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039 開戦前〜王城にて〜

 


 ——【イプシロンザ王国】の王都【アイン】



 碁盤目状に作られたその街の中心部には一際大きな建築物が鎮座している。それは【イプシロンザ王国】のまつりごとの中心地にして、最高権力者たる国王が住まう王城だ。



 現在の時刻は夜の七時。世界が光の世界から完全なる闇の世界へと姿を変えた、そんな時間だ。しかし、そんな時間にあって尚、王城では本来あるべき静謐さは身を潜め、慌ただしい喧騒に包まれていた。廊下を見れば使用人や貴族、騎士が忙しなく行き交い、会議室では意見と怒号が飛び交っている。



 そんな状況にある理由は一つ。



 翌日、隣国——【死霊国デルタリウム】を治める魔王ゼノフィリウス・アークロードがこの国——【イプシロンザ王国】に攻めてくるからだ。



 今から一ヶ月前に突如として宣戦布告をしてきた魔王ゼノフィリウス。この国の面々にとっては、まさしく寝耳に水の出来事であった。侵略される理由については分からないが、無抵抗で蹂躙されるわけにはいかない。故に宣戦布告があった時から、騎士、準騎士の召集をし、民間人からも民兵として動員している。



 その甲斐あってか、総兵力では【死霊国デルタリウム】に余裕でまさっているだろう。単純な兵力差なら最低でも三倍はあるだろうか? それは誰もが理解を共有しているところだ。また、近隣のとある同盟国にも出兵要請をしているので、兵力差は更に拡大することになるだろう。



 なら何故、このような慌ただしい状況に陥っているのか?



 それは魔王が【ユグドラシル】に住まう者にとって恐ろしい存在として認識されているからに他ならない。



 曰く、一撃で街を火の海にした。

 曰く、一人で数万の軍隊に無傷で勝った。

 曰く、一夜で一国を地図から消し去った。

 曰く、攻撃一発で天地を割った。



 などなど、一見すれば荒唐無稽とも言える数々の逸話を残してきた魔王だからこそ、兵力差などハッキリ言って当てにならないのだ。それはいくら動員したところで変わりはしない。



 そんな魔王という、かつてないほどの強大な敵から、どうにかして国を守ろうと、会議室では様々な意見が飛び交っていた。



 会議室には現在、軍部省長官のニコラウス・ペリゴールと宰相のリベルタス・ペリゴール、そして軍部省作戦参謀局局長のアルベルト・ホーエンス、騎士団長のアレックス・フォートレス、そして彼らの部下が二人ずつと給仕役の使用人で計十三人がいる。



 ちなみにニコラウス・ペリゴールとリベルタス・ペリゴールは双子の兄弟である。兄——リベルタスの方は(・・)大変優秀で、有能な宰相として名が知られている。だが、弟とは馬が合わないらしく、よく衝突している。現に今も——



「分からんやつだなッ! それでは意味がないと何度も言っているだろうがッ!」



 リベルタスがニコラウスに向かって怒鳴りつけた。



「何おうッ! それを言うなら兄上の案は机上の空論にすぎぬではないかッ! こんのハゲッ!」



 そして、それに負けじとニコラウスも言い返す。一言多いのはいつものことである。だが、今回の一言はブーメランとなって返ってきた。



「誰がハゲだッ! 誰がッ! お前だってハゲとるだろうがッ! むしろお前の方がハゲとるわッ!」



「これはハゲではない! 断じて違う! 私のはこういう髪型なのだッ!」



「まあまあ、お二人とも落ち着いてください。途中からただの兄弟喧嘩になってますよ?」



 双子と同年代でありながら、髪の毛フサフサのアルベルトが止めた。双子はアルベルトの頭をチラと見て、舌打ちしながらも喧嘩を止めた。



 アルベルトはそんな双子に苦笑いを浮かべながら続ける。



「それならば私の案などいかがでしょう? 名付けて! “古今東西二正面作戦”です! 詳細はこうです」



 アルベルトが自らが考えた作戦内容を紙に簡単な絵と文章を書きながら説明していく。



「貴様は兵を殺す気かッ?!」



「アルベルト! 正気か?!」



「殺すなんて滅相も無い。それに私はいたって正気ですよ? ただ、敵軍の背後に回ってもらって崖を駆け下り、背後を強襲するだけの簡単な作戦です。ちなみに、作戦名の“古今東西二正面作戦”というのは“古今東西”の“東西”という部分と、軍を展開する場所が東と西だという点を掛けています」



