047 魔王対策会議
その日、世界各国に激震が走った。
“王国軍及び帝国軍の敗北”
“大国【イプシロンザ王国】の滅亡”
この二つの情報が各国の知るところとなったからだ。そして、今回それを成したのが“魔王”だということもまた大きな衝撃を与えていた。
もしかしたら、次に狙われるのは自分たちの国かもしれない。そんな思いを各国の首脳に抱かせたのである。
故に、各国——10の人族の国家は、この情報を重く受け止め、国家間で密に連絡を取り合うこととなった。
その結果、これは人族にとっての重大な案件であると判断された。そして、とある一国の呼び掛けで“魔王対策会議”を開催する運びとなった。
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世界【ユグドラシル】の中央部に位置する国【イータルシアン皇国】。
国家元首——皇主をピラミッドの頂点としたこの国は、中央集権的な国家体制を敷いている。国を構成する各都市には、皇主が選出した官吏——貴族ではない——が派遣され、皇主の施政を代行するという形で治められている。
貴族はいるにはいるが、その“貴族位”というのは他国と違って、あくまで一時的なものに過ぎない。というのも、この国における貴族というのは当代の皇主によって直接的に任命された者だけがなることができるからだ。しかしながら、皇主が崩御すれば貴族位から解任され、新しい皇主が新たな貴族を任命するという仕組みになっている。ちなみに貴族に任命されれば必ず何かしらの要職——各大臣など——が与えられる。
そのような、皇主に多大な権力が与えられる政治体制であるため、歴代の皇主は次代の皇主が暗愚にならないよう教育しなければならないという不文律が課せられている。
物心が付くか付かないかぐらいの年から他の皇主候補とともに教育が施され、優秀な皇主候補が作り上げられる。そして、十五歳になった時に一番優秀であった者が皇主になれるのだ。
そうして、この国は連綿と続いてきた。その甲斐あってか、今までの長い皇主家による施政では暗愚な者はいない。
そして当代の皇主——アルブレヒト・ザクセンに至っては歴代でもトップクラスの優秀な統治者として知られている。
その者が優秀かどうかを測る指標として、その者の部下が優秀な人物であるかどうかを見るという方法がある。それによって判断すれば、アルブレヒトはとてつもなく優秀な人物であると判断ができる。彼が選出して各都市の施政者となった者は住民からの評判がすこぶる良く、貴族に任命し役職を担っている者たちもまた、軒並み非凡な才能を示しているからだ。
さて、そんなアルブレヒトだが、彼が普段居を構えているのが皇国の首都【ツヴァイン】にある皇城だ。
そして現在、その皇城の会議室には世界各国の首脳たちが一堂に会していた。 国王、皇帝、教皇、……etc。そんな人物が一堂に会している姿は中々に壮観だ。
しかし、彼らの顔には一様に渋い顔が浮かんでいた。少なくとも機嫌は麗しくないようだ。その理由は先の、魔王と人族国家の戦争の結果による。そしてそれが、彼らが集まっている理由でもあった。
彼らが一堂に会してまで話さなければならない議題。
それは——
「本日はお集まりいただいたことに感謝申し上げます。誠にありがとうございました。……さて。早速ではございますが、これより“魔王対策会議”を始めさせていただきます。司会進行役はこの私——【イータルシアン皇国】近衛騎士団団長ライアン・フォルクスが務めさせていただきます。どうぞ、よろしくお願いいたします」
ライアンは会議室に設置されている円卓に似た形の卓の前に立ち——C字型の卓。彼が立つのは円が途切れている部分——そう告げると頭を下げた。そして、すぐさま頭を上げると言葉を続ける。
「さて、すでにご存知かと思いますが此度の件につきまして一応説明させていただきます。まず、事の発端は——」
それからライアンは説明を始めた。今から約ひと月半前に【死霊国デルタリウム】を治める魔王ゼノフィリウス・アークロードから【イプシロンザ王国】に対し宣戦布告が行われたこと。半月ほど前に戦いがあり、王国軍が帝国軍とともに敗北したこと。そして、【イプシロンザ王国】が滅亡し、かの地が魔王の手に落ちたこと。
「——となりました。以上が事の発端でございます。今回の会議に際しましては、これから、我々人族の国家が魔族、そして魔王たちとどう付き合っていくのか? はたまた対立するのか? その方針について決定しようと考えております。それでは、ご意見等ございましたら発言をお願い致します」
