表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/69

042 朗報

 


 ——【グラム峡谷】平野部



 人族ヒューマンの国家【イプシロンザ王国】と、魔王ゼノフィリウス・アークロードが治める魔族イビルの国家【死霊国デルタリウム】の間に広がる大峡谷地帯の中央部に広がる平野部では、現在王国軍と魔王軍が戦闘を行っていた。



 開戦から経過した時間はおよそ半日(六時間)



 現在、両軍は膠着状態に陥っていた。……いや、ジワリジワリと王国軍が押されて戦線が後退していっているのが現状だ。



 その理由の一つとしては、疲れを知らない死霊を要する魔王軍の勢いが全く衰えないこと、そしてそんな魔王軍とは対照的に生きている兵士しかいない王国軍が時間の経過とともにその勢いを落としていることが挙げられる。



 王国軍は、開戦してから最初の四時間ほどまでは概ね順調に事を運べていた。



 開戦するとともに突撃してきた魔王軍——動物型魔物の死霊——を一体につき二人以上で対応して確実に数を減らしていき、その後行った三方からの総攻撃で、魔王軍の1/3弱——およそ1000と少しの死霊を倒すことができた。



 しかし、問題はその後だった。というのも魔王軍の主力と思しき人狼ワーウルフ蜥蜴人リザードマンといった魔族イビルで構成された混成部隊が参戦してきたのだ。そして、このことが膠着状態に陥ったもう一つの理由でもある。



 その部隊は1000ほどの数しかいないながらも非常に強力で、押されていた魔王軍の戦線を早々に押し返し、王国軍を大きな力差で攻め立てた。



 王国軍は騎士の精鋭たちの大多数を差し向けることで辛うじてその部隊を抑えることができたが、開戦当初から大活躍していた騎士の精鋭たちが抜けた影響は大きかった。たった一つの部隊に多くの騎士の精鋭たちが付きっきりになるのだから余計に王国軍の勢いは削がれるのは当然の話である。



 今は魔王軍の質の高さを、数という要素でなんとかカバーしているのが現状だ。現に、本来あまり戦わせる予定のなかった民兵の一部の部隊にまで戦闘が波及している。



「マズイな。兵たち——特に騎士の精鋭に疲れが溜まってきているようだ」



 アレックスは司令室にて伝令兵の報告を聞きながら頭を悩ませる。そんなアレックスに副官のエレーナが言葉を返す。



「騎士の精鋭はずっと前線で戦っていますからね。ですが、現状では交代で休ませるのも難しいでしょうし……」



「ああ。そうだな。休ませてやりたいのは山々だが、あの混成部隊を抑えてている精鋭たちの代わりがいないからな。準騎士や民兵はもちろん、通常の騎士たちでも荷が重いだろう。さて、どうしたものか……」



「……同盟国の軍——帝国軍はまだ来ないのですか?」



「ああ。だが、直に到着するそうだ。先ほど報告が入った。一時間後か二時間後か、はたまたそれ以上かは分からないがな」



「そうですか……。日程が分かっているならもっと早く送ってくれれば良いものをッ!」


 

「そうだな。だが、同盟とは言っても所詮打算塗れのものに過ぎないからな。他国のことなんて二の次なのさ。今回出兵を遅らせたのだって、おそらくは窮地を救うことで、我が国に、より大きな貸しを与えるためだろう。……前にどこかの学者が最近の各国の外交姿勢を“自国利益第一主義”とか何とか言っていたが、本当によく的を射た言葉だぜ、全く」



 国家間の“約束事”は絶対遵守がこの世界——【ユグドラシル】における人族ヒューマン国家同士の取り決めだ。もし、破ろうものなら全国家からの信頼を失い、破滅の道を突き進むことになる。



 しかし、そのギリギリのラインを見極め、自国の利益が最大限になるよう立ち回ることは、最近、ほとんどの国家が行っていることである。そして、それは無論【イプシロンザ王国】とて例外ではない。過去には、同盟国で大飢饉が起きた際、自国の農産物を平時よりも高値で放出したこともある。



