044 勝利……?
——“爆炎の魔女”
火魔法の秘術の一つ——【大爆裂】。“爆炎の魔女”とは、一子相伝で受け継がれるその魔法を扱う者がそう呼ばれる。つまりは一種の称号や、通り名のようなものである。
そんな“爆炎の魔女”を今代はとあるロリッ娘……もとい、女性が務めている。
今代の“爆炎の魔女”。その名をエレンミアという。
彼女は森人族の母と、人族の父を持つ半森人族だ。森人族にしては短い尖った耳、森人族にはいない、父親譲りの茶色い髪をもつ。彼女はすでに十六歳の成人——【ユグドラシル】では十五歳——だが、見た目は十二歳くらいの子供である。それは歳を重ねても体があまり育たないというハーフの特性故だ。
ちなみに、半森人族、半獣人族、半山人族のようなハーフは人族と各種族という組合せでしか生まれない。人族以外の組合せだと、ハーフにならず両親どちらかの種族になるのだ。
さて、話を戻そう。
そんなエレンミアだが、何故彼女は帝国軍に入ったのか?
一つの理由は、軍に入れば実力者と接する機会が多くなるのではないか?と考えたからである。実力者というのは多かれ少なかれ何かしらの秘伝の技のようなものを持っていることが多い。彼女はそんな秘伝の技に大いに興味を持っているのである。また、軍に入れば、一般には閲覧制限がかかっているような書物も読むことができるという点も彼女にとっては大きな魅力だった。
そして、軍に入ったもう一つの理由として、彼女の本質がニート気質であることが挙げられる。
軍は彼女のような実力者には広く門戸を開いている。その上で、その実力者の要求を出来うる限り叶えてくれるのである。
確かに、有事の際には出兵義務があるが、普段は活動せずに好きなことだけをしていても給料が貰える。少なくとも、軍と彼女の間ではそういう契約になっているのだ。
つまり、好きなことだけをして生きていくにはどうすれば良いのか? そんなことを大真面目に考えた結果が現在の状況というわけだ。
彼女の魔法の才能は本物だ。歴代の“爆炎の魔女”の中でも、その実力はトップクラスであることは最早疑う余地もない。しかし、そんな彼女が興味を持っているのは、美味しい食べ物と魔法の二点のみ。
日がな一日、お菓子を食べながら魔法に関連することを研究して、美味しいご飯を食べて寝る。それが彼女の理想の生活だ。
彼女にとって、軍はそんな理想を叶えるとっておきの、言わば天職だったのである。
だがしかし、軍に所属している以上、“召集”や“出兵”という義務が付いて回る。故に、今回のような大規模な戦争や事件が起きた際には出向かなければならないのだ。
彼女は内心面倒臭いな、とは思いつつも、今の生活を手放さないために今回の出兵要請に応じ、こうして【グラム峡谷】までやってきた。
そして、彼女は与えられた仕事をこなす。
仕事内容は——
「……【大爆裂】」
魔族の死霊で構成された混成部隊の殲滅だ。
彼女の魔法は混成部隊のド真ん中に展開され、そして——
——ドッゴォォォーン!
炸裂した。
直径にして100mに及ぼうかという強力な魔法——【大爆裂】は爆音とともに地面を大きくえぐりながら展開され、混成部隊のおよそ1/3を跡形もなく消し去った。生き残った者たち——と言っても死霊なので、すでに死んでいるが——の中にも手足が消えているものや戦闘不能状態に陥っている者が多くいた。
傍から見れば、かなりの戦果に映るだろう。だが、魔法を放った当の本人からして見れば、少し不満があったようで——
「むむ。威力を落としすぎたか……」
と呟いていた。
「味方が邪魔すぎる……だから戦場で魔法を使うのは嫌なのに……」
エレンミアは【大爆裂】を放つ際に、味方に被害が及ばないようにすることを厳命されていた。というのも、以前やらかしたことがあるからだ。その時は死者こそ出なかったが、中々の大惨事を引き起こしてしまっていた。故に、今回は被害が絶対に及ばないように威力を調節したのだが……些か弱くしすぎたようである。
「……もう一発」
エレンミアは魔力を練っていく。
「【大爆裂】」
そして、二発目の魔法を放った。今回の魔法は一発目の反省を踏まえて、絶妙な威力に調節されている。
——ドッゴォォォーン!!
