043 帝国軍
——王国軍司令室
それが置かれている王国軍陣地のとあるテントの前には、複数人の部下と護衛を引き連れた熊を彷彿とさせるような男がいた。その男は多くの勲章が付いた軍服を身に纏い、鼻下にはカイゼル髭、腹には蓄えられた肉がこれでもか! というくらい付いている。鍛え抜かれた肉体を持つアレックスとは、およそ正反対にいるような人物だ。
その男はテントの前に出てきていたアレックスら王国軍の面々に向かって口を開いた。
「私は帝国軍の総指揮を任されているハーヴェスト・ドルッケンである! 本日、遅れたことをまず詫びよう。こちらでも色々と事情があったのでな……。だが、これからは我が帝国軍及び貴殿ら王国軍が一致団結し、魔王軍を駆逐、いや! 殲滅しようぞ!」
彼の名前はハーヴェスト・ドルッケン。同盟国の一つ【リツェータ帝国】の三将軍のうちの一人だ。
帝国は王国とは違い、騎士団ではなく軍隊という体を取っている。その中で大将とは最高位にある位であり、王国で言うところの騎士団長に相当する位だ。しかし、力関係で言えば、【イプシロンザ王国】と【リツェータ帝国】は同じ大国ではあるものの、帝国の方が国力も兵力も上なので、実質的にはアレックスよりもハーヴェストの方が立場は上となる。
「よくぞ、お越しくださいました。どうぞ、中にお入りください」
故にアレックスはハーヴェスト及びその部下達を司令室に丁重に招き入れた。
「失礼する」
ハーヴェスト、そしてその部下は案外されるままに司令室へと入り、用意されていた椅子に腰掛ける。それを見ると、アレックスらも席に座り、説明を始めた。
「早速で申し訳ないのですが、現状を説明させていただきます。まず、今現在我が軍は——」
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「——という状況です。つきましては帝国軍の方々には二正面作戦の片面を担っていただきたく思います」
アレックスが現在王国軍が置かれている状況について説明し終えると、それまで黙してそれを聞いていたハーヴェストが口を開いた。
「魔族の死霊の混成部隊はどうするのだ? 良ければ、我が軍が相手取っても良いが」
「例の混成部隊は強力です。失礼かと存じますが、勝てる見込みはあるので?」
ハーヴェストはアレックスのその言葉にニヤリとした表情を浮かべると、いかにも自信満々といった様子で告げた。
「うむ。今回は本国より“爆炎の魔女”を連れてきているからな」
「えっ?! あの“爆炎の魔女”ですか?!」
「“爆炎の魔女”?!」
「帝国軍にいたのですか?!」
ハーヴェストのその言葉を聞いた、王国軍の面々は皆一様に驚きを示した。
——“爆炎の魔女”
この世界でそう呼ばれている者は当代において一人しかいない。
一子相伝の火魔法の秘術——【大爆裂】。その魔法を受け継いだ1人の魔女だけが“爆炎の魔女”を名乗ることが許される。“爆炎の魔女”とは、そうして連綿と受け継がれてきた呼び名なのだ。
ちなみに、名前の通り“爆炎の魔女”は歴史上、例外なく女性がなっている。それは初代“爆炎の魔女”が男嫌いだったからだ、と言われているが真相は定かでなない。だが、後の“爆炎の魔女”たちは皆、女性しか弟子を取らないのが伝統となっているらしい。
「それは心強い。でしたら、例の部隊はおまかせいたします」
アレックスは内心ホッとしながら告げる。というのも、今の王国軍の状態では、例の部隊を相手取ることは難しいからだ。無論、犠牲に目を瞑れば倒し切ることはできるだろう。しかし、そんな風に兵の多くを殺しかねない命令は下すことなどできない。故に、どこかのタイミングで帝国軍に対応してもらうよう打診しようと考えていた。
