うほどの実力だ。たった二発の魔法でAランク以上の魔族千人を倒すなぞ、人間には中々に難しいだろうからな。吸血鬼にすれば一層強くなりそうだ。
ちなみに、戦争は人間たちの勝利で幕を閉じた。結局、魔王は来なかった……。残念である。
さて、帰るか。うん? なんだ? 何か強い気配を持った者が近づいて……ッ?!
「 ティターニア! 早く隠密魔法を最大でかけろ!」
「承知いたしました!」
ティターニアが最大で隠密魔法をかけ直して十数秒後。やがて、我たちの前方およそ100mほどの場所に一体の龍種が現れた。そして、その上には強大な力を持った誰かが乗っていた。