先ほどよりも幾らか規模が大きい【大爆裂】は残りのおよそ2/3の混成部隊を消し去った。後に残ったのは地面に穿たれた大きな穴と、その中で燻る赤い地面だけであった。
「……任務完了」
エレンミアはそれを見て満足げな顔を浮かべると、そう独りごちた。
♦︎♦︎♦︎
——王国軍陣地司令室
そこには、戦場の指揮官からの報告が次々と伝令兵によって持ち込まれていた。そのほとんど全てが直に殲滅が完了するとの報告である。
帝国軍が到着し、攻撃を始めてからおよそ一時間。
すでに勝利は目前に迫っている、誰もがそう思っていた。
ネックであった魔族の死霊混成部隊は“爆炎の魔女”がたった二発の魔法で殲滅したとの報告も入っており、後は動物型魔物の死霊を倒すのみだ。
「失礼いたします!」
そんな時、一人の伝令兵が大急ぎで入ってきた。
「たった今! 王国軍、帝国軍ともに殲滅が完了したとのことです! この戦いは……我々の勝利です!!!」
その瞬間、司令室内には静寂が訪れた。しかし、数瞬後には大歓声に包まれる。
『オォォォー!!!』
ある者は抱き合い、ある者は手に持つ資料を上へと投げる。そうして、誰もが喜びを露わにしていた。
「勝った……のか?」
アレックスが半ば放心状態で呟いた。
「はい。おそらく。敵があれで全てなら、ですが……」
そんなアレックスの呟きに、エレーナが返す。
「……一先ずは勝ててよかった。後は、冒険者とともに魔王を討つだけだな。今頃、本国が上位の冒険者たちを集めているはずだ。一応、上の連中はあの国に例の件も打診しているようだが、そっちはまぁ望み薄だな。……何はともあれ、今回の戦いで魔王と幹部が出てこなくてよかったぜ」
「本当ですね。ただの一部隊があれだけ手強いんですから魔王と幹部の実力は全く予想ができません。……それにしても今回の戦いでは冒険者は参加しなかったのはなぜでしょうか?」
「ああ、それか。それはアレだ、上の都合ってやつだ。上の連中は冒険者が嫌いだから、あまり頼りたくないらしい。まあ、その実力は認めているみたいで魔王と幹部を叩くための戦力として集めることには同意したがな」
「……国の危機だっていうのに、そんなことを気にして……馬鹿なんですかね」
「まあ、上の連中は戦いに出たことがないような奴らだ。仕方ないさ。……まあ、それかと言って放置できない問題ではあるんだがな。そこは追々、俺がなんとかするさ」
「……団長。そんなこと言っていたら一生スローライフは送れませんよ?」
「……言うな。薄々そんな気がしてきているところだ」
アレックスは一つ息を吐き出す。そして、司令室全体に響き渡る声で言った。
「お前ら! 騒ぐのは後にしろ! まだまだやることはあるぞ! それと! さっき資料を投げたヤツ! 早く資料を拾ってまとめとけ!」
『はっ! 承知しました!』
「ったく。……ハーヴェスト殿。今回は助かりました。よろしければ、今後の予定をお聞きしても? もし、余裕があるようなら魔王討伐にも協力していただきたいのですが……」
「うむ。元よりそのつもりだ。そのために“爆炎の魔女”を連れてきたのだ。彼女ほどの実力者なら周りの協力があれば魔王とて倒せるだろう」
「そうですか! それは心強い! ではお頼み申し上げます!」
アレックスはホッとした表情をその顔に浮かべた。
例の混成部隊をたった二発の魔法で葬った“爆炎の魔女”の対魔王戦参戦。そのことは、彼を大いに安心させた。これなら魔王にも勝てるだろう、と。
だが、彼を始め、魔王ゼノフィリウスの実力を正しく認識している者はこの場にはいなかった。もし、この場にかの魔王の実力を正しく認識している者がいたらこう言っていただろう。
“お前らは馬鹿か?”と。




