046 圧倒的な力
魔王ゼノフィリウスが魔道具によって上空へと投影した映像に映っていたのは【イプシロンザ王国】の王都【アイン】であった。上空から記録されたと思しき王都の様子は活気に溢れ、大通りには多くの住民が行き来しているのが見て取れる。
時間にして午後四時から五時といったところだろうか? 一番、人の出入りが激しい時間帯だ。
そんな王都の上空に突如として巨大な魔法陣が出現した。王都の住民たちが不思議そうに空を見上げる様子が映像に映っている。
“アレはなんだ?”
“何じゃ?アレは?”
“魔法陣?”
“おかーさーん。アレなーにー?”
“さあ? 何かしらねぇ”
王都の住民の様子から、そんな疑問の声が聞こえてくるかのようだ。ほとんどの住民は魔法に対しての理解は浅い。今この時、危機感を感じている者など、一握りしかいなかった。そして——
——その魔法陣から無数の巨大な岩石が出現し、王都に降り注いだ。
映像には音声こそ記録されていなかったが、王都住民たちが悲鳴を上げながら、叫び、そして逃げ惑う姿が見て取れる。
巨大な岩石に押し潰されて息絶える男性。その者の横で座り込みながら呆然とする恋人らしき女性。手足を失った子供。逃げ惑う人々の波に押されて倒れ、後続の人々に踏まれる老人。……etc。そんな地獄絵図と化した王都の様子が映像には映っていた。
王都のあちこちでは建物が崩れ、王都を南北に貫くメインストリートには多数の大穴が穿たれている。名所であった噴水広場は見るも無残な姿を晒していた。
そして、映像が終わりに近づいた頃、それまで唯一建ったままであった王城に、今まで王都に降り注いでいた岩石とは一線を画す大きさの岩石が直撃した。
そして映像は、王城が脆くも崩れ去ったところで終了していた。
それは僅か十分ほどの映像でしかなかったが、その短い時間で、世界【ユグドラシル】の人間種屈指の大国【イプシロンザ王国】の王都は——
——滅亡した。
♦︎♦︎♦︎
戦場にいる誰もが、上空に投影された王都の破壊映像を見て呆然としている頃。
王国軍陣地の司令室にいた面々もまた、司令室のテントから出て、その映像を見て呆然としていた。
『……』
アレックスを始め、副官のエレーナ、その部下、そして帝国の将軍——ハーヴェスト一行までもが言葉を失い、ただただ上空の映像を見ている。そこには一言の言葉もなかった。
自分たちが守ろうとしていた民、そして国。それらがすでに魔王の手によって破壊されていたのだから当然かもしれない。
アレックスは一筋の涙を流す。悪い思い出も多少なりともあるが、それ以上の良い思い出を齎してくれた王都での生活。彼は王都の出身ではないが、長い年月を過ごした第二の故郷ではある。
そんな彼に再び魔王の声が響く。
『どうだね? 諸君。……ふむ。どうやら楽しんでもらえたようだな。ククク』
「……ふざけるな」
アレックスがそう呟く。
『なんだ? 言いたいことがあるならハッキリと言ってみよ』
ゼノフィリウスは普通なら聞こえるはずのない、そんな彼の声に言葉を返した。何かしらの魔法を用いているようだ。
「ふざけるなッ! 何故ッ! 罪のない者たちを殺したッ!!!」
アレックスが空に向かって叫んだ。
『何故だと? なら聞くが、貴様は虫を殺すのに躊躇をするか? 虫を殺したことに後悔はするか? ……しないであろう? 余にとっては貴様ら人も虫も等しく弱者に過ぎぬ。殺すのに何を躊躇うことがある?』
「人は虫ではないッ!」
『ククク。そう思うならそれは勝手だ。だが、この世は所詮弱肉強食。勝った者にこそ正義がある……。貴様の考えが正しいと、そう思うなら余を倒してみせよ!!!』
ゼノフィリウスは一拍おくと、再び言葉を続けた。