 国家運営は綺麗事だけではやっていけない。ただのお人好し国家もまた、破滅の道を突き進むことになる、というのは世の常なのである。



 だが、戦況はハッキリ言って芳しくない。それはアレックスを始め、司令室にいる誰もが理解していることだ。確かに数では大きく勝っているが、魔王軍の質が高すぎた。特に、途中から参戦してきた魔族イビルの混成部隊。あれをどうにかしなければ勝機はない。



 故に、一刻も早く帝国軍には合流してもらい、参戦してほしいところであるが、それを当てにしてばかりもいられない。帝国軍がいつ到着するかも分からないからだ。



「帝国軍を当てにするのは愚策か……。だが、今のままではジリ貧なのもまた事実。さて、どうしたもんか」



「……団長。まことに不本意ではありますが、精鋭たちを休ませるためにも攻勢に出ている全部隊を戻して防備を固め、帝国軍が到着するまで持ちこたえるのが賢明かと。このままでは前線で例の部隊を抑えている精鋭たちにも限界が来るでしょうし。騎士の精鋭たちを失えば勝つことがより難しくなります」



 エレーナがアレックスに提案する。彼女にとって帝国軍を当てにすることは余程不本意なことなのか、その顔からは悔しさが滲んでいるのが見て取れる。



「それしかない、か。致し方ないな。……伝令兵! 攻勢に出ていた全部隊に撤退命令を出せ! そして、そのまま本隊に合流するように伝えろ!」



「「「「承知いたしました!」」」」



 司令室にいた伝令兵四人は、攻勢に出ている各部隊にアレックスの指示を伝えにいくため、その場を後にした。



 これ以降、王国軍は攻勢に出ることはなく、守勢に回りながら、戦線の後退を押しとどめ、多少盛り返すことに成功した。



 ♦︎♦︎♦︎



 王国軍が、基本姿勢を攻勢から守勢へと変えてから二時間あまりが経過した。時刻は午後四時を刻んでいる。



 すでに王国軍の疲労はピークに達し、兵の動きは開戦時に比べれば目に見えて悪くなっていた。しかし、そんな王国軍の兵とは対照的に、死霊である魔王軍は開戦時からの勢いを落とすことはなく、守勢に回っている王国軍を一方的に攻め立てている。



 不幸中の幸いなのは、完全に守勢に回っている王国軍を、魔王軍が攻めあぐねているため、然程損害が多くないことだろう。しかし、このままではいずれ均衡が破られ、王国軍に多大な損害が出てしてしまうのは容易に予想ができた。



 アレックスは頭を抱える。この状況をどうすれば変えられるのか、どう舵をとるべきなのか。



 そんな時だ。司令室にとある一報が入ったのは。



「団長! 朗報です! たった今、帝国軍が【グラム峡谷】に到着しました! これより魔王軍に攻撃を仕掛けるとのことです!」



「おお! やっと来たか! 場所と数は?」



「はっ! 帝国軍は魔王軍の北側に展開、数はおよそ15000です! 後ほど帝国軍総司令官ら御一行様がお見えになられます!」



「分かった。報告ご苦労」



「いえ! 恐縮です!」



 ——連合国軍の到着。



 それはアレックスが、いや、王国軍全員が待ちわびていた一報であった。しかも、その数は王国軍と同程度のおよそ15000。帝国は、彼が思っていたよりも多くの兵を派遣してくれたらしい。かの国は魔王という存在に対して、その危険度をしっかりと理解しているようだ。



 実際は、魔王軍を倒したという名誉を欲する帝国の打算が渦巻いているわけであるが、それを踏まえて考えても彼にとっては嬉しい一報に違いはなかった。彼が目指している事態の終息点は名誉を得ることではなく、この戦争を少しでも多くの兵とともに生き延びて国に帰ることなのだから。



「よし! エレーナ! それとお前ら! これから憎っくき魔王軍を叩くための作戦会議だ! 帝国軍の総指揮官ら一行が来る前にある程度作戦を練るぞ!」



『はい!』



 アレックスはそう指示を出すと、これからの戦争の展開について思考を巡らすのであった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