045 魔王降臨
——王国軍と帝国軍が魔王軍の殲滅を完了した
その情報は瞬く間に、王国軍、そして帝国軍の兵の間に広がっていった。兵たちは見知らぬ者と抱き合ったり、拳を付き合わせたり、雄叫びを上げたりなど、各々が様々な方法でその喜びを分かち合っていた。顔には喜色が浮かび、戦争から解放された喜び、勝利した喜びを誰もが噛み締めている。
最後方の部隊に配属され、今回の戦争を無事に生き残ったルーベンスもまた、そのようにして喜んでいる者の一人であった。そして同時に——
「はぁー。どうにか生き残れたな。……やっぱ俺って運いいよな」
自らの運の良さに感心、そして感謝するのであった。
今回の戦争。そこでもルーベンスの運の良さは大いに効果を発揮していた。例えば、偶々石に躓いてこけた時にすぐ上を敵の攻撃が通り抜けていったり、魔法の流れ弾が戦っていた死霊に当たったり、絶体絶命に陥ってがむしゃらに剣を投げたら偶々クリーンヒットしたり、……etc。
おそらく、今回の戦争で五回くらいはミラクルで命拾いをしている。
「もういっそのこと農家辞めてギャンブルで稼ごうかな。その方が稼げそうな気がする。……農家やってもどうせ俺の畑だけ作物枯れるしな」
ルーベンスは自分の畑の有様を思い出しながらクツクツと笑う。最早、彼の不幸は笑うしかないほどなのである。
「ようっ! ルーベンス!……ってどうした?! なんか表情に影が差してるぞ?!」
そんなルーベンスに話しかけてくる人物がいた。その人物は彼の同郷であり、彼の親友でもある人物だ。そして今回、共に出兵のくじを引き当て、民兵として戦場に出ることになった人物でもある。彼とその人物——アルフォンスは違う部隊に配属されたため、ここ最近は会っていなかったが、戦争がとりあえず終了したこともあって彼に会いにきたらしい。
「いや、何でもない。どうしたんだ?」
「大した用じゃないんだが、まぁアレだ。帰ったら酒でも飲もうぜ! 祝杯だ祝杯!」
「いいな、それ。じゃあ、今日の夜飯の時飲もう」
「分かった! 約束忘れんなよ?」
「了解!」
そして、ルーベンスは今後の人生設計に想いを馳せながら、陣地へと引き上げていく人の波に加わるのであった。
♦︎♦︎♦︎
王国軍の陣地へと引き上げていく王国軍の騎士たちは、疲れの色が非常に濃く、足並みは揃っておらず、フラフラとしている者も多数見受けられる。少なくとも、いつもの一糸乱れぬ行軍ではなかった。しかし今回、この時に至ってはそれを咎める者などいなかった。
これがもし、国民の目にさらされることが予想できるのであれば、騎士の体面を保つためにも格好というのは気にしなければならないが、生憎とここはただの峡谷地帯。そんなことを気にする必要などないのである。
そして、そんな騎士たちの後ろを民兵が、そしてその更に後ろを帝国軍が歩いていた。彼らもまた、王国軍の騎士たちほどではないが、同じような疲れた顔を浮かべながら、ノロノロと歩いている。
だが、王国軍、帝国軍はそんな疲れた顔を浮かべながらも、そこには喜びの顔もまた同居していた。隠しきれない笑みが各々の顔に浮かんでいる。
“勝利の美酒に酔う”とは現在の彼らのことを言うのであろう。
そんな時だ。とある“声”が聞こえてきたのは。
『クックック。諸君らは勝った、とでも思っているのか?』
突如、王国軍と帝国軍の兵たちの耳に、そんな声が響いてきた。
皆が一様に周りをキョロキョロと見回し、声の主を探している。
「アレは……何だ?」
やがて、兵の一人が前方の上空を指差しながらそう言った。それをきっかけに一人、また一人と彼が指差した前方の上空に目を向け始める。
彼らの目に映るもの。それは空を羽ばたきながらホバリングする一匹の巨大な龍だった。そして、その頭上には立っている人物が一人。
その人物は多くの者が気づいたことに、ニヤリと口角を上げて、再び口を開いた。
『初めまして諸君。余はゼノフィリウス・アークロードという者だ。……いや、諸君らにはこう言った方が分かりやすいかな? 余は魔王ゼノフィリウス・アークロードだ』
その一言が発せられた途端、勝利の喜びに浸り、緩んだ顔をしていた兵たちの間をどよめきが走り、数瞬後には沈黙が支配した。最早、勝利の美酒に酔っていた数瞬前の雰囲気は霧散し、誰もが動きを止め、ゼノフィリウスを見上げたまま呆けている。
今の時間は夜闇迫る夕暮れ時。太陽は沈みかけ、空は時間を追うごとに暗くなってきている。こんな時間では少し離れた場所にいる人物の顔など、よくは見えないだろう。
しかしそんな中にあって、戦場の誰もがゼノフィリウスをハッキリと認識していた。それは、彼が存在するだけで周囲に威圧感と存在感を感じさせるほどの強大な力を持つ者だからに他ならない。つまり、嫌でも認識させられてしまうのである。
「……お、逢魔時」
兵の一人が小さく呟いた。
——逢魔時
現在のような、夜と昼の中間地点であるこの時間はそう呼称される時間帯だ。“別名:大禍時”とも呼ばれ、厄災が起きる時間として知られている。というのも、この時間帯はよく魔物に遭遇するのだ。それは夜行性と昼行性の魔物が揃って活動している時間であるが故に、魔物に遭遇しやすくなるという理由である。
そして今この時、王国軍と帝国軍もまた、災厄の象徴の一つである“魔王”という存在に出会っていた。まさしく、魔に逢う時間——“逢魔時”である。
ゼノフィリウスは自らを見上げる兵たちを見ながら、再び口を開いた。
『残念だが、諸君らが勝ったと思っているそれは単なる幻想に過ぎない。これから余が見せてやろう。完全無欠な勝利を。そして、圧倒的な実力差というものを。……まあ、安心するが良い。余には弱者を痛ぶる趣味はない。せめてもの情けに一思いに殺してやろう』
そして、ゼノフィリウスは一拍おいて再び言葉を発した。
『だがその前に、だ。諸君らには冥土の土産にいいものを見せてやろう。これは今からほんの一時間ほど前に記録した映像だ。諸君らにとっては中々に楽しんでもらえる内容となっているはずだ。クックック』
ゼノフィリウスは笑いながら映像を記録できる魔道具を取り出して魔力を注ぎ、そして起動した。
『さあ! ショーの始まりだ!』
そして、とある映像が魔道具によって上空へと投影された。