048 偵察1
時は【グラム峡谷】にて王国軍と魔王軍が衝突する前日まで遡る。
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我がキサキの料理で死にかけた日から二週間ほどが経過した。
あれ以来、キサキは調理場には足を踏み入れていない。……いや、人目を忍んで踏み入れようとしては失敗しているらしい。というのも、ティターニアが調理場入り口付近に完璧な妨害魔法と結界魔法を施しているため、キサキが入ろうとしても入れないようになっているのである。
その徹底ぶりは、我からして“そこまでしなくても”と思うほどだ。話を聞いてみれば、「リヒト様から承った初めての指示です! ですので我が全力を以って必ずや遂行致します!」とのことだ。確かに”調理場を任せた”的なことは言ったが……。
とりあえず現状維持程度で、それ以上やり過ぎないようには言い含めておいたのだが、大丈夫だろうか? ……後でもう一度確かめておこう。
ついでにキサキにも今一度言い含めておかなければなるまい。なんでもキサキの部屋の前を偶々通りかかった妖精の一人が「リベンジだ! 必ずやリヒト様のお気に召す料理を作ってみせる!」と意気込んでいたのを偶然聞いたそうなのだ。
本当に勘弁してほしいものである。そんなに意気込んで作った料理を食べたらお陀仏になるに違いない。断固拒否だ、全く。
まぁ、キサキの料理のことはひとまず置いておくとして、この二週間の間に我が何をしていたのかというと、それはレベル上げだ。近場の適当な迷宮に潜っては、魔物を倒してレベルを上げていた。今となってはかなり強くなっているのではないだろうか?
そしてもう一つ。
なんと! レベル上げの合間で魔法の訓練を行っていたところ、【魔力制御】のスキルをゲットしたのだ! これで放出系の魔法も問題なく扱えるようになった。
……今思えばここまで来るまでは長かった。
我が生まれた迷宮——【亡者の峡谷】攻略の最中、下位吸血鬼に進化した際にステータスに現れた魔法適性の項目。
初めて魔法を使った時には自らも巻き込み死にかけたものだ。……いや、実際【再生】のスキルがなければ死んでいただろう。
当時は已む無く、放出系の魔法を一旦封印し、迷宮を出るまでは使わないようにした。
……まぁ、この放出系魔法の魔力制御ができなかったおかげで、レアハと出会う切っ掛けが生まれたのだから悪いことばかりでもなかったか。
しかし、やはり放出系の魔法が扱えるようになったことは嬉しい。
“世界の声”を聞き【魔力制御】を会得したことを知った時には内心狂喜乱舞したものだ。そして、つい拠点の外に広がる森で、魔法を心ゆくまで放ってしまったのは致し方がないことだろう。ちなみに、その後の森の修繕は妖精たちに依頼しておいた。よって、全てが元通り。故に全く問題はなかった。
《いえ、問題ありますからね? コウガなんてマスターの魔法に巻き込まれていましたよ?》
我のスキルが、何か言っている気がするが、そんなものは知らない。それにコウガはほとんど無傷だったではないか。結局、我の回復魔法で治したしな。
《……》
……コホン。そして、そんな二週間を過ごした我のステータスはこのようになっている。
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〈名前〉リヒト・アポステル
〈種族〉吸血鬼公
〈階級〉特S
〈称号〉迷宮攻略者
〈レベル〉90/115
〈体力〉2248/2248
〈魔力〉2102/2102
〈究極スキル〉
▷【創造神】【知恵神】
〈ユニークスキル〉
▷【無限収納】【迷宮創造】
〈スキル〉
▷【暗視】【下位アンデッド召喚】【中位アンデッド召喚】【上位アンデッド召喚】【猛毒爪】【超速再生】【眷属化】【吸血】【身体強化】【服生成】【血液操作】【飛翔】【変身(狼)】【威圧】【天候操作】【物理操作】【並列思考】【魔力制御】
〈魔法適性〉
▷火・風・地・氷・光・闇・無・回復
〈眷属〉
▷フィリア