もし、これが無能な指揮官であれば、何が何でも例の部隊と戦おうとするだろうが、彼は賢明であったが故に、それによって被るリスクを看過できないものとしてしっかり認識していた。それに今回は自軍だけでなく、帝国軍もいる。それらの事情により、彼は例の部隊を帝国軍に任せてしまおうと決意していた。
また、帝国軍側にとっても手柄が欲しく、そして、それを達成できるだけのカードがある。つまり、利害の一致があったため、例の部隊の対応を連合国軍に任せるという案件は問題なく了承されることとなった。
「うむ。だが、貴殿ら王国軍も頼むぞ? ……まあ、王国軍の精強さは有名であるから、あまり心配はしていないがな」
王国——【イプシロンザ王国】は平均的な騎士の練度が世界でも屈指の高さを誇っている。故に、単純な一般兵同士の戦争なら帝国にも引けを取らない強さを誇る。数なら帝国の方が多いが、兵一人一人の練度は王国の方が高いのである。
しかしながら、王国には一人で戦局を変えられるような突出した力を持つものはいない。精々、アレックスがAランクの最上位、多少強く見積もってもSランク下位に辛うじて匹敵するぐらいだろう。無論、冒険者は除いて、であるが……。その点で言えば、“爆炎の魔女”という強大な力を持つ魔女を抱き込んでいる【リツェータ帝国】はそれだけで一軍にも匹敵する力を持ったと言える。故に、仮に帝国と王国が戦えば、まず間違いなく王国が負けるだろうとは想像に難くない。
「では、方針は決定ということでよろしくお願いします。……伝令兵! 今の内容を本隊に伝えろ!」
「はっ! 承知いたしました!」
「こちらも伝えるのだ!」
「かしこまりました! 将軍!」
アレックスとハーヴェスト、それぞれの命を受けて、各々の伝令兵は司令室を後にした。
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そして、二正面作戦が開始された。
王国軍は疲れが溜まった体に鞭を打ち、これが最後の戦いだ、と気力を振り絞る。
魔王軍は残り——およそ2000。
対してこちらは少なくとも二万以上の兵力がある。それに加え、“爆炎の魔女”の存在。最早、負ける要素はない。
王国軍には帝国軍が到着していることは伝わっている。
故に、開戦当初の勢い、とまではいかないが、最後の攻撃だとして、ここ数時間では一番の動きを見せ、確実に魔王軍の数を減らしていった。帝国軍側にも戦力を割かなければならなくなった魔王軍側の弊害はかなり大きかったようで、最早勝ち切るのは時間の問題だ。
一方、帝国軍側は行軍の疲れは多少あるが、王国軍以上の気力と体力を持ち合わせていた。
二正面作戦開始後、帝国軍は死霊一体に対して常時四人以上で対応している。帝国軍は王国軍ほどの練度はないが、四人以上で対応することによって危なげなく、そして確実に死霊の数を減らしていった。
そして、特に凄まじかったのが重騎兵部隊と魔法部隊だ。重騎兵部隊は帝国一番の防御能力を有している。そして、それが真価を発揮するのは魔法部隊と組み合わせた場合の戦闘だ。敵の動きを、重鎧と盾で完全に封じ、その隙に魔法部隊が魔法を打ち込む。
帝国軍はこのやり方で幾度となく、相手国を苦しめてきた。そしてそれは魔王軍に対しても真価を発揮したようで、早い速度で殲滅が進んでいった。
ちなみに、王国軍には魔法部隊はいない。現在、王国軍に組み込まれている魔法部隊は皆傭兵なのだ。というのも魔法の有効性が、あまり認知されておらず騎士至上主義的な考えを持つ者が多いからだ。アレックスは魔法の有効性をよく認識しているため、幾度となく、魔法部隊創設を進言しているが、中々上手くいっていないのが現状である。
そして最後に——
“爆炎の魔女”サイドに目を向ければ、それは最早天変地異かと思うような光景が広がっていた。