「やかましいわッ! 却下だ! 却下!」



「うむ。こればかりはニコラウスに賛成だ。兵をいたずらに危険には晒せん」



「……そうですか。敵の意表を突く画期的な素晴らしい作戦だと思うんですが。ついでに名前も。……アレックスさんはどうですか?何か案はありませんか?」



「私ですか? そうですね、やはりアルベルトさんが言うような、こちらの軍を二、三に分けて複数面から攻撃を加えるという作戦が現実的ではないでしょうか?……私ではこの案くらいしか思いつきません、申し訳ありません」



「構わん。しかし、通常の相手ならそれで良いと思うが今回の相手はあの悪名高きゼノフィリウス・アークロードの死霊軍だ。故に敵軍が人型だけとは限らん。例えば、動物型の魔物や植物型の魔物、そして竜種。最悪の場合は龍種などがおるやもしれんからな……」



 騎士団長の意見に彼の上司であるニコラウスが反論した。



「うむ。それに関しては誠に遺憾ながらニコラウスと同意見だ。竜種、ましてや龍種に出てこられたら全軍を以って攻撃せねば倒せまい」



「いえ、お二人とも。そもそもの話、龍種に出てこられたら私たち普通の人間種では太刀打ちなどできませんよ? どう足掻いたところで龍種には勝てませんから。それこそ同じ特Sランクの魔物か魔族イビル、それか勇者でもなければ、ね。ですから、龍種が出ないことを前提として戦術を考えましょう。……というわけで私の“古今東西二正面作戦”はどうでしょう?」



「「それはない!」」



 ニコラウスとリベルタスは息ピッタリに反論した。



 それからも、会議はニコラウスとリベルタス、そしてアルベルトの三人が中心となって進めていき、時折アレックスが意見を述べるという形で行われた。しかし、“これだ!”というような有効な意見は一向に出ない。



 “会議は踊る、されど進まず”



 そんな言葉が似合う会議は、有効な意見が出ぬままに継続され、日が変わったのを機に強制終了した。そして、無難な案——妥協案とも言える作戦が決定された。



「では、作戦は軍を三分割にした上で西、北、南の三方に展開。三正面作戦を行うということでよろしいですね?」



 いつの間にかに進行役となっていたアルベルトが一応確認を取る。ペリゴール兄弟は、いかにも“不服だ!”という表情を浮かべ、納得がいっていない様子だ。しかし、代わりの意見がないらしく、異論を唱えることはしなかった。



「では、これにて“対魔王軍対策会議”を終了します。皆さん、お疲れ様でした」



 アルベルトのその言葉を最後に、各々は会議室を出、各々の仕事場へと戻っていった。これから各種調整や報告などの仕事があるのだ。



 開戦は明日。日が変わっても寝る時間などは無いのである。



 ♦︎♦︎♦︎



「はぁぁぁー」



 アレックス・フォートレスは王城内にある騎士団詰所の騎士団長専用執務室にて長い溜息を吐いた。



 結局、会議は半日にも及んだにも拘らず、有効な案は出なかった。つまり、明日の戦争で勝てるかどうかは、状況ごとの対応力、もっと言うなら、現場の指揮官たるアレックスの対応にかかっている、と言っても過言ではないのだ。



 故に彼の肩には今、重い重い重圧がのしかかっていた。



(魔王……か。果たして勝てるのだろうか?……いや! 弱気になってどうする! 俺は王国を護る騎士だぞ! 王国をけがさんとする魔王に負けるわけにはいかんだろう!)



 アレックスはそうして自らを奮い立たせた後、早速報告などの仕事に取り掛かる。そして、残った時間で明日の戦争について考えを巡らせ始めた。



 様々な状況を想定し、その時にどう指示を出し、どう動くのか。それを只管ひたすらシミュレーションし、頭にインプットしていく。これをやるかやらないかで咄嗟の対応力には大きな差が出る。彼は、そのことを長い騎士生活の中でよく理解していた。



「団長。そろそろお時間です。出立のご用意を」



 アレックスの副官——エレーナ・アイゼンハワードが告げる。



 アレックスが窓に目を向けると、空はすでに白み始めていた。どうやら、シミュレーションを開始してから四時間以上が経過していたらしい。



「あぁ、すまない」



「いえ。……あの団長」



「なんだ?」



「絶対に生きて帰りましょう」



「ふっ、当然だ! 俺の夢を知っているだろう?それを達成するまでは死ぬに死ねんさ」



「ふふっ。田舎で自由気ままに過ごすってアレですか?」



「ああ。……よし、では行くぞ!」



「はい!」



 そして、アレックスとエレーナの二人は執務室を後にした。



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