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現在のレベルは90。レベル上げを頑張った甲斐があるというものだ。この調子でレベルを上げていけば、進化もそう遠くないうちにできるだろう。
さて。話は変わるが、そんな我が現在何をしているのかといえば、それは会議である。
城にある会議室にてコウガたち天狗五人とレアハ、フィリア、ティターニア、リーリアの十人で、とあることを話し合っているのだ。
議題は“明日の偵察関連のこと、及び今後の方針について”。
明日、魔王ゼノフィリウス・アークロードが治める国家——【死霊国デルタリウム】の軍と、人族の国家——【イプシロンザ王国】の軍が戦うとのことなので、それを偵察しに行く腹づもりでいる。
その戦いで魔王ゼノフィリウスの情報が少しでも得られれば良いが、最悪兵力の把握さえできれば良いか、と考えている。
そして今後の方針については、まぁ大まかな予定といった感じだ。詳しくはまだ何も決めていない。とりあえず、今のところの目標は“魔王ゼノフィリウスの打倒”と“魔王になること”だとして、それまでの間に建国までできればしたい、という程度に考えているくらいだ。
だが、建国するには、まだまだ問題が山積している。差し当たっての一番の問題は“国民”だ。
我のスキル——【知恵神】の話では、国が成立するための条件は三つ。“領土”、“主権”、そして“国民”。一応、“国”という体裁を取る以上はこの三つの条件ぐらい満たしておきたい。
今のところ、このうちの二つ——“領土”と“主権”は問題ない。だが、“国民”は微妙なところだ。というのも、今のままでは少なすぎるのである。せめて五百人は欲しいところだ。……まぁそれは追々考えていこう。
「リヒト様。本当に二人だけで行くんですか?」
コウガが尋ねてきた。
「うむ。人数が多いと気づかれやすくなるからな。お前たちはレベル上げや、訓練でもしていてくれ」
「……分かりました」
コウガは少しがっかりしながら告げた。どうやら、偵察に同行したかったようだ。
コウガは戦闘好きなとこがあるから、我に付いていけば戦う機会があるかも、とでも考えていたのだろう。……そんな予定はないのだがな。
《コウガも、マスターが戦闘狂的な面があると思っているようですね。大方、マスターに着いていけば戦闘ができるし、マスターに強くなった自分の姿を見てもらえると思っていたんでしょう》
そうなのか? ……って我は戦闘狂などではない! あんな戦闘のことしか脳にないような連中と一緒にするな!
《はいはい♪》
このスキル……。まぁいい。ではそろそろ出発するか。
「ティターニア、ゆくぞ」
「はい! かしこまりました!」
「ティターニア。リヒト様を頼みますよ?」
「分かっています、シュリ。命を懸けてリヒト様をお守りします!」
ティターニアは“フンスッ”と鼻息荒く言い放った。
っというか、命を懸けるとか。そこまでしなくとも良いのだが。……まぁやる気になっているのは悪いことではないから放っておくとしよう。
ちなみに、同行する相手にティターニアを選んだ理由は、彼女が様々な補助系統の魔法に長けているからだ。
妖精は魔法に対して高い適性を持つ種族で、その中でも特に補助系統の魔法の扱いに長けている。
例えば結界魔法。妖精が全力で張った結界であればランクが一つ上の魔物や魔族の攻撃も防ぐことができる。
例えば隠密魔法。妖精が隠密魔法を施せば中々見破ることは難しい。対象に近寄らなければ、ほぼ100%見つかることはないだろう。
特にティターニアは配下の妖精たちの中で一番魔法に長けている。今回はそれを考えての人選だ。
ティターニアには、【グラム峡谷】到着後に隠密魔法を我もろとも掛けてもらう。そして、上空にて潜伏。そうして戦いを見る予定でいる。まだ、魔王ゼノフィリウスの強さがわからない現段階では、絶対に接触を避けたいところだ。
そして、日が変わった頃。我とティターニアは拠点を発ち、戦場となるであろう【グラム峡谷】へと向かった。