「朕は魔王等に手を出すべきではない、と判断する。無論、攻めてこられたら対抗するのは吝かではないが、攻勢に出ることだけは断固として反対する」
会議の開催国——【イータルシアン皇国】の皇主アルブレヒト・ザクセンが発言した。彼は、魔王という存在に対して十分すぎるほどの警戒心を抱いていた。それ故に、無駄な刺激をすれば取り返しのつかない事態——国の滅亡……いや、下手をすれば人族の滅亡に発展しかねないと判断していた。
そして、それは概ね正しい判断でもある。過去には魔王に対して攻勢に出て、滅ぼされた国など数多存在しているからだ。
しかし、そんなアルブレヒトに反対意見を述べる者がいた。それは——
「何を悠長なッ! すでに一国が滅ぼされているのだぞッ! 我が国とて多大な被害を受けたッ! ここは攻勢に出て、魔王たちを滅ぼすべきだッ! そして魔族も根絶やしにせねばなるまいッ!」
軍の精鋭部隊と切り札であった“爆炎の魔女”を失った【リツェータ帝国】の皇帝アレクセイ・ガーランドだ。彼は今回の戦争に際し、貴族の反対を押し切って多くの国の精鋭たちを送っていた。そして、魔王を討伐した暁にはその栄光を得る腹づもりでいた。
しかし、結果は惨敗。彼が出した精鋭たちは誰一人として帰っては来なかった。
それらの事情から、現在の彼の立場は少し危うくなっており、今回の会議でそれを払拭する機会を得ようと画策しているのである。具体的には、各国の支持を集めて魔王——とりわけ魔王ゼノフィリウス・アークロードの討伐に乗り出し、これを破ること。それが達成できれば面目は立つと考えている。
「魔族はともかくとして、魔王たちとはどう戦うのだ? 魔王たちの実力は本物だ。一番弱いとされる魔王ですら人間種トップクラスの実力者と同等以上の力を有しているのだぞ?」
北方にある国家——【シグマイン王国】の国王アルザハード・メタリオンが疑問を呈した。他国の者もそれに同調する。
「それに関しては問題ない。一つ考えがあるのだ」
「なんだ?」
アルザハードがアレクセイに先を促す。
「召喚魔法を用いて異世界から勇者を呼べばよい」
『?!』
アレクセイの言葉に一同が驚きを示した。
しかし、それは“勇者召喚”という言葉に驚いたのではない。この各国の首脳が集う場面で臆すことなくその言葉を発したアレクセイに対して驚きを示したのだ。
異世界から勇者を召喚する技術を持つ国は一国しかない。その名も【イオタン神聖国】。神聖国は世界最大宗教の総本山だ。その影響力は並みの大国を凌ぐと言われている。
そんな神聖国にとって勇者は“神の使徒”とされており、神聖視されている。つまり、勇者は戦事の最終兵器的な存在でありながら、高度に政治的な存在でもあるのだ。故に、神聖国に対して軽々しく召喚を申し入れることなどあり得なかった。ましてやそれを促すような発言をするなど……。
しかし、事ここに至っては確かに勇者の存在というのは必要不可欠かもしれないと、この場にいる面々の中には考える者もいた。
そして、【イオタン神聖国】のトップ——教皇グレゴリウス・シュペンタスもまたその一人であった。
「……よかろう。魔王によって国が滅ぼされるなど近年ではなかったこと。勇者を呼び出すだけの危機であると言えよう。故に、勇者を召喚する方向で調整しようではないか」
その一言を受け、一同は一様に驚きを示した。だが、数瞬のちには回復し、自国の舵取りをどうするか、それを思案し始めた。
この場にいる多くの者は当初、魔王と事を構えることに乗り気でない者が多かった。しかし、勇者が召喚されるとあっては話が変わる。潜在的な脅威である魔王を排除できるなら、それに越したことはないと考える者もいるのである。特に、魔王が治める国と国境を接している国なら尚更だ。
その後も議論は進められ、時に衝突しながらも、ある程度のまとまりをみた。
そして、決定の時が訪れる。
「そろそろ時間です」
ライアンが告げた。
「では、我々人族はどの立場をとるのか、多数決で決めたいと思います。尚、これにて決定された方針につきましては国同士の“約束事”にあたりますので破ることは認められません。自国のみで方針を決めたいという方がいらっしゃいましたら今のうちに御退出をお願い致します」
ライアンのその呼びかけに反応する者は一人しかいなかった。その人物はそのまま会議室を出て行った。
「他は……いらっしゃいませんね。それでは多数決を取りたいと思います」
そして方針が決定された。
決定された方針は——
“一国を除く我々人族の国家は魔族、そして魔王を悪と認定。魔王に対しては勇者を召喚して攻勢に出る”
この決定が後にどのような影響を齎すのか? それはまだ誰にも分からない。