『無駄話が過ぎたな。 さて、始めようか。……あぁそうであった。諸君らを一思いに殺してやろうと先ほど言ったと思うが、それは撤回しよう。精々足掻いてみせるがよい……【フレイムスピア】』
ゼノフィリウスがそう唱えた瞬間、1000にも及ぶ【フレイムスピア】が展開された。そして、それが兵たちに向かって飛んでいく。
『ッ! 【防御障壁】!』
帝国軍の魔法部隊や王国軍の傭兵を始めとした魔法を扱える者たちは慌てて無魔法の【防御障壁】を使用する。しかし——
——張られた障壁は一瞬だけ拮抗したのち、直ぐに破られ、1000の【フレイムスピア】が兵たちを襲った。
『ふむ。諸君らの魔法は柔いようだ。この程度の魔法を防げないとは無様だな。では次だ。……【流星群】』
ゼノフィリウスが次に発動した魔法は【流星群】。先ほどの映像で王都を破壊した広範囲殲滅魔法だ。
兵たちの上空に巨大な魔法陣が展開され、無数の岩石が出現、そして降り注いだ。兵たちは皆、それを見て絶望の表情を浮かべる。【防御障壁】を扱える者は障壁を張るが、それが何の意味も齎さないことは誰もが分かっていた。しかし、座して死を待つことなど出来なかった。
その時、一つの声が場に響いた。
「【防御障壁】」
場に響いた声は“爆炎の魔女”エレンミアのものだった。
彼女が張った【防御障壁】は無数に出現した岩石を見事に防ぎきり、兵たちを守ることに成功していた。流石は人間の世界でトップクラスの実力者と言えよう。
ちなみに、彼女が【フレイムスピア】を防がなかったのは、兵たちの【防御障壁】で防げるだろうと判断し、最高威力の【大爆裂】を放てるように準備——魔力を練る——していたからである。しかし、ゼノフィリウスが放つ【フレイムスピア】の予想以上の威力を目の当たりにした後はその準備を中止していた。
『ほう。人間にしては良い腕を持った魔導師がいるではないか。……ふむ。そうか貴様か。我が軍のそれなりに強かった部隊を倒したのは。貴様ほどの者が人間種にいたとは少々意外であった。……ククク。では、これならどうだ? ……【雷神の鉄鎚】』
エレンミアの頭上に魔法陣が出現した。そして、そこから雷光が煌めいたかと思うと、目にも留まらぬ速さで魔法が放たれる。
「?! 【防御障壁】!」
彼女は再び【防御障壁】を張る。今度の障壁は【流星群】を防いだ時に張ったものよりも更に魔力が込められており、高い防御力を誇っていた。見る者が見れば腰を抜かすほどの防御力を誇る代物である。しかし——
——そんな彼女の障壁はゼノフィリウスの【雷神の鉄鎚】の前には無力であった。
ゼノフィリウスの魔法【雷神の鉄鎚】がエレンミアの【防御障壁】に拮抗したのち、数十秒後には打ち破り、彼女の体全体を襲った。
「アァァァー! ……ァァァ……ァ……」
エレンミアは【雷神の鉄鎚】の熱で体全体を焼かれた。その魔法に飲まれていたのは時間にして僅か数秒であったが、彼女は瀕死の火傷を負い、地面へと倒れ伏す。そして、そのまま動かなくなった。
そして、それを見た兵士たちの間を恐怖が襲う。たった一人で一軍にも匹敵する力を持つ“爆炎の魔女”。しかし、そんな者ですらゼノフィリウスには手も足も出ずに敗れ去った。この事実は兵の心を完全に挫く結果となった。最早、ゼノフィリウスに立ち向かおうという気概を持つ者はいない。
『ふんっ他愛もない。所詮は人間か。……もう飽きた。遊びは終わりだ。……【風鋭刃】』
ゼノフィリウスの周りに数百にも及ぶ風の刃が出現した。そして、その風の刃が放たれた。
完璧にコントロールされた風の刃は一切の無駄なく未だに無事であった王国軍と帝国軍を襲う。二万超にも及ぶ兵は避ける間も無く一瞬で斬り刻まれ、血を噴き出しながら次々と倒れていく。
後に残ったのは、兵士の血で真っ赤に染まった大地と、斬り刻まれて息絶えた数万もの兵士の死体だけであった。
そうして王国軍及び帝国軍は壊滅したのであった。




